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教育の現場から
No.02

夏季セミナー公民科授業実践報告 「社会保障制度と保険のキホンについて学ぼう」

 東京都立国際高等学校 宮崎 三喜男 先生

今回の教材は、高校の公民科だけでなく、家庭科でも使えるように作成しました。また、中学校でも使用可能となっております。4つのパートがあるので、部分的に使用いただいても問題ありません。その点を踏まえて、説明を行っていきたいと思います。

1.はじめに

私は高校で政治・経済を中心に教えていますが、厚生労働省の「社会保障の教育推進に関する検討会」の教材検討PTの委員の時に、厚生労働省側から「公民科と家庭科では類似しているところも多いが、タッチの仕方がずいぶん違いますね」と指摘されたことがあります。

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具体例として、AKB商法を取り上げてみましょう。CDを購入すると総選挙の投票権チケットがついてくるものです。実話ですが、この投票権チケットを入手するために、CDの購入代に850万円費やした20代の男性がいたそうです。この事例を授業で扱うとき、公民科と家庭科では、生徒に伝えるニュアンスが大きく違うなと感じました。この事例を公民科では、経済学でいう「効用」の見方で扱うことができます。つまり、「本人の満足度」が高ければその選択もある、という考え方です。一方、家庭科ではお金の使い方を重視します。家庭科の学習指導要領の小学校5年生のところには「じょうずに使おう 物やお金」という文言がありますが、このような観点からも「このお金の使い方は問題がある」、というタッチで扱うと思います。

近年、教科間の連携が強く言われていますが、現実問題としては、公民科も家庭科も時間がいくらあっても足りず、十分な連携は難しいのが現状かと思います。しかし、「どのように授業している?」などと相談をすることは可能だと思います。先ほどの例のように実際に話をしてみると非常に面白い気付きもあり、公民科と家庭科に限らず、できることから教科間の連携を進めていくべきではないかと感じています。

またご承知のとおり、成人年齢が18歳に引き下げられることに伴い、今後、消費者教育がますます重要になると思われます。消費者教育を公民科、家庭科どちらが担うのか、という押し付け合いではなく、互いに協力することが、これからの課題ではないでしょうか。

2.社会保障教育について

今、生徒は社会保障制度についてどう思っているのでしょうか、「支払った年金が戻ってこなかったら損ではないか」、「少子高齢化がますます進んでいくし」、「高齢者はもらい得、若者は損」これら意見が私の学校の生徒からでました。これは、高校生だけの意見ではなく、国民全体の声、もしかしたら教えている教師の心の声かもしれません。一方で我々教師の立場から考えると、とにかく教える時間が足りない。公民科の場合、社会保障にあてる時間は2・3時間が限度。家庭科も調理・被服・家庭生活に時間をとられ、社会保障にあてる時間がなかなかとれない、という声もうかがっております。さらに、実際教えるにしても、リスクを自分ごととして考えてもらうことはなかなか難しいのが現実でしょう。高校生に今後の人生におけるリスクを伝えても、「将来のことはわからない」、「今のことを考えるだけで精一杯」という生徒も多くいるかと思います。また、それ以上に保険について教えるのは、とても難しいものです。社会保険は保険料を納めることを前提に成立していますが、「いざとなったら、国が税金で助ける」、つまり公助の考えが根付いているためです。公的扶助と社会保険、公助と共助の違いを教えるのは、非常に時間がかかるとともに、難しい課題というのが現状でしょう。さらに、根本的には、少子高齢化に伴い、「胴上げ型」から「騎馬戦型」、「肩車型」へと人口構成が移行する中で、「社会保障が本当に大丈夫なのか?」という社会保障制度そのものに対する不信感が根底にあるのではないかと思います。

3.ワークシート「社会保障制度と保険のキホンについて学ぼう!」の紹介

●高等学校公民科向け教材「社会保障制度と保険のキホンについて学ぼう!」 はこちらからダウンロードできます
⇒一般社団法人生命保険協会HP「保険教育の教材について」https://www.seiho.or.jp/edu/

続いて、生命保険協会が作成した教材について紹介したいと思います。この教材は、「①リスクを考えよう」、「②社会保険と公的扶助」、「③社会保障制度の財源」、「④自助と民間保険」の4つの項目で構成されており、1時間の授業で扱うことのできるようになっています。ただし、少し詳しく教えようとすると、1つの項目だけで1時間かかってしまうことになりかねません。この点に関しては4つの項目をすべて教えるのではなく、学校や生徒の実態に合わせたり、家庭科と相談して1つの項目を重点的に教えたり、時には課題として生徒自身に調べさせたりするなど、臨機応援に対応できるように教材を作成しました。

それでは、内容を見ていきましょう。1つ目の「①リスクを考えよう」は、「明日、降水確率が40%の場合、傘を持っていきますか」という日常生活の出来事を取り入れました。ここで一番教えたいことは、「個人の力だけでは備えることに限界がある生活上のリスクに対して、みんなで、社会全体で支えようとする仕組みが社会保障制度である」ということです。私が授業でここを扱う場合、「見えるベネフィット(便益)とコスト(費用)」、「見えないベネフィットとコスト」の視点を補足として取り上げます。高校生は見えるものに目が行きがちで、コストとしての社会保険料はすぐわかるが、ベネフィット(便益)が見えない。だから「損」をするという発想になってくるのだと思います。しかし、社会保障制度や保険の一番大切なところは、見えないベネフィットがあるところであるのは、言うまでもありません。高校生にわかる言葉で言うと「安心」があるということです。このようなことを付け加えると教材として深みが出てくるのではないかと思います。

