いのちを守るWeb.11いのちインデックスへ閉じる 小林宏さん
人間の機能を補助するロボットで、寝たきりの人がいなくなる世界を 東京理科大学 工学部機械工学科 准教授 小林宏さん

人間と共存し、人間の動作を支援し、場合によっては不自由な身体機能をサポートしてくれるロボット。いま切実に必要とされるロボットの研究を進め、実用化を急ぐのが東京理科大学の小林宏・准教授だ。その世界的にもユニークな研究は各方面から注目されている。

華々しい人工知能研究とは違う方向へ向いた関心
小林宏さん

 僕の学生時代の研究は、まず、人間の表情を工学的に認識することと、その表情をロボットで再現するというものでした。認識はセンシング、再現はアクチュエーティングという技術で、その間を繋ぐのが人工知能です。そこで、人工知能の勉強のために2年間スイスに留学しました。
  そこではサハラ砂漠にいるアリを研究しました。太陽からの光の偏光角度で自分の位置を測るという、砂漠アリ独特の生態を人工知能を使って再現するというような研究です。それはそれで面白いんですけれど、それが人工知能かと言われれば、果たしてどうかなという疑問も同時に湧きました。極論で言えば、人工知能といっても結局、現在の技術は全部人間がプログラムを組んでやるしかないんですね。
  ちょうどそのころ、ヒューマノイド・ロボット「P3」というのが世に出て世界は衝撃を受けたんですが、結局はあれも歩行だけに特化したものでしかなく、いきなり人間みたいなことができるかというと、そうではない。たしかに面白いんだけれど、それが人間に本当に役に立つ技術なのかという疑問はありました。
  僕は研究のための研究ではなくて、実用化ということを非常に大切に考える人間です。あえて言えば、ロボットを研究しているわけではなくて、人の役に立つ機械を作りたいと思って研究した結果が、たまたまロボットと言われるものだったということなんです。

人間と共存するロボットが、人間の尊厳を保ってくれる
マッスルスーツはゴムチューブを使った人工筋肉で、圧縮空気を送って収縮させ、筋肉の動きを補助する

 僕が研究しているのは、人間と共存し、動作を支援するシステムです。
  多機能型の筋トレ装置や、「アクティブ歩行器」という肢体不自由者のための機械、体に身につけて筋肉動作を補助する「マッスルスーツ」、しごき機能付きの搾乳機などがあります。
  日常の暮らしに少しでも役に立つものを作りたいというモチベーションが背景にあります。
  それを考えたとき、人間そっくりに動くことを目指すヒューマノイド・ロボットは、ちょっと方向が違うんじゃないかと思ったんですね。ロボットが家庭に入ってきて、食事や掃除をしてくれると言われても、僕だったらあまり嬉しくない。それよりも、自分に残っている身体機能を補助してくれて、可能な限り自分で動くことを助けてくれるような技術の方がありがたい。
  誰かに面倒をみられるよりも、スイッチを押したら自分の身体が動けるようになる器具を使った方がいい。そのほうが人に介助されながら生きるより、人間としての自尊心を保って生きていけると思うんです。特に高齢化社会を意識したわけじゃないし、身の回りにそういう人がいたわけでもないんだけれど、人間を物理的に支え、人間の自立を支援するシステムというところでは、僕の研究はみな同じベクトルに向いていたんだなということに気づきました。それからはその方向にまっしぐらです。

水に濡れても大丈夫。工場で人間の腰や腕をサポート
小林宏さん

 マッスルスーツを本格的に開発し始めたのは、2002年の4月からです。元々のモチーフが介護が必要な人のためのシステムということで、2006年頃には、着れば一通り動けるようになるまで作りこめました。
  そのうち、要介護者が身につける以外に新しいニーズがあることに気づきました。工場の作業で、一定の肉体の部位を酷使する作業者を支援するというニーズです。それで今は工場労働者用のものを具体的に開発しています。
  今日本の製造業の現場では、単純反復工程については機械化・ロボット化というのはほぼ終了していて、それでもなお残るのは、人間がやったほうがコスト的に見合うとか、判断しながらやらなければならない作業です。そのときに、腰をかがめて重いものを持ったりする場合もあります。そうした人間がかかわる重労働の一部をマッスルスーツで支援していこうというのが狙いです。たとえば、長期間前傾姿勢でいる人がマッスルスーツを身につけると、腰を痛めなくて済むようにしたいんです。
  現在のモデルは、重さが4kgほど。もっと軽くすることもできます。基本的な形ができれば、微調整するだけで、誰の体にもフィットできるように考えてあります。人に合わせて特別にオーダーメイドする必要はありません。求められれば、僕は装置を車のトランクに入れて、どこにでもデモをしに行きますよ。実際に身につけていただいて、その感想を開発にフィードバックするようにしています。
  工場労働者以外にも、高齢者介護施設などで働く介護者が、入浴や排泄のお世話をするときにマッスルスーツを身につけるという使い方もあります。これもすでに静岡県の介護施設でテストしていただいています。ただ介護の現場で使うとなると、人間という相手がある作業だけに、少々気を遣います。介護される側の心理的な問題をクリアする必要があります。
  それらをクリアしたら、最終的には、介護される人たちに自分で身につけてもらうということになるでしょう。つまり要介護者のためのマッスルスーツです。これが普及すれば、寝たきりの人が少なくなり、したがって介護者側の負担も小さくなり、高齢者介護の風景は一変すると期待しています。

