山田隆司さん いのちインデックスへ閉じる
医師と患者の信頼がつちかわれる場所 地域医療の視点から考える医師不足問題
社団法人 地域医療振興協会 地域医療研究所 所長 山田隆司さん
いまへき地ばかりではない、地方都市の中核病院でも医師が足りない。日本の医師不足、医師の偏りは何が背景になっているのか。永年、地域医療の最前線にかかわってきた山田医師が指摘するのは、「専門医・高度医療」に偏りすぎた医師養成の仕組みと、医療がうまく機能分化していない状況、そして私たち患者側にもある、医療サービスについての勘違いだ。
自治医大を卒業して、人口2千人のへき地の村に赴任

 地域医療振興協会は自治医科大学の卒業生が中心になって設立された公益法人です。自治医大は学費免除の替わりに卒業後9年の義務年限があって、そのうちおよそ半分の期間は離島や山間地などへき地での医療を義務づけられます。私も自治医大の3期生で、長い間へき地医療に従事してきました。
  へき地医療は義務であり、崇高な任務だとはいえ、実際にそこに赴く段になると、多くの卒業生に不安があったことは事実です。一番の不安は自分たちが田舎にいる間に、医学や医療の最前線から取り残されるのではないか、ということです。また、大学病院に残って先端医療にかかわったり、専門医になったり、スーパードクターと呼ばれる人になったり、それが医者の成功モデルの一つだとすれば、地域医療に関われば関わるほど、そうした将来のキャリアパスが見えにくくなってしまうという不安もありました。
  そういう不安を抱えながら、いわば悲愴な決意をして離島や山間地に赴いたわけです。私が赴任したのは、岐阜県の久瀬村(現・揖斐川町)という人口2千人ほどの村でした。私の他には隣村に台湾籍のお医者さんが1人いるだけで、日本人のお医者さんは定着しにくいところでした。
  いざ診療を始めてみると、もちろん大変さは想像以上でしたが、これまで見えなかったことも見えてくるようになりました。患者さんとは身近に深く接することができます。患者さんを取り巻く地域や家族のことがよく見えるようになります。
  その一方で、その地域のニーズに求められることをなんでもやらなければなりません。自分はこれの専門だといって他の診療を拒否することはできませんし、小さな診療所の若い所長として、スタッフとの交流、行政との調整、保健、福祉のことも知らなければならない。
  そうした患者さんとの関わりや、診療所運営のノウハウは、別に田舎でなくても、臨床医として非常に大切なことで、その後も役に立ちました。

へき地で学んだ、医師と患者の信頼関係の大切さ

 私がへき地医療で学んだ最も大切なことは、医師と患者、医師と地域という関係のなかで、信頼ということの持つ意味です。私も患者を選べないのと同じに、患者も医師を選べない。同じ人を何回も診なければなりません。そのおかげで、その患者さんの人となりがわかるようになります。患者さんの側も、「今度の医者はこういう人で、こういうのが趣味で、こういうときは機嫌がいい」とか、医師の人柄も知るようになる。つまり、患者と医師が互いに人間としてつき合う。そこで信頼関係がつちかわれるようになるんです。
  医療には限界があります。治療をしても治せないということは必ずあります。そして人は必ずいつかは亡くなります。そんなとき、医師も患者も家族も、お互いが了解し、我慢しなくてはならない、そしてそれを乗り越えて生きていかなければなりません。信頼関係があればこそ、できることだと思います。

