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ESSAY エッセイ
生活設計

長寿社会への不安と、高齢期の覚悟

大東文化大学(経済学部)非常勤講師 藤田 由紀子

2020年の平均寿命は、男性81.64才、女性87.74才(注1)であり、いまや人生100年時代とも言われる超長寿社会である。長生きは、はるか昔からおめでたいことである。だからこそ、長寿には「寿」という漢字が使われている。しかし、その長寿社会に対して、生命保険文化センターの調査(注2)によると、60才以上の人の回答で、約半数の人が「希望より不安が大きい」と答えている。「希望の方が大きい」と答えたのはわずか1割程度である。

不安の内訳をみると、「体の機能低下」「判断能力の低下」への不安が大きく、これらへの不安は「経済的不安」を大きく上回っている (注3)。「体の機能低下」や「判断能力の低下」は、自立した生活から、周囲からの支援や介護が必要になる状態へ移行するきっかけとなる。一方、経済的不安がそれほど大きくないのは、公的年金制度や高齢者に対する医療制度、介護保険制度等の存在も大きいと思われる。様々な課題を抱えつつも、長年、日本社会が取り組んできた成果といえるだろう。

それにしても、今や、”老後”といわれる期間は20年あまりにも及ぶ。1980年代に、”人生80年時代の生活設計”として、老後準備の必要性が指摘された頃は、この期間は数年~10年ほどであった。10年程度のつもりでいたら、ほぼ倍になっているのである。長寿の記録を更新し続けている高齢者自身が一番驚いているのではなかろうか。こうなってくると、もはや老後は、ひとつのライフイベントではすまない。多くの高齢者に共通する様々な生活課題を洗い出し、高齢期の生活設計を考える時期であろう。

老後といっても、就労を継続したり、趣味、ボランティア、孫の世話、家族の世話など活動的に過ごす時期もあるし、健康を崩して、入院・手術などの治療が必要になったり、支援や介護を必要とする時期もある。それらの時期は明確に分離しているわけではないものの、次第に、後者の比重が大きくなっていく。高齢者本人の心身の状態は個人差が大きく、「いつ」という年齢によって区切ることはできないが、医療保険制度で、75才以上は後期高齢者として区分されていることはひとつの目安となるかもしれない。

一方、現在、高齢者のいる世帯のうち、高齢者のみで暮らしている世帯は約6割を占めている。厚生労働省「国民生活基礎調査(2017)」によると、夫婦のみの世帯は32.5%、単身世帯が26.4%なのである。一方、三世代同居の割合はわずか1割であり、未婚の子と同居している世帯が2割となっている。これらの数字をみると、かつてのように、いつでも手助けをしてくれる若い世代と同居している高齢者の割合は極めて低いことがわかる。そのことも身体的機能や判断能力の低下に対する高い不安の背景にあるのかもしれない。

いずれは、支援や介護が必要になっていくなかで、改めて、日常的な資金管理も含め、誰と、どこで、どのように生活基盤を築くのか等を考え直さなくてはならなくなる。その判断をするのは、高齢者自身とは限らない。自身ではその判断をしたり、受け入れることは難しい可能性もあるので、当事者以外の”誰か”を想定しておくことが極めて大切となる。同居か別居かを問わず、家族の誰かが、あるいは周囲の誰かが、高齢者に支援が必要になったときに、まずそのことに気が付く必要がある。その上で、利用可能な支援や介護サービス等の情報を収集し、実際にそれらのサービスにつなげていく。医療機関への受診も含めて、多くの判断や手続きが必要となる。サポートする側が家族であれば、心理的な葛藤もあるだろうし、高齢者自身の抵抗もあるかもしれない。そのなかで、前述したような大きな判断が必要となる、生活基盤を変えていく意思決定の必要に迫られる。

高齢期の生活課題の難しいことのひとつは、いつか、自分以外の”誰か”に、自分に関する様々な判断をゆだね、それを受け入れる覚悟を持つことなのかもしれない。

注1 厚生労働省『簡易生命表』2020年
注2 生命保険文化センター『ライフマネジメントに関する高齢者の意識調査(令和3年)』
注3 注2の調査。第Ⅶ章3.「長寿社会においてもっとも不安なこと」に対する60歳以上の人の回答。
   「からだの機能の低下等」 46.0%、「もの忘れや判断能力の低下等」 29.1%、「生活資金の不足等」16.9%

プロフィール

藤田 由紀子

藤田 由紀子(ふじた ゆきこ)

奈良女子大学修士課程修了。元生命保険文化センター研究室主任研究員。
主に家計分析や、生活設計論等を担当。現在は、大東文化大学経済学部非常勤講師。
近著は共著で吉野直行監修『生活者の金融リテラシー: ライフプランとマネーマネジメント』朝倉書店、2019。