増井光子さん 野生の息吹に触れられる場で、人と動物の共生を考える
よこはま動物園ズーラシア 園長 増井光子さん
「よこはま動物園ズーラシア」では、夏休みシーズンともなると、夜の動物の生態を見るイベントが行われる。世界三大珍獣の一つであるオカピを、国内で初めて一般展示した動物園としても知られる。しかし、ここは単に珍しさを楽しむだけでなく、世界的な自然破壊の下での希少動物の現状や、これからの人と動物の関係を考える絶好の場でもある。半世紀にわたって動物と触れあってきた園長の増井光子さんに、これからの動物園のあり方や、人と動物が共に暮らす世界のイメージを聞いた。
動物園なのに、動物が少ないワケ
スマトラトラの水浴び:現存するトラの中では最も南のスマトラ島にのみ分布する。インドネシアでは絶滅危機から守るため、1995年より保護活動が行われている。ズーラシアの広い飼育環境で、このような姿を見ることができる。生息数300頭。 よこはま動物園ズーラシアは、1999年の開業から今年で8年目を迎えました。生物多様性に富んだ地球社会を考えたとき、そのための啓発活動をしていくのが動物園の役目です。そこで、ズーラシアの基本理念も「生命の共生・自然との調和」というところにすえられました。
  そのために様々な展示の工夫をしています。まず動物園なのに植物がたくさんあるということに、みなさん驚かれるでしょうね。動物はたくさんの植物のなかに点在しているというのが、本来の自然界のあり方。地球を気候帯・地域別の7つのゾーンに分け、それぞれの地域の植物を植えて、動物が実際に暮らす雰囲気を可能な限り再現しています。
  植物だけではなくて、それぞれの地域に住む人々の文化が伝わるような象徴的なもの──たとえばインドネシア産のオランウータンの部屋にはガルーダ神のお面だとか、インドゾウのプール側観覧通路には象頭人身のガネーシャ神の像なども一緒に展示しています。いま人の影響が及んでいない生の自然というのはほとんどないわけで、その地域に住む人々の暮らしや文化、そういうものを考慮に入れていかないと、これからの環境保全は進められないと考えたからです。
  これまでの動物園は、動物だけしか集めていませんでした。地球上の動物の多様性ということは見せることができたけれども、それでは実際に環境のなかで動物はどのように暮らしているのかということをしっかり伝えることができなかった。そういう反省から、いま世界の動物園は環境を意識した「生態展示」という方法が主流になっています。ズーラシアもその一つです。
  また、動物を狭い檻に閉じこめているだけでよいのかという、動物福祉という観点からの反省も70年代からあり、それに応じて展示や飼育の方法も大きく変わってきました。
  ズーラシアでは広さ53ヘクタールの敷地に、現在70種・400頭の動物が暮らしています。広さの割りに飼育頭数も種類数も他の動物園に比べてとても少ないのです。せっかく動物園に行ったのに、なかなか動物が見られないという苦情もいただきます。けれども、動物福祉ということでいえば、過密でないほうがいいんです。むしろ、動物園で永年暮らす動物たちが、決して窮屈ではなく、元気で、いきいきと動いていて、それで子孫も残せるような環境が整っているかどうかが、いまは大切なんですね。
  最近は、世界的に動物愛護団体の目も厳しくなっていて、動物園の飼育環境はたえず批判・検証の目にさらされています。ですから、動物園も常に身を正しておく必要があります。「あそこの動物園では、動物が健康に育つわけがない」と思われたら困りますから。そのためには、学会できちんと発表したり、飼われている動物が何代にもわたって子孫を残しているといった実績を示す必要があります。
希少動物を世界の動物園のネットワークで守る
オカピ:ウシ目(偶蹄目)キリン科に属する哺乳動物。20世紀に入ってから初めてその存在が確認され、ジャイアントパンダ、コビトカバとともに世界三大珍獣と言われる。現在、野生ではアフリカ・コンゴに12,000〜13,000頭が生息している。 種類が少ない替わりに、どの動物園にでもいる動物ではなく、あえて世界の希少動物を集めるようにしたのも、ズーラシアの特徴の一つでしょう。生物多様性を保全するためには、希少動物を守らないといけませんから、その飼育や繁殖にも精力的に取り組んでいます。キリンの仲間のオカピの繁殖などはその一例です。コウノトリの増殖事業やツシマヤマネコの分散飼育にも協力しています。
  また、園内には横浜市の繁殖センターという研究施設があり、そこではバリ島原産のカンムリシロムクという白い清楚な鳥を飼育・繁殖しています。そして、増やした鳥をインドネシアの生息地に再導入するという保全事業を行っています。なぜかというと、バリ島の野生のカンムリシロムクは飼い鳥として人気が高く、密猟がひどくて、そのままにしておくと絶滅する危険が高いからです。うちだけでなく、世界の動物園が様々な希少動物の飼育・繁殖に努力しています。
