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明治の人は「保険ぎらひ」?~明治保険事始③

近畿大学短期大学部長 稲葉 浩幸

1895(明治28)年10月20日、現在の東京都文京区本郷にあった劇場・春木座(のちの本郷座)において、川上音二郎一座による演劇「盗賊世界」が幕を開けました。川上音二郎といえば明治の流行歌となった「オッペケペー節」で有名ですが、歌舞伎などの旧派と呼ばれる芝居に対して、明治維新後の現代的で新しい演劇を主催・公演し、「新派劇の父」と称された人物です。

<図1 川上演劇の新聞記事>

図1川上演劇の新聞記事

出典:「東京朝日新聞」1895年10月19日朝刊P.3(承諾番号「26-1415」)
・朝日新聞社に無断で転載することを禁じる。

公演前日19日の図1の朝刊には、「盗賊世界」全9幕の場割と配役が掲載されています。配役表には、川上音二郎が演じる主役の男爵・桜町春行のほか、遠山靄三、桃井澄乃助、上月淸之助といった主要キャストの名前が読み取れます。さて、どこかで聞いたような名前が並んでいますが、前回のエッセイをお読みいただいた方なら頷かれることでしょう。彼らはみな小説『朧月夜』に登場した悪党たちです。

つまり、川上一座の「盗賊世界」は、1889(明治22)年発表の須藤南翠『朧月夜』を原作として舞台化されたものなのです。詳細な上演記録は残念なことに残っていませんが、当時の引札や新聞の劇評などから、「盗賊世界」は大入り蕎麦が観客にふるまわれるほど連日満席で、翌年には、京都の常盤座、大阪の浪花座でも上演を重ねました。川上一座にとっては人気演目のひとつだったのです。 

ここで、保険にまつわる演劇をもうひとつ――。1908(明治41)年5月21日、歌舞伎座で幕を開けた喜劇「保険ぎらひ」です。脚本は明治の実業家で劇作家としても知られた益田太郎冠者によるもので、『新作喜劇集』に収められています。

<図2 「保険ぎらひ」の扉絵と登場人物>

図2「保険ぎらひ」登場人物図2「保険ぎらひ」扉絵

出典:太郎冠者(1908)「保険ぎらひ」『新作喜劇集』東陽堂pp.68-70

質屋の主人である伊勢屋久兵衛は、明治のハイカラ風が嫌いでとりわけ牛乳と「保険」が大嫌いな頑固者です。そんな久兵衛のもとへ山川という共益火災の営業社員が保険の勧誘に通い始めます。この山川という男、気障な服装で顔は役者のような色男であったため、久兵衛の娘のお愛とその召使の静江はすっかり山川に夢中になってしまいます。そして、半年通い詰めても一向に契約する素振りもない久兵衛にしびれを切らした山川は、友人に頼んで一芝居打つことを計画します。なんと質屋のすぐ外で半鐘を鳴らしながら、「火事だぁ」と騒ぎ立てさせたのです。その騒ぎに久兵衛は大慌て――お愛と静江の協力もあって、山川はまんまと契約書にハンコを捺させることに成功しました。そして、嘘がバレないうちに契約書を持って山川は急いで店を後にしました――これが「保険ぎらひ」の大まかなあらすじです。 

コメディ要素の強い脚本ですが、当時の保険事情が垣間見える作品でもあります。例えば、娘のお愛のセリフに「世の中には色々商売もあるけれど、大概品物を売ったり買ったりして儲けるのだらう、(ところ)が火災保険だの生命保険なんと云ふものは、何にも無くて只人を説得しては保険を附けさせて商売にするのだもの、本当に並大抵の事ぢゃありやしないわ。(そ)れも文明の教育を受けた人達なら保険の必要な事位は分るけれども、何を云ふにも相手が前世紀の阿父さんだろう、おまけに天性頑固で吝嗇一(てん)張り主義だもの、仮令(たとえ)自分の利益になる事でも、お金を出す事は何一ツ承知するものかね」というのがあります。保険というものがまだ身近なものでなかった明治の時代に、目に見えない保険という商品を売ることがどれだけ大変だったことか、伝わってきます。お愛のセリフの後に、静江は「私も始めは保険なんて何だしらんと思ひましたが、毎日毎日御傍でうかがうもんですから、此頃はモウ保険博士になりましたわ」と応じています。最終的に詐欺師のような手段で契約を取った山川でしたが、久兵衛宅に通い続けた半年間、保険の必要性をしっかりと説明していたのです。

最後に、1905(明治38)年の夏目漱石『吾輩は猫である』に出てくる苦沙弥先生と姪の雪江の会話から――雪江が「叔父さんは保険がきらいでしょう。女学生と保険とどっちがきらいなの」と尋ねると、苦沙弥先生は「保険はきらいではない。あれは必要なものだ。未来の考えのある者は、だれでもはいる。女学生は無用の長物だ」と答えています。

女学生云々という件はまったく時代錯誤の偏見ですが、「保険」が嫌いかどうかということは、まだ保険に不慣れな明治の人にとって、加入を考えるうえでのひとつの判断材料となっていたのかも知れませんね。

プロフィール

稲葉先生画像

稲葉 浩幸(いなば ひろゆき)

1998年より近畿大学商経学部商学科講師。
現在近畿大学短期大学部長。
柴犬2匹飼っています。
(画像はゼミの学生に作成してもらったもの)