X youtube

ESSAY エッセイ

その他

「朧月夜」にしくものぞなき~明治保険事始②

近畿大学短期大学部長 稲葉 浩幸

前回のエッセイでは、百人一首の和歌をもとに明治期の保険会社が創作した「新作保險かるた」8首を紹介しましたが、和歌と言えば、こちらの歌はご存知でしょうか。 

「照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき」 

これは、中古三十六歌仙にも選ばれた平安時代の歌人・大江千里が詠んだ歌で、『新古今和歌集』にも採集されています。現代語訳すると「明るく照り渡るわけでもなく曇って暗いわけでもない、春の夜のぼんやりと曖昧な月に勝るものはない」という意味となります。『源氏物語』の「花宴」で、後に光源氏が須磨へと流される原因となった女性が「朧月夜に似るものぞなき」と口ずさんだ歌としても知られていますね。

さて、今回ご紹介するのは、1889(明治22)年1月に文芸雑誌『新小説』で連載が開始された須藤南翠の小説です。タイトルはその名も『朧月夜』。この中に、大江千里の和歌が登場します。

簡単にあらすじを紹介します。物語は、日本銀行の金庫室が爆破され、29万5千円が盗まれるという衝撃的な場面から始まります。当時の物価を考えれば、この金額は現在の30億円くらいの価値となるでしょうか。看守はピストル自殺しており、金庫室の地下には長いトンネルが掘られていました。この事件を皮切りに、墓場荒らし、強盗、詐欺、美人局、毒殺といったありとあらゆる犯罪に手を染めてきた登場人物たちが複雑に絡み合って、物語は目まぐるしく動き始めます。まるで現代の推理小説のような展開ですが、この小説で重要なカギとなるのが、産声を上げたばかりの近代的保険業です。

――登場人物の一人である遠山が設立した東洋生命保険会社に、上月淸之助という人物が1万円の保険に入りたいと訪れた。これまでにない高額な保険金額に驚くが、医師の診査の結果、健康に問題はないと判断され、保険契約を結ぶこととなった。その3カ月後、上月淸之助が死亡したとの報せが保険会社に届いた。実は、この上月淸之助に顔も声もそっくりだった桃井商店の店主・桃井澄乃助が、上月を双子の弟に仕立てたうえで、病気の上月になりすまして、替え玉診査を受けていたのだった。不審に思いつつも、医師による遺体検分でも証拠を得られなかったため、東洋生命は出資金の10分の1となる大金を桃井に支払うこととなった。

また、本小説の主人公ともいえる桜町春行は資本金50万円で海運保険会社を開業していた。そこでも、桃井は詐欺を働く。桃井は商品を輸送する際には必ず桜町の海運保険会社で保険を契約して、徐々にその信頼を得ると、ついに悪事を決行した。横浜から函館まで運送を依頼した商品に、4万4千円という大口の保険契約を結んだのだ。けれども、その商品の中身は時限装置を備えた爆薬で40時間後に海上で大爆発を起こし、桜町の船は海の底へと沈んでしまった。桜町は桃井に保険金を支払うと、船や倉庫を売り払って、海運保険会社を廃業したのであった。――

さて、この小説で驚くのは、近代的保険に関する須藤南翠の緻密な調査力です。生命保険の保険金額や医師の診査、貨物保険の保険料率に至るまで、当時のわが国の近代的保険業の実情を丹念に調べていることがわかります。西洋からやってきた「保険」という新たな素材を小説の中に見事に反映させて、『朧月夜』はロングセラーとなったのです。こちらの2点は当時の新聞に掲載された『朧月夜』の広告です。おぼろが現在は使われていない昔のひらがなで書かれているため判読しづらい仕様となっていますが、どちらも南翠の名前は確認できます。さらに、1892(明治25)年の広告では「朧月夜ハ奇書中の奇書また空前絶後の大作なり」と書かれており、読者の期待を煽る内容となっています。 

<図1『朧月夜』新聞広告①> <図2『朧月夜』新聞広告②>
2026.5エッセイ図1 2026.5エッセイ図2

出典:「朝日新聞」※
1890年10月1日東京朝刊P.4(承諾番号「26-1131」)
朝日新聞社に無断で転載することを禁じる。

出典:「読売新聞」※
1892年10月1日朝刊P.4

※広告主にも掲載許可取得済。

結末はあえて書きませんが、登場人物たちはみんな揃いも揃って悪党ばかりです。善と悪、愛と欲望、近代の光と影-それらが曖昧に絡み合った中で、悪党たちは互いに騙し騙されながら、破滅へと向かっていきます。はっきりと照らさず、闇にも沈まない春の月は、この物語の象徴といえます。

朧月夜にしくものぞなき……。

<図3 『朧月夜』挿絵>

 2026.5エッセイ図3

出典:須藤南翠(1892)『朧月夜』第四版春陽堂pp.294-295。 

『朧月夜』の内容が気になるという人は、国立国会図書館デジタルコレクションにて読むことができます。また、『朧月夜』のほかにも、明治期に書かれた「保険」が登場する小説などとして、1890(明治23)年の黒岩涙香『生命保険』、1896(明治29)年の遅塚麗水『保険娘』、1901(明治34)年の内田魯庵『投機』、1905(明治38)年の夏目漱石『吾輩は猫である』などがあります。機会があれば、こちらもぜひお試しください。

プロフィール

稲葉先生画像

稲葉 浩幸(いなば ひろゆき)

1998年より近畿大学商経学部商学科講師。
現在近畿大学短期大学部長。
柴犬2匹飼っています。
(画像はゼミの学生に作成してもらったもの)