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斎藤友紀雄さん 心の不安に怯える人々に語りかける言葉 いのちの電話の36年
日本いのちの電話連盟 常務理事 斎藤友紀雄さん
1998年(平成10年)、日本では年間の自殺者が3万人を超え、その後も高い水準が続く。人口10万人あたりの自殺者数23.8人は世界で10番目だ(WHO統計)。心理的・社会的負担の大きい中高年男性が、自殺者急増の主要因とされる。近年は政府も腰を上げ、自殺予防対策を講じるようになったが、36年も前からこの問題に取り組んでいるボランティア組織に「日本いのちの電話連盟」がある。なぜ自殺が増えているのか、それを予防するためにはどういう手だてが必要なのか。常務理事の斉藤さんに話を聞いた。
国別の自殺者数と自殺率(WHO資料)
国別自殺者数(単位:千人) 国別自殺率 (人口10万人あたりの自殺者数)
1 中国 170 1 リトアニア 42.1
2 インド 105 2 ロシア 38.7
3 ロシア 55 3 ベラルーシ 35.1
4 米国 31 4 カザフスタン 28.8
5 日本 30 5 スロベニア 28.1
6 ウクライナ 13 6 ハンガリー 27.7
7 ドイツ 11 7 エストニア 27.3
8 フランス 10 8 ウクライナ 26.1
9 韓国 9 9 ラトビア 26.0
10 ブラジル 7 10 日本 23.8
<平成19年4月「総合的な自殺対策の推進に関する提言」より>
若者から中高年へ。いのちの電話の移り変わり
年次別自殺者数
年次別/区分 自殺者(単位:人) 自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)
総数
1989年 22,436 13,818 8,618 18.2 22.8 13.8
1990年 21,346 13,102 8,244 17.3 21.6 13.1
1991年 21,084 13,242 7,842 17.0 21.7 12.4
1992年 22,104 14,296 7,808 17.8 23.5 12.4
1993年 21,851 14,468 7,383 17.5 23.6 11.6
1994年 21,679 14,560 7,119 17.3 23.7 11.2
1995年 22,445 14,874 7,571 17.9 24.2 11.8
1996年 23,104 15,393 7,711 18.4 25.0 12.0
1997年 24,391 16,416 7,975 19.3 26.6 12.4
1998年 32,863 23,013 9,850 26.0 37.2 15.3
1999年 33,048 23,512 9,536 26.1 37.9 14.7
2000年 31,957 22,727 9,230 25.2 36.6 14.2
2001年 31,042 22,144 8,898 24.4 35.6 13.7
2002年 32,143 23,080 9,063 25.2 37.1 13.9
2003年 34,427 24,963 9,464 27.0 40.1 14.5
2004年 32,325 23,272 9,053 25.3 37.4 13.8
2005年 32,552 23,540 9,012 25.5 37.8 13.8
2006年 32,155 22,813 9,342 25.2 36.6 14.3
<警察庁生活安全局地域課「平成18年中における自殺の概要資料」>
 いのちの電話がスタートしたのは、1971年10月のことです。自殺予防を目的とした電話相談は、イギリスの「サマリタン協会」など海外にその原型はありましたが、日本では私たちの活動が初めてでした。そもそも当時は電電公社(現・NTT)の通話サービスを通話か時報サービス以外の目的で事業化することは認められていなかったのです。それが70年に解禁になり、「いのちの電話」「赤ちゃん110番」など様々なサービスが登場しました。
  「いのちの電話」と名づけたものの、最初の頃はよろず相談のような状態で、スタートの1年間に寄せられた相談のうち自殺に関する相談は1%にも満たないものでした。ところが、最近の10年間では自殺問題に関する相談が、東京では全体の1割以上を占めるまでになっています。
  相談者の世代分布も、この36年で大きく変わりました。最初の10年は10代が2割前後を占めていましたが、今はわずか3%程度です。その一方で増えたのが、30代・40代で、今はそれが圧倒的な比率を占めるようになりました。
  この傾向は、奇しくも戦後日本の自殺者統計の推移とよく似たものになっています。昭和30年代は10代の自殺者が年に3,000人と、若者の自殺が深刻な問題になっていました。一方、中高年の自殺はそれほど目立ってはいなかったのです。ところが、最近は加齢と共に自殺者が増える傾向、つまり自殺者の数は年齢に応じて右肩上がりのカーブを描くようになっています。
