人生は、なかなか思い通りにいかない。5年前のエッセイの第一回目の冒頭でも同じようなことを書いたのですが、今年は、想定外に長期化したコロナ禍のなかで、多くの人がこのことを実感されているのではないでしょうか。このような状況が起こるということに、心底驚いています。

人生は思い通りにいかない。将来は思いもよらない出来事に左右される。そう思っている私には、生活設計には、どこかしっくりこない部分があるように感じていました。具体的にそれが何かとは指摘できずにいたのですが、最近、それは、生活設計の考え方のポジティブさではないかと思うようになりました。生活設計は、将来の夢や目標を考え、それらを実現させるためのプランをたて、そのために必要な資金や能力などの生活資源の準備をプランに加える。そして、現在の生活や将来のプランを阻害するリスクに備えながら、夢や目標を実現するプランを実行すること。このように考えられています。 しかし、どんなに努力を重ねても、思うようにいかないことはあります。自分ではコントロールできない家族の要因、勤務先の要因、社会の要因により、それまで当たり前と考えてきた環境が大きく変わり、生き方や将来プランの軌道修正を余儀なくされることは多々あります。また、歳を重ねて、かつてなりたかった自分のイメージと現実との距離が大きくなっていると、自分に将来の夢や目標を問いかけることは、胸がチクリと痛むことでもあります。

「将来」を考えるには、「現在」の自分と向き合う必要があります。将来は、今の積み重ねの先にあるものだからです。しかし、現実を直視するなかで、自分のダメなところ、失敗したこと、手遅れとなったことなどをみつめなくてはならないこともあります。普段であれば、それもまた良し、と思えることでも、思わぬリスクに直面して、ダメージを被っている時や、失望や不安で押しつぶされそうになっているときは、そのようなダメな部分を見つめることはなかなか難しいものです。

ただ、決して生活設計そのものを否定しているわけではありません。そのような時に、どう自分や生活を立て直したらいいのか、その視点が未整備なのではないかと思っているのです。生活設計は、将来の夢や希望ありきで語られます。しかし、「現在」の生活を考えることも同じくらい大切なのではないでしょうか。むしろ、将来がみえないときこそ、まず「現在」を考える。社会制度を含めた頼れるものも大切な生活資源です。それらをしっかり考える。それができてから次に、現在の先に見えてくる将来を考える。そして、将来の方向性を少し望ましいものに変える努力をしてみる。その時々の自分の状況によって、思考の時間軸を変えていく柔軟性が大切なのではないかと思っているのです。

さらに、生活設計をたてると、むしろ夢や希望がしぼんでいくとも言われます。夢や希望を抱いていても、その実現可能性を吟味すると、あれができない、これはやめておこう、となることも多くの人が経験していることではないかと思います。

ただ、私たちをとりまく生活環境はいい方向に変わることもあります。将来生活は、あくまでも、その時の社会環境を参考にした自分の予測です。今、私達が経験しているように、環境変化の予測はとても難しいものです。生活環境が変わることで、現在の生活基盤や、将来の夢や目標の実現可能性も変わります。それはありうることで、その時は、「現在」を軸にして生活を考えてみる。そのような思考を、生活設計に組み込んでおくことも必要ではないかと思うのです。

プロフィール

藤田 由紀子(ふじた ゆきこ)

奈良女子大学修士課程修了。元生命保険文化センター研究室主任研究員。
主に家計分析や、生活設計論等を担当。現在は、大東文化大学経済学部非常勤講師。
近著は共著で吉野直行監修『生活者の金融リテラシー: ライフプランとマネーマネジメント』朝倉書店、2019。娘が一人。夫と、やんちゃなミックス犬と同居。

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