アクティブ歩行器で、車椅子の人がすぐに歩けるようになった
体に不随意運動が伴う難病のアテトーゼ型脳性マヒのルナちゃん。左足が緊張して突っ張っており、アクティブ歩行器1日目は、その緊張のためにうまく歩くことができなかったが、2日目には、緊張がとれ、きちんとした歩行がアクティブ歩行器でできるようになった。「これは本当に不思議なことで、リハビリに携わる理学療法士も、こんな効果があるとは思ってもみなかったと、みな驚きます」と小林先生

 アクティブ歩行器も、臨床レベルでのテストが進んでいます。それまでは研究室での研究でしたが、あるときテレビ番組の中で、初めて肢体不自由のお子さんに装着して実験してもらいました。そのとき、僕自身の予想以上に成果が上がって驚きました。
  テレビで体験していただいた方は、脳性麻痺のアテトーゼ型と言いまして、自分で自分の体の動きをコントロールできない方でした。それが、アクティブ歩行器で訓練を重ねたら、身体の緊張が取れて、歩行器の補助を受けてちゃんと歩けるようになったんですね。
  人間の歩行で重要なのは姿勢です。機械の補助できちんと立たせて、両手を自由にし、正しい歩行パターンを与えると、人間ってすごく不思議で、ちゃんと歩けるようになるんです。訓練にあたった理学療法士の方もびっくりしていました。
  これまでも肢体不自由者のための歩行器というのはあったんですが、何かに掴まって歩くというものがほとんどで、それでは正しい歩行姿勢にはならないんですね。正しい姿勢にすることで、まず体の緊張が取れてくる。体自体が柔らかくなって、足のステップもちゃんと踏めるようになる。今まで、そういうちゃんとしたものが無かったっていうことですね。そこまでの効果があるということは、開発している本人も予想していなかったことです。
  半身不随で18年間車椅子生活で、一度も自分で歩いたことがなかった人が、歩行器を使って5分で歩けるようになったというケースもあります。ちゃんとした姿勢で立たせたら歩けるんですよ。どちら側が麻痺しているんですか、というくらい、ちゃんと歩ける。まわりの人がみんな感動して泣いていました。本人もそうだけど、ずっとつきっきりの介護をしている人とか、施設の人とか、みんなうれし涙を流しているんです。
  今僕が思っているのは、いきなりは無理ですけれど、これを使って訓練すれば、それまでずっと車椅子でしか生活できなかった人も筋肉と骨がだんだんしっかりしてきて、最終的には、杖で歩行できるんじゃないかなということです。

農業、漁業、資源探索にも活かされる技術
アクティブ歩行器の説明のためには、どこへでも本人が行くという小林先生

 マッスルスーツには企業からの問い合せがたくさんあります。いずれかの段階で、開発・販売のためのベンチャー企業を作って、そこを受け皿にして広めていきたいと思います。そこで得た利益で、歩行器の方はタダ同然で世界中にばら撒きたいというのが私の目下の夢です。実際にできるかどうかわかりませんけれどね。
  ずっと車椅子でしか生活できなかった人が装置を着けて歩くことができたり、訓練によって杖でも歩けるようになったら、すごいことでしょう。施設は要らなくなるし、介護者も要らなくなるし、その人自身が働くこともできるので、そのほうが世の中に与える経済効果は高いと思います。
  その他にもやりたいことはたくさんあります。たとえば農業や漁業支援用のロボット、海底資源探索用のロボットなんかも面白いですね。農業は草取りや肥料散布などかつては重労働でした。それを軽減するために農薬を使うようになった。便利にはなったけれど、今度は農産物が農薬で汚染され、食品の安全を揺るがすまでになった。ロボットをうまく活用すれば、そういう事態の進行を食い止めることができるかもしれない。それこそが、ロボット技術の本来の使い方なんじゃないかと、僕は思うんです。

プロフィール 小林宏さん
1995年、東京理科大学工学研究科機械工学専攻博士課程修了。博士(工学)。96年〜98年、日本学術振興会海外特別研究員としてチューリヒ大学計算機科学科に留学。99年4月から現職。2001年に科学技術振興事業団 さきがけ研究21「相互作用と賢さ」領域研究員。
専門は知能機械学、福祉工学、画像処理、ロボティクス、メカトロニクス。これまでの研究には、顔表情の認識に関する研究、顔表情ロボットの開発、ロボットのコミュニケーション知能に関する研究、マッスルスーツに関する研究、アクティブ歩行器に関する研究などがある。著書に、『ロボット進化論--「人造人間」から「人と共存するシステム」へ』(オーム社)、『顔という知能- 顔ロボットによる「人工感情」の創発』 (共著、共立出版)がある。
東京理科大小林研究室ホームページ
小林宏さん
発行/(財)生命保険文化センター Interview & Writing/広重隆樹
Photo/吉村隆 Editor/宮澤省三(M-CRUISE) Web Design/Ideal Design Inc.