  70年代の終わりから80年代にかけてその傾向がはっきりしてきました。いのちの電話に寄せられる相談も、それと軌を一にするようにして、変化してきたのです。
年齢別自殺者数の推移(単位:人)
  19歳以下 20歳代 30歳代 40歳代 50歳代 60歳以上 不詳 合計
1978 866 3,741 3,597 3,641 2,753 6,024 166 20,788
1979 919 3,654 3,808 3,796 2,977 6,163 186 21,503
1980 678 3,261 3,791 3,911 3,138 6,166 103 21,048
1981 620 2,777 3,653 3,996 3,304 5,985 99 20,434
1982 599 2,832 3,787 4,284 3,616 6,025 85 21,228
1983 657 3,050 4,099 5,460 4,846 7,004 86 25,202
1984 572 2,737 3,855 5,290 4,912 7,147 83 24,596
1985 557 2,548 3,519 4,936 4,815 7,143 81 23,599
1986 802 2,824 3,687 4,948 5,385 7,794 84 25,524
1987 577 2,588 3,447 4,696 5,129 7,943 80 24,460
1988 603 2,479 3,180 4,459 4,886 8,044 91 23,742
1989 534 2,357 2,865 4,202 4,296 8,075 107 22,436
1990 467 2,226 2,543 3,982 4,176 7,853 99 21,346
1991 454 2,215 2,391 3,953 4,423 7,576 72 21,084
1992 524 2,313 2,391 4,186 4,708 7,912 70 22,104
1993 446 2,251 2,473 4,146 4,846 7,525 164 21,851
1994 580 2,494 2,410 3,806 4,732 7,438 219 21,679
1995 515 2,509 2,467 3,999 5,031 7,739 185 22,445
1996 492 2,457 2,501 4,147 5,013 8,244 250 23,104
1997 469 2,534 2,767 4,200 5,422 8,747 252 24,391
1998 720 3,472 3,614 5,359 7,898 11,494 306 32,863
1999 674 3,475 3,797 5,363 8,288 11,123 328 33,048
2000 598 3,301 3,685 4,818 8,245 10,997 313 31,957
2001 586 3,095 3,622 4,643 7,883 10,891 322 31,042
2002 502 3,018 3,935 4,813 8,462 11,119 294 32,143
2003 613 3,353 4,603 5,419 8,614 11,529 296 34,427
2004 589 3,247 4,333 5,102 7,772 10,994 288 32,325
2005 608 3,409 4,606 5,208 7,586 10,894 241 32,552
2006 623 3,395 4,497 5,008 7,246 11,120 266 32,155
<警察庁生活安全局地域課「平成18年中における自殺概要資料」>
70年代の終わりから日本社会の構造が崩れてきた
斎藤友紀雄さん 70年代終わりに一体何があったというのでしょうか。私は、現在の日本社会が抱えている危機の萌芽がこの時期に生まれていたのではないかと考えています。たとえば、これまで比較的安定しているとされていた日本企業の雇用システム、つまり終身雇用や年功序列型が崩れだしたのはこの時期です。「脱サラ」という言葉もこのころに生まれたものですが、これを別の側面からみると中高年の間に雇用不安が広がったということだとも言えるのです。
  こうして70年代の終わりから、日本社会の安定基盤が徐々に崩れだし、90年前後のバブル経済の崩壊がそれを加速させました。かつて精神衛生上も安定している世代と見られていた中高年が、様々な不安を抱えるようになりました。今ではその不安は30代まで広がっています。彼らには、フリーターや派遣社員のまま、なかなか正社員になれないという悩みがあります。30代の精神科受診率も高まっており、実際いのちの電話への訴えも30代が増えています。
