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天野優子さん 徒手空拳(としゅくうけん)で挑んだ幼児教育の10年 子どもたちのいのちを再生するために 風の谷幼稚園 園長 天野優子さん
少子化の時代、私立・公立を問わず幼稚園の経営は決して容易ではない。だからといって、幼稚園をおろそかにしていては、次代を生き抜く人間は育たない──そう痛感した一人の主婦が、徒手空拳で理想の幼稚園設立に立ち上がってから10年。ホンモノを伝え、子どもたちが本来もつ逞しく生きる力を引き出す。風わたる丘の上の幼稚園を訪ねた。
庭で羊を飼い、羊毛を紡いで、ポシェットを編む
2005年3月、えのき広場(園と地続きの広場)で昼食後、木の上で一休み みなさん、ここにいらっしゃると、ああ、川崎市なのにまだこんな自然が残っていたんだと驚かれますね。敷地面積は700坪あって、それは私たちの幼稚園の考えに共鳴してくださった地主さんから寄付を受けたものです。近くに500坪を新たに購入してそこは原っぱのままにしてあります。ここは、山や丘や草原に囲まれた幼稚園なんです。
 この建物、傾斜地に建っているので、光が存分に射し込むし、涼やかな風が渡ってくるでしょう。この幼稚園を建てるとき、敷地の向こうがちょうど谷になっていて、今は埋められてしまったんですが、それが「風の谷」という名前の由来になっています。
手作りの編み機。子どもたちは、園で飼育する羊の羊毛を使ってポシェットを編む。ものが作られる全行程を学べる大切な教育 木造二階建ての園舎は「光と風とふるさと」というコンセプトで設計しました。子どもたちだけでなく、大人にとっても、懐かしいふるさと。鳥のさえずりや鐘の音、調理室で煮炊きする匂い、そういうものを全部、心に留めて、子どもたちには成長していってほしいという願いがあります。
 幼稚園の庭では、いま羊を1頭飼っています。給餌や小屋の清掃などは、4歳の園児たちが面倒を見ています。1年経つと羊の毛も伸びます。それを5歳児たちが刈るんです。羊毛は授業の中で、染色して、糸に紡いで、編んで、ポシェットを作ったりします。十分実用的なものができあがりますよ。手紡ぎ機は、自転車の部品(スポーク)を利用して先生たちが考案しました。
 どうせ作るんだったら、ちゃんとしたものを作りたいと子どもたちも思っているはずです。すぐにゴミになってしまうようなものを作っても仕方がないのです。
 羊の毛をポシェットにするという授業では、単に動物を可愛がるというだけはでなく、人と家畜が共生することの大切さも伝えたいと思っています。以前は、烏骨鶏(うこっけい)も飼っていたんですが、それはこのあたりに出没する狸に食べられてしまいました(笑)。
ゾウの餌の50kgはこんなに重い。事実を見る目を小さいときから養う
 教室はすべて木のフローリングで床暖房を設置しました。ごろごろ寝そべってもいいけれど、整理整頓だけは厳しく躾をします。「きれい」と「きたない」の感覚は、幼少期にきちんと教えないと伝わりません。きたないままの状態のところで育った子どもは、感性の全体が鈍化してしまうと考えるからです。
 丸テーブルをいくつか置いて、それをみんなで囲みながら、絵を描いたりします。今の子どもって、とかく人間関係が希薄になりがちでしょう。丸テーブルだと誰の顔も見える。それだけ関係が密になるんです。テーブルの大きさや座卓の高さ、それこそトイレの仕切りの高さも、規格品を使うのではなく、自分たちでメジャーで測って、最適なものを特注しました。
 今学期の授業は、動物がテーマです。4歳児クラスはみんなシマウマの絵を描いていますね。先生が描いたリンカクに縞を入れさせるのですが、本来は白地に黒の縞模様のはずが、色とりどりの縞模様が出現します。シマウマは知っていてもモンモノの「シマウマ」は知らないのです。またキリンの絵もこげ茶色に白のあみめの模様が実際ですが、どうしても全体を黄色に描いて黒で模様を描く子が多いんです。絵本の影響がすり込まれているのかもしれません。
 子どもにとってシマウマもキリンもゾウも身近にはいませんから、どうしても固定観念で描いてしまう。それを可能な限り正しい認識に導くことが大切だと私たちは考えています。まずは事実を見る目というものを育てたい。子どもの描く絵だから、なんでもいいというのは違います。
本物のゾウの大きさがわかるみんなで作った実物大の絵 ゾウはこんなに大きな動物だということを認識させるため、実物大のゾウの絵をみんなで描きます。子どものゾウは1日に50kgもの草を食べますが、その「50kg」という量を正しく認識してほしいから、子どもと一緒に草刈をして集めて、それを子どもたちに運ばせたり見せたりします。頭の中の想像ではなく、手で触れて物事を理解することが大切なんです。
 一つひとつの動物の大きさを理解した年少組は、年長になるとみんなで動物園の模型を作ります。1歳大きくなるだけで、全体を客観的に見られるようになるんです。子どもの発達のスピードというのは、親が考える以上に速いものです。その可能性をできるだけ引き出したいというのが、この幼稚園の目的の一つです。