  いま世界には1,000から1,200の動物園があるといわれていますが、そのうちおもだった300ほどの動物園が、世界動物園水族館協会に加盟して、盛んに国際会議や交流を行って、情報を交換しています。そのネットワークはかなりしっかりしたものです。そもそも、いまは動物を自然界から勝手に捕らえて連れてくるということはできなくなっています。むしろ、世界各地の動物園で繁殖させたものを、譲り合うというほうが一般的なんです。ですから、どこの動物園にどんな動物がいるか、どこで赤ちゃんが生まれたかというような情報が一元的に管理されているのです。
  当園でもオカピに赤ちゃんが生まれたら、それをすぐ関連の種保存委員会に報告しなければなりません。世界の動物園が動物を共有しながら、生物の多様性を保持していこうという流れになっているんですね。
メタボ予防にも役立つズーラシア散歩
 もちろん動物園だけで自然保護ができるとは考えていません。動物園ができるのは、あくまでも自然保護思想を啓発すること、つまり動物と人の環境を守ることの大切さを理解していただく一助になるということです。そのためには、やはりできるだけ多くのお客様に見に来ていただく、楽しみながら環境について考えていただくということが大切です。動物園は、単なる研究組織ではなく、あくまでも地域住民や広く国民のためのサービス機関なのですから。
  何をやればお客様は来てくださるのか、そのことをいつも考えています。たとえば、動物園に来たお客様はやはり動いている動物を見たいもの。動物たちが餌を食べている姿も人気です。ですから、当園では動物が自由に動けるように工夫をしたり、食餌の時間をお客様に広報したりする工夫を重ねてきました。
増井光子さん その部屋の中にいる個々の動物のエピソードも知りたいですよね。そこで、「飼育係のとっておきタイム」という時間を毎日設けて、飼育担当者ならではの話をしてもらうようにしています。他にもガイドツアーや、動物に関連するクイズや工作に参加できるワークショップなどもやっています。
  先ほどもお話ししたように、ズーラシアができた当時は、このようなタイプの動物園は日本に少なかったので、動物となかなか出会えないという苦情がありました。でも最近は、豊かな木々の間を散策しているだけで、気持ちがいいから、また来たよというように、森林浴気分でやってくるお客様も増えてきました。動物園に行く目的が少し多様化してきたのかなという気がしています。
  開設時に植えた植物もだいぶ繁ってきて、それが歩道に陰をつくり、夏の暑い陽射しを避けながら散策ができます。園内が清潔で臭いもしない。なにより、動物たちが汚れていない──そんな声も聞くようになりました。
  植林におおわれた園路を歩きながら、ときどき動物を眺めてリラックスすることは、心身的にもよい影響を与えるんです。ここは周囲4kmありますから、「一日ここで過ごせば1万歩くらいすぐに歩けますよ」ということは、前から言ってきたことなのですが、そういう健康効果がようやく理解されてきたようです。
  動物園というと小さな子どものためのものという意識があるけれども、当園の利用者に関する調査では、10代以下の子どもは12.5%にすぎません。30代と40代以上がそれぞれ約35%と38%を占めています。中高年がどんどん増える傾向にあります。これからは、大人のための動物園づくりも大切になってきます。
  だからこそレストランの雰囲気も大事にしたい。ショップで販売するグッズも、子どもだましのようなものではすぐに飽きられてしまいます。ズーラシアのショップには常時、1,500点ものグッズが並べられていますが、そのほとんどが当園のオリジナルです。ズーラシアの営業部が世の中の流行を見て開発したものばかり。しかもそれをしょっちゅう入れ替えている。お客様の半数が、何度も当園を訪れているリピーターですから、ショップもたえず新しい商品を並べないとだめなんです。
身近に動物がいれば、もっと動物園への関心が高まる
カンムリシロムク:1929年に発見されたバリ島の固有種。今日では絶滅寸前の危機に瀕している。ズーラシアでは、2003年から2009年までの7年間で計100羽を再導入する計画で、すでに50羽がバリへ送られている。生息数20羽前後。 動物園に人が集まるかどうかというのは、世の中の流れと決して無縁ではありません。以前、東京の多摩川にアゴヒゲアザラシの子どもがやってきたとき、連日、3,000人もの人がそれを見に多摩川土手まで出かけましたよね。そのとき誰かが中学生の女生徒に「アザラシなんて水族館に行けばいくらでもいるのに、なぜここに見に来るの?」と尋ねたら、「ここのアザラシはホンモノだもの」と言ったそうです。
  ホンモノというからには、動物園や水族館は本来の動物の居場所ではないと考えているわけでしょう。たしかにそうです。でも、野生地で動物を見るのはとても難しい。一番手近に野生の息吹を感じられるのはいまは動物園しかない、というのも事実です。むしろ、もっと都会の中に自然が増えてきて、動物たちが身近に存在するようになれば、それを動物園でもっと知りたいと思うお客様も増えてくると思うんです。