  そのように見ると、いのちの電話への相談の変化というのは、日本人のその時代の精神状態を示すバロメーターのようなものなのかもしれないと思います。
  もちろん10代、20代の若者の自殺がなくなったわけではありません。中高年に比べて数が少ないとはいえ10代・20代の死因に占める自殺の割合は依然として高くなっています。
2006年 年齢別自殺志向(フリーダイヤル受付分)(単位:件)
年代 総計
小学生 4 0 4
中学生 17 19 36
高校生 46 51 97
その他10代 38 52 90
20代 437 340 777
30代 568 350 918
40代 600 270 870
50代 315 213 528
60代 148 113 261
70以上 15 35 50
不明 314 138 452
総計 2,502 1,581 4,083
いのちの電話調べ 「2006年度フリーダイヤル自殺志向」より
自殺の多くは個人の病理ではなく、社会的な問題が背景に
斎藤友紀雄さん 自殺者の8〜9割はうつ病を抱えているといわれています。そのため、従来の自殺予防対策は、うつ病の早期発見や治療などの対策が柱になってきました。これは、日本だけでなく欧米でも同様です。うつ病対策は大変重要ではあるのですが、年間自殺者が3万人を超えるような事態になると、“自殺を個人の病理の問題にだけ帰していいのか”ということが議論されるようになってきました。
  こうした議論を踏まえながら、2006年10月には「自殺対策基本法」が施行され、2007年6月には、内閣府が「自殺総合対策大綱」を策定しています。そこでは「自殺は、その多くが防ぐことのできる社会的な問題である」という認識のもとに、失業、倒産、多重債務、長時間労働などの社会的要因については、制度や慣行の見直し、相談や支援体制の整備といった社会的な取り組みが必要だと述べています。自殺を個人の問題に帰するのではなく、日本をより「生きやすい社会」に変えていくことが重要だと指摘した点で、画期的なものだと私は思います。
  また、自殺を予防するだけでなく、差し迫った危機には積極的に介入することも必要だとされ、さらに、自殺行動後の問題──たとえば未遂者や自死遺族(自殺者の遺族)へのケアにも触れている点は重要です。自殺未遂者は実際の自殺者の5〜10倍はいると想定されます。また、後追い自殺という言葉があるように、自死遺族も、たえず自殺の危険を抱えているハイリスクグループです。こうした遺族への適切なケアもこれからは必要です。
医療を越えた領域で、相談者の声に耳を傾ける
斎藤友紀雄さん 「いのちの電話」では、毎月10日にフリーダイヤルの日を設けています。フリーダイヤルにかかってくる「自殺問題に関する相談」は年間4,000件ほどですが、そのおよそ8割は精神科の受診歴がある方です。また、1,300件の自殺未遂者がいますが、その方々の7割は現に精神科を受診されているか、投薬を受けている方です。専門家の治療を受けているにもかかわらず、なぜ私たちに電話をかけてくるのでしょうか。私たちは医者ではないので、治療はできないし、またすべきではないにもかかわらず……。
  相談者が私たちに期待しているのは、決して専門家としての答えではないのだと思います。むしろ、いま自分が不安で不安でしようがない、そのことを誰かに伝え、理解して欲しいのです。
  その不安の奥底には、「なぜ自分だけが、うつ病になってしまったのか。なぜ自殺を試みるなんてことをしてしまったのか」──という答えようのない疑問があります。専門家でも容易にその答えは、見いだせないでしょう。その相談内容は、すでに医学の領域を越えたところにあるというべきです。
  その領域で相談者の心の声に寄り添いながら、話を聞いてあげる。そのことを通して、相談者が自分の病気を受け止めることができ、そしてその病気も含めた自分の人生のアイデンティティを発見し、生きることを肯定する、そういう回路が求められているのかもしれません。
絶望の淵にある人間の弱さを見つめる視点
斎藤友紀雄さん もちろん実際の相談内容は、もっと切迫したものです。「いま手首を切った」といって電話をしてこられる方もいます。居場所を突き止め、私たちが救急車に出動要請をすることも稀ではありません。なかには「なぜ救急車を呼んだんだ」と、後から私たちを非難する方もいます。そういう意味では決して報われる仕事ではないのですが、それでも彼らは私たちに電話をして何かを伝えようとしているのです。相談者の言葉に振り回されることは避けなければなりませんが、私たちはその言葉の奥にあるものに耳を傾ける必要があります。