よく切れるノコギリを持たせて、図画工作。何度でもやり直して問題解決の道を探る
天野優子さん そのためには、自分の全身を使って、自然と向き合い、協力しあい、ときには競争しあい、楽しみながら、工夫、努力していくことが大切です。「子どもだから、まあまあ、適当でいい」ということはありません。
 ここでは工作の時間に、ノコギリ、ハサミ、キリ、カナヅチなどみなホンモノの道具を使います。ノコギリの歯は毎年替えて、いつもよい切れ味を保つようにしています。料理実習では大人用の包丁を持たせます。
「幼稚園児にキリや包丁なんか持たせて、それで怪我でもしたらどうしてくれるの」と、きっと世間の人は眉をひそめることでしょう。けれど、道具の正しい使い方、管理の仕方を徹底すれば、なにも危険なことはありません。むしろ、そういう「危険」から遠ざけてしまうことのほうが問題です。
2006年7月、3泊4日の合宿、菅平の湿地帯を探険 先日も台風の後にみんなで海へ行ってカヌーに乗りました。台風の後の海は波が高く荒れていて、実は海遊びに最適。子どもたちはとても面白がっていました。でも、ふつう「台風の後は危ない」から、子どもたちを海に連れて行くなんて常識外れですよね。もちろん、私たちは小さな命を預かるプロですから、子どもたちを遊ばせるときは親以上に緊張感をもって、対処しています。海でも遠足でも、必ず先生たちが下見をして、状況を把握してから計画を立てています。そのうえで、子どもたち自身に「危ない、危なくない」という判断力を身につけてほしいのです。
 木と釘とカナヅチを使って箱をつくる木工作では、もちろん最初から完ぺきなものができるはずはありません。釘はすぐ曲がってしまいます。でも、そのときは釘を抜いて、打ち直せばいいんです。木の表面が穴ぼこだらけになったら、裏返して使えばいい。つまり、木工作はやり直しがきくんです。上手くいかなかったら、別の方法を考えて、やり直す。その試行錯誤を通して、子どもたちは自分なりの解決法を模索するようになります。
 解決法はたくさんあるし、自分で考えればちゃんと見つかるという経験は、大人になってからもきっと役立ちます。最近は、企業のなかでも「指示待ち人間」が多くなったなんて言われますが、自ら打開策を考えられる「問題解決能力」を小さなときから養っておけば、そんなふうにはならないと思うんです。
 どうしてもわからなければ、周りの子どもたちに聞けばよい。それでもわからなかったら、先生に聞けばよい。この「誰かに教えてもらう」という方法を覚えることも大切です。自分が何につまずいているか、つまり問題点を自分なりに把握することは、思考力を養う第一歩。その問題を解決するために、人の知恵を借りるというのは、それこそ、コミュニケーションの原点です。
子どものための幼稚園が、大人の都合だけで運営される理不尽
天野優子さん 私が「風の谷幼稚園」を設立したのは、今から10年前のことです。私は和光学園の和光幼稚園(東京・世田谷区)に14年、教諭として勤めた経験があります。この和光幼稚園は、自然のなかで実体験をしたり、ものを作る楽しさを重視するユニークな指導をしているところで、「風の谷」の方針もその影響を多く受けています。
 14年間がむしゃらに働き「やれることはやった」という達成感を得て、その幼稚園を辞めたばかりでしたが、一度は退職した幼児教育に、今度は創立者・園長としてもう一度かかわりたいと思うようになったのは、今の幼稚園教育の現場が決して子どもを育てる場になっておらず、大人の思い込みやご都合主義に陥っていると実感したからです。
 今、親が子どもの命を奪ったり、子どもが親を殺したり、いろんな問題が起こっているでしょう。時代風潮のなかで、命というものが、おろそかにされている。それはやはり教育の根幹のところに問題があると思うんです。「相手を理解して行動する」「問題解決の方法を自分で考えて見つけ出す」──そういう、人が生きていく基本のところを、小さなときから身につけることが大切で、そのためには幼児教育をしっかりさせなければいけない、と。ところが、多くの幼稚園では、大人が管理しやすいように子どもが動かされ、子どものための施設にも関わらず子どもがおろそかにされているというのが現状なのです。
 こういうことは、世の中の偉い方々がみなさん指摘されることです。問題を指摘する人は多いけれど、それを実際に行動に移す人はそれほど多くはありません。私は、思い立つとすぐ動いてしまう人なので(笑)、後先も考えずに、「そうだ! 自分で理想的な幼児教育のできる幼稚園を創ろう!」と思い込んだら、もう体が動いていました。
土地もお金もなかったが、3年で幼稚園設立。10年間は「無給」で働いた
 最初は大変でしたよ。なにせ、幼稚園設立に何が必要かもわかっていなかったのですから。自宅のある世田谷区役所に行って「幼稚園をつくりたいんですけれど」といったら、「土地はあるんですか?」「お金はあるんですか?」と聞かれて、それではじめて、土地とお金を調達しなければならないんだなと認識したくらいなんですから(笑)。
