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いのちを守る web.03
鈴木絹英さん 傾聴ボランティア その人のあるがままの人生に、耳を傾け、言葉の輝きに触れるとき
NPO法人ホールファミリーケア協会 理事長 鈴木絹英さん
国民のおよそ5人に1人が65才以上という「超高齢化時代」。一人暮らしや家族の中で疎外され、「気持ちがわかってもらえる」相手がいない高齢者も増えている。だが、そのそばに寄り添い、その話に静かに耳を傾けることができれば、高齢者の瞳はまた輝きを取り戻す。主張することばかりに気を取られがちな現代社会。人の話を「聴く」ことは、人間関係の基礎を作るうえでますます重要だと、鈴木さんは言う。
自分の人生の「正当性」を認めてほしい高齢者たち
活動状況の一コマ 傾聴ボランティアに取り組み始めたのは、今から8年ほど前のことです。私にも80代になる母がいますが、ふだんからじっくりとその話を聴いてあげることができないでおりました。身内だからこそ、案外それができない。身内の話はプロのカウンセラーの先生も、なかなか聴くのが難しいと言いますから。
  そんなあるとき、母が悲しそうな顔をして、「あなたも私くらいの歳になったら、年寄りの気持ちがわかるわよ」とぼそっと呟いたんです。そのとき私はハタと思いました。私が年寄りになったときではなくて、今だからこそ、高齢者の方たちの気持ちを理解することが大切なんだと。とくに日本のような高齢社会ではそれが必要ではないか、と。
  そのとき心に響いたのは、「私の気持ちをわかってほしい」という母の言葉です。気持ちをわかってもらうことは、高齢者の生きる元気につながるものなのだ、と気づきました。
  私の母は中国からの引き揚げを経験しており、昔話となるといつもその話の繰り返しです。いかに大変だったか、いかに苦労して子供たちを育ててきたか。子供たちからすれば「また、その話?」という感じなんですが、要するに、自分の生きてきたそのことについて、「よく頑張ってきたわね」と正しく評価してほしい。それが母の願いだったんですね。
  高齢者の話というのはたいてい、自分が輝いていた時代の昔話です。女性だと「私は若いときは可愛くて、けっこうもてたのよ」とかね。男性ですと「職場で自分はいかに偉かったのか」とか。なぜそういう話をしたがるのかといえば、人生の晩年に、自分の人生はこれでよかったと納得したいからなんですね。これは、人間なら誰しもが持つ欲求です。
  自分は輝いていたし、誰かの役にも立っていた。それを他の人に認めてもらいたい。そして自分の人生を肯定してほしい。その思いが満たされたとき、人生の晩年は充実したものになるのです。
  つまり、高齢者の話に耳を傾けることが、身体の介護とは別に、心の介護になっていくのではないかな。そう思って、この活動を始めようと思い立ちました。
高齢化が進む日本社会の現状に合わせた活動が必要
鈴木絹英さん もともと傾聴ボランティアの活動は、アメリカでは「シニア・ピア・カウンセリング」と呼ばれて、30年ほど前から、医師の判断の下に行われています。私も研修を積むためにアメリカに行きましたが、そのとき思ったのは、アメリカと日本の社会背景や家族関係の違いで、アメリカのものをそのまま日本に導入するのは難しいと感じました。
  アメリカでは日本以上に核家族化なんて当たり前のことで、子供は若いときから自立します。けれども自立した後の親子関係はかえって濃密なんだそうです。ふだんは離れて暮らしていますが、誕生日やクリスマスなど、何かにつけて親のもとに家族が集まる。また、カウンセリングという言葉も一般的ですから、そのことへの抵抗感も少ない。そうした前提でシニア・ピアの活動が行われています。
  ところが、日本の場合は同居を中心とした家族関係が一気に崩れてしまった。一人暮らしの高齢者とどんなふうに関係を結んでいったらいいのか、戸惑っているところがあります。そうした急激な核家族化、高齢化ということを前提にして、日本の現状にあった活動をしなければいけないと思うようになりました。
  最初のころは、一人暮らしの高齢者や、家族と同居はしていても昼間はお一人になる高齢者のご自宅を訪問することをイメージして活動を始めました。ただ、自分の家のことを聴かれるのはいやだとか、知らない人を家に上げるのをためらうとか、そういう問題があって、むしろ今では活動の7割が、特養施設、老健施設、デイケアセンター、病院などの高齢者施設にボランティアとして出向くという形で進んでいます。