次に、「社会保険と公的扶助」について取り上げます。テキストでは下の図を掲載していますが、社会保険料を支払うことで、困ったときに助けてもらえる、この社会保険の構図を伝えます。分かりやすい例として、私は宝くじとの類似性で取り上げています。宝くじは、買った人からお金を集めて、当たった人に分配するという「幸福の分配」であるのに対し、保険は集めたお金を困っている人たちに分配する、宝くじのとは正反対の仕組みになっていると教えています。保険の概念はなかなか難しい部分でもありますので、さまざまな例を使いながら、教えることが大切なのではないかと思います。

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次に、公的扶助についてです。まず前提として、生徒の頭の中には、中学校の時に日本国憲法第25条を習っているからか、「困ったら最後は国が助けてくれる」という意識があるように思います。公的扶助はあくまで「最後のセーフティーネット」であり、貧困から救う「救貧」のシステムになります。そこまでいかないような、つまり貧困を防ぐ「防貧」が社会保障・保険のシステムです。とはいえ、この考え方を高校生に理解させるのはなかなか難しいのが実情です。そこで私は、年金を例に伝えるようにしています。たとえば、自営業の人たちは定年がなく老後も稼ぐことのできるため、保険料は少ないけれども「御飯だけの弁当」(国民年金)がもらえて、サラリーマンは定年があるため、働いている間は多めに保険料を払っておいて「おかず付の弁当」(厚生年金)がもらえる。自営業の人でも「おかず付の弁当」を食べたい人は別口で国民年金基金という制度があると説明しています。年金で老後の生活をすべて保障されるわけではないということを、お弁当を例に伝えています。このような観点から考えると、生活保護は乾パンがもらえるようなもの、といった説明をして、少しずつ理解をしてもらえるように努力しています。

次に財源について説明していきます。新学習指導要領の中で、「公共」という新科目が創設されますが、その中で社会保障と財政を一体的に教えることになりました。家庭科も含めて社会保障の財源は避けて通ることができない項目です。図を見てください。社会保障給付の金額は約110兆円で、国の予算約97兆円を超えています。つまり、「国の予算よりも社会保障給付のお金の方が多い」ということになります。また社会保障給付金の約8割が社会保険によって成り立っており、社会保障、そして社会保険を考えることは、国のあり方を考えることと同じということになります。

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続いて「自助と民間保険」について取り上げたいと思います。この教材で一番重視したい箇所は、この項目になります。ぜひ高校生に「自助・共助・公助」のバランスを学んでほしいと思います。社会保障では「自助、自分で守る」、「共助、共に支えあう」、「公助、国が助けてくれる」の3つの視点がありますが、民間保険などの「自助」、社会保険などの「共助」、租税を財源とする「公助」、この最適な組み合わせを考えることは、中教審で打ち出された「将来の変化を予測することが困難な時代を前に、現在と未来に向けて、自らの人生をどのように拓いていくことが求められるか」という考え方に合致していると思います。

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最後にアクティブ・ラーニングとの関係を見ていきたいと思います。この教材ではグループディスカッションやロールプレイを取り入れることができるようにしております。レポートを書かせたり、発表を行うことは、生徒の考え方を整理させて理解が深まることが期待できます。今後は、深い学びをどのように実現していくかが私たちの一つの課題です。書くことと話すことで生徒は頭の中が整理され、授業の内容を再構築することができ、より深い学びになるのではないかと思います。

高校の教材は以上で説明を終わりますが、中学校についても少し触れたいと思います。中学校では、社会保障に関する教育を学習指導要領のどこの単元にあわせて教えていくのかという問題がありました。そのため、中学校社会科教材「『社会における企業の役割と責任』保険会社って何をしているの?」は、経済分野の「企業の社会的責任」に落とし込み、作成をしました。「あなたの知っている会社を調べてみましょう」、「企業調べの内容を発表し、聞き取りましょう」という流れで、保険会社の役割・意義を知ることにより、保険会社の社会的責任を知るという形でこの教材が使えるようにしております。なお学習シートは、事前学習から発表までそのまま使えるようになっております。

4.最後に

冒頭に紹介した「支払った年金は戻ってこないのか」、「世代間格差をどうするのか」という問題ですが、世代間格差の問題は1時間の授業で取り上げるのは難しいと判断し、今回の教材には記載していません。ただ世代間格差の問題について、少し話したいと思います。

冒頭に話した、少子高齢化に伴い、「胴上げ型」から「騎馬戦型」、「肩車型」へと人口構成が移行する中で、「社会保障が本当に大丈夫なのか?」についてです。この「1人の高齢者をささえる生産年齢人口」という考えは適切なのでしょうか。「胴上げ型」「騎馬戦型」「肩車型」の図が実は教科書からなくなりつつあることに皆さん気づいておられるでしょうか。そもそも社会保障は支えられる人が困った人を助けるというのが基本的な考え方です。若者が高齢者を支えるということではありません。若者でも働けない人はいるし、高齢者でも元気に働いている人がいます。このように「働けない人を働ける人が支える」と考えてみると、非就業者数1人に対する就業者数は現状1.04人、これが2050年だと1.10人になると見込まれています。つまり、そこまで悲観するような状況にはならないのではないかという考え方です。もちろん、このような2050年にするためにはもっと女性や高齢者が働ける社会にしていかなければなりません。やはり、どのような社会を作っていくかという問題とつながっており、公民科と家庭科が第一線で教えていかなければならないと思います。社会保障を公民科・家庭科どちらで先に教えるということではなく、両方が手を取り合って、様々な場面で教えていくことが必要だと思います。