 私に潤沢な資金があったわけではありません。ヒト・モノ・カネ、本当に何もない「徒手空拳」の状態だったので、「ないものは、持っている人からもらうしかない」──そう思って駆けずり回りました。人に何度も頭を下げました。人生のなかで初めて“土下座”ということも体験しました。
 幸い、当時4億円相当もの畑を提供してくださる方が現れました。ツテを頼って、企業の経営者に会い、寄付をお願いしました。「会社としての寄付はできないけれど」とおっしゃって、ポケットマネーをはたいて下さった経営者の方もいらっしゃいます。私が困っていたときに、手を差し伸べてくださった多くの方のことは決して忘れることはできません。『3歳は人生のはじまり』という私の著書の印税ももちろんつぎこみました。それでも足りなくて、夫の実家まで担保に入れて、約6,000万円の借金をしました。それで最終的にはなんとか3億円の資金を調達することができました。
天野優子さん 思い立ってから設立まではわずか3年で、「それはすごい。起業家として才能がある」なんて言われることもありますが、私は、別に自分を起業家だなどと思ったことはありません。会社を起こすときは、しっかりお金を貯めて自己資金を確保してからというのがふつうでしょうけれど、私にはそんなものはありませんでした。事業計画書とか、少子化時代における幼稚園経営のマーケティングなんていう発想もありませんでした。
 ただ、挫けることのない情熱と、本気で世の中に役立とうという思いをもって、その思いを人に繰り返し伝えれば、必ずチャンスを与えてくれたり、支援をしてくれたりする方が現れるということだと思います。無知や無謀をバカにしてはいけないと思います。なにより大切なのは、目標に向かって進むがむしゃらさです。
 もちろん、物事を成し遂げるためには「コミュニケーション能力」と「問題解決能力」は欠かせません。そしてそれ以上に大切なのは、「私欲のために動いてはならない」ということだと思います。設立以来、10年間、私の給料はすべて借金返済に回しましたから、ずっと手取り無給の状態でした。その個人的借金が来年の4月にようやく完済になります。来年から初めて給料をもらえるようになるので、それがちょっと嬉しいです。
死にかけている命を再生し、次の世代につなぐことが団塊世代の使命
園の訪問の際、先生方が取材陣に素敵な歌のプレゼントをしてくださった 私の幼稚園経営という情熱はどこから生まれたのか、ということをよく聞かれます。いろいろとありますが、特に最近思うのは、私の世代の責任ということです。私は1946年生まれのいわゆる「団塊世代」です。戦後の日本を支えた世代の一人ではありますが、同時に、なんでもお金で解決できるとか、人の命を軽んじるといった今の風潮を生み出した責任も、私たちにはあります。だからこそ、どうにかしたいという使命感みたいなものを、最近よく感じるんです。
 また、私たちは若いときに、世の中や体制を批判してきた世代でもありますが、その後、それに代わる価値観を生み出したかというと何もしてこなかったじゃないかという思いもありますね。いま定年退職を迎える団塊世代こそ、これからの世の中のために、もう一踏ん張り頑張らなくちゃいけないんですよ。
 あるとき、私は鹿児島県の知覧町にある知覧特攻平和会館を訪ねたことがあります。そこで自分たちの命をもって後世の人々の命を守ろうとした特攻隊の青年たちの思いに触れて、強い感慨を抱きました。彼らが命を賭して守ろうとしたものは何だったのか。そして、戦後の今の状況はどうなってしまったのかと。申し訳けない気持ちで一杯になりました。
 命というのは自分のものであって、自分のものではない。代々にわたって受け継いで、それを次に受け渡す役目が、一人ひとりにはあります。今の世の中で、子どもたちの命は死にかけています。その死にかけている命を再生し、次の世代に譲り渡すこと。そのために私ができるのは幼児教育しかありませんが、これほど素晴らしい仕事はありません。子どもたちの命がいきいきと輝いている現場。風の谷では、いま小さいながらも自分に誇りをもって生きていく、そんな子どもたちが育っていこうとしています。
プロフィール
天野優子さん あまの・ゆうこ 1946年神奈川県生まれ。民間企業勤務を経て、保育士に転身。その後幼稚園教師となり、14年間「和光幼稚園」に勤務。理想の教育を実践するために幼稚園づくりを決意。土地や資金もないゼロからのスタートで1998年に学校法人・一廣学園「風の谷幼稚園」を設立。著書『3歳は人生のはじまり』(ひとなる書房刊)。
 川崎市麻生区の畑を切り開いて建てられた風の谷幼稚園には、いま174人の園児が通い、11人の職員が教育に携わる。地元だけでなく、市外・県外から通わせる親も少なくない。園舎には親のためのコミュニケーション・スペースもあり、父母活動も活発に行われている。

風の谷の幼稚園  http://www.kazenotani.net/index.html

発行/(財)生命保険文化センター Interview & Writing/広重隆樹
  Photo/田中誠 Editor/宮澤省三(M-CRUISE) Web Design/Ideal Design Inc.