  身近なところに動物がいないからこそ、だんだん動物への関心が薄れてきて、動物園からも足が遠ざかってしまう。珍しい動物がやってくるとみんな競って見に行くけれども、その関心も一時のものです。大都市の中に緑地をいかに確保していくか、水辺のきれいさをいかに保つか。遠回しではあるけれど、結局そういう努力が、人々の動物への関心を継続させ、結果的には動物園の来客者を増やすことにつながっていくと思います。
人と動物が共生する世界を取り戻したい
ツシマヤマネコ:長崎県の対馬にだけ生息する野生のネコ。生息数は徐々に減っており、1991年 環境庁「レッドデータブック」に「絶滅危惧」として記載された。国の天然記念物。生息数80〜110頭。 人の身近にいる動物、家畜といえば、たとえば馬ですね。ロサンゼルスでもニューヨークでも海外の大都市では、乗馬を楽しむ人も珍しくなく、馬車も走っています。でも、日本では東京の道路で毎日馬が闊歩(かっぽ)していたら、みなさんきっと問題視されるでしょうね。
  かつては普通に道端にいた馬が、いまはもう遠い存在になってしまった。馬への関心はせいぜい競馬場くらい(笑)。日本には在来馬が8種類いて、その多くが滅びつつあるということについては誰も考えない。そういうのって、少しおかしいですよね。
  私は学生時代から馬が大好きで、還暦近くなってから馬のマラソン「エンデュランス競技」というのに、はまり込んだりしています。また「NPO神奈川 馬の道ネットワーク」という組織のなかで、馬遊びが都会の中でできるようにする運動を進めています。相模川とか多摩川の河川敷沿いに馬に乗れる道を残して、奥多摩のほうまで馬と一緒に上って行けたりしたら素敵だろうなと思います。
  かつて井の頭自然文化園の園長をしていたころ、雲取山(奥秩父山系にあり東京都の最高地点)のリスを井の頭公園で育てて、園内にリリースする「リスの森構想」という事業を推進しました。もともと武蔵野の森にはたくさんニホンリスが生息していたんです。しかし、今はその姿はありません。それを再び都市公園の中に復活させようという事業です。さらに玉川上水沿いの緑道を通ってリスが増えていき、それが奥多摩までずっと続く。そんな様子になれば、人と動物の関係も変わっていくと思いました。そのときいろいろと勉強したことがいま役に立っています。
  私の動物との触れあいに拍車がかかったのは、小学2年生のときに大阪の生駒山の麓、周囲は水田と山という環境に引っ越してからです。そのころはまだ田畑も農薬などで汚染されていなかったし、農業も今ほど機械化されていませんでしたから、身近に家畜や小さな動物がたくさんいました。毎日飽きもせず、家のそばの自然のなかを駆け回って動物たちに触れていました。地域のなかに動物がいても、決して地域住民は迷惑をしない。不利益を被ったりしないという、動物との共生の関係があったと思います。そういう環境を取り戻したい、そして動物との触れあいを通して、人の心がもっと豊かになればいいなあと思います。
  私と動物とのつきあいは、かれこれ半世紀にもなりますけれど、まだまだ私がやれること、やりたいことは、たくさん残っているんです。
profile増井光子 ますい・みつこ
1937年大阪市東成区生まれ。8歳で郊外の生駒山山麓に引っ越し、自然と触れる。小学生のときには動物学者になるのが夢で、高校時代から獣医を志す。麻布獣医科大学(現・麻布大学獣医学部)卒業。上野動物園、多摩動物公園などに勤め、85〜86年、上野動物園で日本で初めて人工授精によるパンダの赤ちゃん誕生に成功。井の頭自然文化園管理事務所長、多摩動物公園長、上野動物園長、麻布大学教授を経て、99年から現職。兵庫県コウノトリの郷公園長(非常勤)を兼任。還暦を前にして、乗馬のウルトラ・マラソン「エンデュランス競技」に取り組み、世界各地の大会に参加。『動物の親は子をどう育てるか』(学研文庫)『動物ってなんだろう──獣医師のノートから』(講談社)『動物が好きだから』(どうぶつ社)『動物と話す物語』(主婦と生活社)など多数の著作がある。
よこはま動物園 ズーラシア
「生命の共生・自然との調和」をメインテーマに掲げるよこはま動物園ズーラシア。「ズーラシア(ZOORASIA)」という名称は、動物園(ZOO)と広大な自然が残るユーラシア(EURASIA)の合成語で、市民公募で選ばれた。開園は1999年。現在の面積は40.2ヘクタール、全面開園すると約53.3ヘクタールの日本最大級の動物園となる計画。動物が生息していた環境に合わせ、植物や岩石などで生息地の情景を演出している。構成は、亜寒帯の森、中央アジアの高地、アマゾンの密林、アジアの熱帯林、オセアニアの草原、養殖ゾーン、日本の山里など。展示動物は、約70種400点で、種の保存を行っていくことを目的の1つとして、オカピ、カンムリシロムク、ツシマヤマネコなど珍しい動物がいることでも有名。
http://www.zoorasia.org/index.html
 

発行/(財)生命保険文化センター  Interview & Writing/広重隆樹
Photo/吉村隆  Editor/宮澤省三(M-CRUISE)  Web Design/Ideal Design Inc.

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