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ESSAY エッセイ

税金

認知症と相続

税理士法人 TOTAL代表社員 沓掛 伸幸

日本の高齢化は急速に進行しており、認知症はもはや誰にとっても身近な社会課題となっています。厚生労働省の予測によれば、2030年には65歳以上の約7人に1人(約520万人)が認知症になると推計されており、その前段階である軽度認知障害(MCI)を含めると、高齢者の3人から4人に1人が何らかの認知機能低下を抱える計算になります
※厚生労働省HP「認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」

このような状況下で避けて通れないのが「相続問題」です。相続人の中に認知症の方が一人でもいると、預金の解約や不動産の売却といった相続の手続きが滞り、遺産が凍結状態に陥るリスクがあります。

1.認知症の相続人がいることによる手続き上のリスク

相続が発生した際、認知症の相続人がいると以下のような状況に陥る可能性があります。


(1)遺産分割協議

遺言書がない場合、遺産の分け方は相続人全員による「遺産分割協議」で決定しなければなりません。しかし、遺産分割協議は一種の契約行為であり、当事者に「意思能力」があることが前提となります。認知症により意思能力が不十分であるとされた相続人は、たとえ遺産分割協議で合意したとしても、その合意は法的に無効となる可能性があるため、協議そのものを進めることができなくなります。


(2)金融機関などにおける手続き

預金の解約などの手続きには、一般的に相続人全員の署名、実印の押印、および印鑑証明書添付が求められます。認知症により意思能力が不十分であるとされた相続人は、法的に有効な署名・押印ができないとみなされ、手続き書類を完成させることができません。結果として、葬儀費用や当座の生活費のための資金引出しさえも困難になり、遺産の凍結を招く恐れがあります。

2.相続発生後の解決策:成年後見制度(法定後見)の活用とその留意点

相続発生後に認知症の相続人がいることが判明した場合、実務上の有力な解決策となるのが「成年後見制度(法定後見)」です。


(1)成年後見制度の概要

家庭裁判所から選任された「成年後見人」が、認知症の相続人(被後見人)に代わって財産管理や契約などの法律行為を行います。後見人が遺産分割協議に参加することで、認知症の相続人がいても法的に有効な相続手続きを進めることが可能になります。


(2)成年後見制度利用における留意点

成年後見制度の利用には以下の点に留意が必要です。

ア.柔軟な分割が困難
後見人は被後見人の財産を守る義務があるため、原則として「法定相続分」の確保を主張します。そのため、例えば「介護をしてくれた特定の親族に多く相続させる」といった家族間の事情による柔軟な配分は認められにくくなります。

イ.継続的なコストと期間
弁護士や司法書士などの専門家が後見人に選任された場合、被後見人が亡くなるまで月額数万円程度の報酬が発生し続けます。また、相続手続きが終わったからという理由で、後見人を途中で解任することはできません。

3.相続発生前の備え:遺産の凍結リスクを回避する主な対策

相続をスムーズに進めるためには、財産を遺す本人が元気なうちに対策を講じることが不可欠です。


(1)遺言書の作成

遺言書があれば、原則として遺産分割協議は不要です。あらかじめ誰に何を相続させるか指定しておくことで、相続人が認知症であっても手続きを進められます。ただし、認知症の相続人が相続した財産は、その後の管理や処分が難しくなる点には注意が必要です。


(2)家族信託の活用

信頼できる家族(受託者)に財産の管理権限を託す仕組みです。管理権限を受託者が持つため、利益を受ける人(受益者)が認知症であっても、財産の売却や管理が滞ることはありません。また、対象となる信託財産は遺産分割協議の対象外となるため、遺産の凍結リスクを効果的に回避できます。


(3)生命保険の活用

生命保険金は受取人固有の財産とみなされるため、遺産分割協議を経ずに、受取人が直接保険会社へ請求して現金を受け取れます。これにより、以下のメリットが得られます。

ア.当座資金の確保
認知症でない相続人を受取人に指定しておくことで、相続手続きが難航しても当座の資金を確保できます。

イ.代償金の準備
不動産などの分けにくい資産がある場合、保険金を原資として他の相続人に「代償金」を支払うことで、円満な解決を図る助けとなります。

 

認知症の相続人がいるケースでは、対策を先送りにするほど選択肢が狭まり、家族の負担は増大します。しかし、適切な制度を検討し、事前の備えを行うことで、大切な財産を次世代へ円滑に遺すことが可能となります。将来の家族を守るためにも、早めに家族会議を開き、対策を検討することが望ましいです。

プロフィール

沓掛伸幸

沓掛 伸幸(くつかけ のぶゆき)

税理士法人TOTAL代表社員(税理士・医療経営コンサルタント・CFP(R))
一橋大卒、生命保険会社を経て2007年税理士法人設立。税理士・司法書士・社会保険労務士等が属するTOTALグループ全18拠点、スタッフ450名にて、法人、医療機関、相続の三分野の総合サービスを展開。