地域の中でふつうに患者と向き合う医師がどんどん少なくなる
山田隆司さん

 地域医療の重要性は、患者ばかりでなく、医師を育てるという意味でも重要です。ところが、日本の医療は必ずしもそういう方向を向いていない。医学教育にしろ研修教育にしろ、大きな病院で勉強して、一つの専門に特化することのほうが、医師としての質が高いとする考え方がいまだに根強くあります。
  患者さんのほうも、ちょっと頭が痛いというだけで、MRI(各磁気共鳴画像法)による診療を要求したり、ちょっとでも診断に不満があると違う大学病院に行ったり、どうしても最先端の高度医療、専門スキルを志向しがちです。週刊誌などのメディアも「頼れる病院ベストテン」とかすぐやるでしょう。その基準は何かといったら、症例数とか手術数とか、特殊な専門医療が行われているかどうかなんです。でも、これってどこかおかしいと思いませんか。
  医療というのは、本来は人々のニーズが先にあるべきで、そのニーズに合わせて配分・調整していくべきです。小児科医がいなくなったからもっと増やすとか、MRIを増やしすぎたからもうMRI導入は止めようとか。ところが、専門医や最先端医療ばかりに注目が集まる。いまは専門医療一辺倒という状態にさえなっていると思います。
  かつてへき地の無医地区解消のために自治医大ができて、ある程度それは解消された。しかし、いま地方の中核病院から医師がいなくなっています。ところが、大学病院や大都市の著名な大型総合病院から医師がいなくなったわけではないですね。そういうアンバランスがますます進行しているように思います。

かつてのへき地の問題がいま地方都市に。地方の公的病院に集中する医師の過重労働

 医師の過重労働は深刻です。なかでも深刻なのは、地方の100床くらいの小さな国保病院などの公立病院でしょう。そういうところでは、常勤医が4〜5人といったところも少なくありません。その人数で当直もこなさなければなりません。月に1人あたりの当直が10回以上という例を最近聞きました。当直明けでもすぐ休めるわけじゃないから、午後の2時、3時まで診療して、さらに病棟回診もしなければなりません。
  周辺に医院があっても夕方5時には閉まってしまう。そうなると夜に症状が悪化した患者さんはみな地域の公的病院に駆け込むんです。夜に救急患者が来れば、診ないわけにはいきません。
  大都市ではないので、地域の病院ではなんでも診なければならない。ニーズのすべての受け皿になってしまうんです。自分は肝臓の専門家だといっても、風邪でも呼吸器でも何でも診なければならない。
  それでも患者さんから敬意と感謝を得られればいいのだけれど、そういう地域病院に勤めているお医者さんは、大都市の総合病院よりは格下に見られてしまう。だから、ストレスがたまるんです。
  そうしたストレスから解放されるために、「立ち去り型開業」などといって、開業の道を選んでしまう。残された人は、地域医療をなんとか支えようとするけれど、さらに負担が高じて、結局は燃え尽きてしまう。そういう事態が現に方々で発生しています。
  かつて私たちがやっていたへき地医療の過酷な状況が、いま地方の小さな公的病院に訪れている。その一部は都市部にも現れています。ただへき地であれば、医師も患者も互いに顔見知りの関係ですから、医者は感謝もされ、やりがいを見いだすこともできる。その至らないところも許してもらえる関係がある。ところが地方の病院だと、地域住民は1万人を超えることは普通ですから、なかなか医師と患者が互いに顔が見えるということにはならない。それが相互不信を生み出すことにもなります。

総合医、家庭医を「専門的に」育てることの重要性
診療所で医療に従事する

 「専門医」養成一辺倒に傾いた日本の医学教育、一次医療(プライマリ・ケア)のお粗末さ、医療費抑制の問題など、日本の医療が抱える問題が、いまこうした地方の中小病院、二次医療といわれる領域の医師不足に象徴されていると思います。
  言い換えれば、一次医療、二次医療、三次医療など病院の医療圏による機能分化がなされていないということが問題です。一次医療とは健康管理、予防、一般的な疾病や外傷に対処して住民の日常生活に密着した医療・保健・福祉サービスを提供する機能のことです。地域の開業医などのかかりつけ医を中心とした地域医療体制を意味しています。
  一次医療で診きれない患者さんたちは、地方の公的な中小病院など、一般的な医療サービスを提供する二次医療に向かう。さらに高度で専門的な治療を必要とする患者さんは、大学病院など高度な病院に転送する──というようにうまいぐあいに機能分化し、全体として国民の医療を担うという体制ができていれば、医師不足の問題はこれほど深刻にはならなかったと思います。
  何より問題なのは、総合医、家庭医とも呼ばれる一次医療型・ゼネラリスト型の医師を、日本の医学教育が育ててこなかったということでしょう。地域で患者さんと接して、なんでも診るという医師を尊重せず、専門医ばかりしか育ててこなかったツケがいま回ってきているのだと思います。離島で通用する医師は、都会のふつうの診療所や病院でも、質の高いお医者さんになれるんだというように、認識を転換すべきときなんです。
  専門医がダメだといっているのではありません。私が言いたいのは、専門医をつくること以外に、総合医を「専門的に」つくることも、これからは真剣に考えなくてはいけないということです。そういう発想の転換なしに、いま医師不足だからといって、これまでと同様に専門医ばかり増やしたのでは、医療のアンバランスは解消しないと思います。