  なぜ人は自殺する人を助けようとするのか―。危機にある人を救わなければならないと思う気持ちは人類にとって普遍的なものです。ただ、そのとき紋切り型のフレーズで、「神はあなたを愛しているから、自殺はいけない」などと諭すのはあまり意味がありません。宗教とはまず痛みと弱さの共有から始めなければいけません。絶望の淵にある人の状況を理解し、その淵に追いやられた人間の弱さを共に見つめることが、私たちにできる最大のことだと思うのです。
  私たちの活動は精神医療を否定するものではありません。しかし、自殺を防ぐことは、専門家をもってしても困難なことであり、また決して一人の専門家だけでできることではないのも事実です。自殺予防には、医師・看護師はもとより、ボランティア、宗教家、家族、民間のサポートグループ、うつ病患者の自助グループなど、あらゆる職種、立場の人の協力が求められているのです。
スピリチュアルなものが人の健康を支える
いのちの電話ポスター 36年にわたるいのちの電話の活動を通して感じることは、日本社会のうつ病や自殺に対する対応の変化です。私たちが活動を始めたころ、ある鉄道会社に「いのちの電話」のポスターを構内に貼ってもらえないかとお願いしたところ、開口一番にいわれたのが「縁起でもない」という言葉でした。企業社会はもちろん、一般社会でも自殺という言葉が忌避された時代でした。職場でうつ病を告白したり、その予防をしようというようなことさえ、かつては考えられないことでした。
  ところが、最近はむしろ鉄道会社のほうが積極的にポスター掲示をするようになり、駅員の方が総出でチラシを撒いたりもしてくれます。自殺予防に前向きに取り組もうという姿勢が、社会のなかに生まれてきていると実感します。
  専門家による治療は重要なことですが、それさえすれば、うつ病や自殺は防止できると考えるのは早計です。たとえ一時的にうつが治癒したとしても、その人の生活のなかに喜びがなく、生きる目標や意義を感じることができなければ、再び同じような迷路に迷い込んでしまうことでしょう。人は人間社会の関係のなかで、つまり共生という関係のなかで初めて生きる意味を見いだすものです。周囲の人間関係が、その人を決してひとりぼっちにさせないということが大切だと思います。
  それと同時に私は、自殺予防を考えるときに、外すことのできないものとして、スピリチュアルなものを考えます。スピリチュアルには、もちろん宗教心も含まれますが、決して宗教的なものばかりではありません。たとえ無宗教者であっても、その人固有の価値観や世界観というものがあるはずで、それが自殺防止の拠り所になるのではないかと思うのです。
  WHO(世界保健機関)が定義しているように、人類の健康というのは単に病気がないということだけではありません。社会保障と同時に、生きる意味、生きる価値も含めたスピリチュアルなものが、人の健康には不可欠だと思うのです。
column【いのちの電話とは】
「日本いのちの電話連盟」は電話やFAX、インターネットを通して人々の悩みを聴き心の支えになっていこうという活動を行うボランティア団体の全国組織であり、日本自殺予防学会と国際自殺予防学会と連携して自殺予防のために活動している。
・24時間いつでも電話をかけられる
・名前は告げる必要はない
・相談内容の秘密は、必ず守る
・お互いの宗教や主張は尊重する
・相談は無料
・金銭的な援助はしない
・電話相談にあたるのは、定められた養成課程を終了し相談員としての認定を受けたボランティア
  などが特徴。詳しくは、日本いのちの電話連盟のWebサイトへ http://www.find-j.jp/
斎藤友紀雄さん プロフィール
さいとう・ゆきお 1936年生。東京神学大学と米国ランカスター神学校で神学と臨床心理学を学ぶ。日本キリスト教団教師。1974年〜2002年社会福祉法人いのちの電話事務局長・常務理事を兼務。現在、日本いのちの電話連盟常務理事、日本自殺予防学会理事長、民間相談機関連絡協議会会長、青少年健康センター会長、北の丸クリニック常任理事、臨床死生学会理事。その他公職として1998〜2003年東京都子どもの権利擁護委員会委員(長)、2001〜2007厚生労働省、内閣府および東京都などで自殺対策検討委員を歴任。1997年国際自殺予防学会からリンゲル賞、2007年朝日社会福祉賞を受賞。編著書に『自殺問題Q&A 自殺予防のために』(編集・至文堂刊)、『ひとりで悩まずに・・・いのちの電話』(責任編集・ほんの森出版刊)『今、こころを考える』(著・日本キリスト教団出版局)などがある。
発行/(財)生命保険文化センター  Interview & Writing/広重隆樹
Photo/吉村隆  Editor/宮澤省三(M-CRUISE)  Web Design/Ideal Design Inc.
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