日本以外では、ゼネラリスト重視の医学教育
山田隆司さん

 日本以外の先進国の多くでは、スペシャリストをつくる一方で、ゼネラリストをつくることもやっています。たとえば、イギリスでプライマリ・ケアを担う重要な役割を果たしているのが General Practitioner(GP、家庭医と訳される)で、医師の半分がGPといわれます。GPの診療範囲は全科にまたがり、基本的に健康に関するどんな問題にも対応してくれます。そして必要に応じてGPの紹介のもと、専門医を受診するという流れになっています。
  アメリカの医療は自由競争ですが、診療科目の20番目として「家庭医」というカテゴリーを設けました。他にも、カナダ、オーストラリア、台湾、韓国、シンガポールなどなど日本を取り巻くほとんどの国々では医学校のなかに家庭医・総合医養成のコースがあります。先進国では日本だけなんですよ、こんなに専門医ばかりに偏っているのは。日本にも「町医者」という存在が昔はたくさんいました。自転車で往診してくれるような先生ですね。ただ、いつの間にかそれが開業医の成功モデルとは見なされなくなってしまったんですね。
  もちろん最近になってようやく、総合診療科を設ける学校も出てきました。医学生も何も全員が全員、高度医療を目指しているわけではなく、なかには医師の社会的使命として地域医療を志す人もいます。そのために、家庭医療学、地域医療学といった講座もぼつぼつ出来ていますが、まだまだこれからですね。
  ほんとは一番、医療サービスの質の保証をしなければならないのは、こうした一次医療の現場だと思います。一次医療に関わる先生は、技術だけでなく人柄も問われますからね(笑)。生涯にわたってトレーニング、再研修もしなければなりません。ときには現場の診療を誰かに代わってもらって、最先端の医療技術を学ぶ機会も保証しなければなりません。総合医・家庭医をつくるというのは実は大変な手間と時間がかかることなんです。
  家庭医・総合医のところが弱くなれば、医療全体の質が下がってしまう。そのことだけははっきりしています。それは国民にとっても、不幸なことです。そうならないように、私たちはへき地医療で得た経験を、これからもさまざまな形で活かしていきたいと思います。

 
プロフィール
山田隆司さん

山田隆司

1980年自治医科大学を卒業し、2年のスーパーローテート研修の後、岐阜県久瀬村診療所(現揖斐川町)に赴任、以来20年にわたって地域医療に従事する。1999年から社団法人地域医療振興協会常務理事に就任し、2003年から地域医療研究所所長、2005年から宮城県公立黒川病院管理者となる。この間自治医科大学、札幌医科大学、三重大学等の非常勤講師を務め、1998年から日本プライマリ・ケア学会常任理事、2003年から日本家庭医療学会代表理事、2007年11月から岐阜大学地域医療学講座特任教授を務めている。
 
地域医療研究所
地域医療研究所は社団法人地域医療振興協会の学術的な活動を支える部門として平成15年開設された。「ヘルスプロモーション研究センター」「地域医療研修センター」「地域医療情報センター」「地域看護研究センター」「へき地医療支援センター」の5つのセンターを中心に、望ましいへき地医療のあり方について調査研究・人材育成等を実施する機関として地域ニーズに応えられる医師の養成、生涯教育プログラムの提供(各種講習会、研修会の開催、月刊地域医学の発行)などを行っている。
地域医療研究所
社団法人地域医療振興協会
発行/(財)生命保険文化センター Interview & Writing/広重隆樹
Photo/吉村隆 Editor/宮澤省三(M-CRUISE) Web Design/Ideal Design Inc.