否定せず、反復する──人間関係の基礎をつくる傾聴のスキル
鈴木絹英さん 傾聴でなにより大切なことは、「相手の人格や存在を否定しない」ということです。一人ひとり価値観があるのだから、まずは相手の価値観を十分に知ることが必要です。自分が言いたいことを言う前に、話を遮られて、頭から否定されたり、反論されたりすることを、人間は最も嫌がるものです。
  悩み、不安、問題を持つお年寄りの気持ちに沿って、心を傾けて「聴く」ことが何よりも大切です。アドバイスをすることでも、諭すことでもありません。もちろん適当に相づちを打っていればよいというものでもありません。相手の立場に立って話を「聴く」ためには、それなりの訓練が必要です。また、高齢者の肉体、心理などについても基本的な知識が必要になります。
  どうしても何か忠告が必要と思うときでも、相手の話を十分に聴いてからです。
「そう、そうなのね。でも、私にはこんなふうにも思えるんだけれど、いかがでしょう?」というふうにすれば、これまでさんざん嫁の悪口を言い募っていたおばあちゃんも、「なるほど、そういう見方もあるわね」と思い直すことだってあるんですから。
  反対に相手の話に同調しすぎるのも考えものです。話に合わせて、できない約束をその場でしてしまうのも御法度です。否定も同調も約束もせず、しっかり相手の話を繰り返して、整理してあげる、それが基本です。悪口を聴いてもらうだけで、その人は満足なのだし、話を整理してもらうだけで助かるのです。
  昔話の繰り返しでも、「この前も聴きました」と切って捨てるのではなく、「この前も聴いたけれど、そのときこの人たちはどうしていたの?」というように、別の角度から水を向けてみると、今までになかった面白いストーリー展開があるかもしれません。話し手のほうも、それをきっかけに忘れていたことを思いだして、そのときの感情が蘇り、脳の活性化にもつながります。
  傾聴の活動で楽しいのは、そういう瞬間です。もともと高齢者の話は、人生のストーリーの宝庫。聴いている方が「へえ、そういうことってあるんだ」と驚いたり、感心したり、ほんと勉強になることが多いんですよ。
  なかには、心を閉ざしてなかなか口を開かない高齢者もいます。けれども私は、「本質的に人と話をするのが嫌いな人はいない」って思うんです。話をしたくない様子だったら、そばに黙って寄り添っていてあげるだけでいい。ただ、つねに相手に対して関心を持っていますよ、という態度は忘れずに。「今日はほんとにいいお天気ね」とか「この花すてきですね」とか、何気ない声掛けが、心を開くきっかけになります。私たちは「情緒的一体感の共有」なんて言っていますけれど、そばにいて自分のことを思っている人がいるというだけで、人は癒されるものです。
子供との関係に悩む親や学校の先生も注目
鈴木絹英さん 高齢者だけでなく、最近は引き籠もりがちな子どもとの関係をよくしたいという思いで、傾聴ボランティアの活動に関心を持つ親御さんも増えています。実際、私たちの講座を受講して、人の話を聴く基本スキルを身につけたことで、これまで何年も悩んでいた家族の問題が、あっという間に解消されたという例もあります。子どもの話をよく聴けるようになったことで、夫の気持ちも理解できるようになり、それが家族全体のコミュニケーションの活性化につながったと報告してくださるお母さんもいました。
  学校教育の現場でも、総合学習の一環として傾聴のスキル学習を取り入れるところが出てきました。人の目を見ながら話を聴くという基本的な習慣が、若い人からだんだん失われているから、先生方も心配なのでしょう。
  その意味では、傾聴は人間関係をつくっていくための基本中の基本ということになります。日本の社会は、これまで自分が話をすることばかりに関心が向いていて、話を聴くにもスキルが必要だという視点が弱かったんじゃないかと思います。話が上手だとたしかに仕事がうまくいくことはありますが、そのベースにある人間関係をうまく保つためには、話すことよりも、聴くことのほうが大切です。自分の話を聴いてくれるというのは、自分が大切に扱われるということ。それが伝われば、人と人の関係はよりよいものに変わっていきます。
  これからは、一家に一台じゃないけれど、一家に一人は傾聴のスキルをもった人がいてほしいとを思います。
高齢者の話を聴くことで、自分自身の人生が広がる
ロールプレイ実習指導風景 いま傾聴ボランティアに参加される人たちは、私たちの協会が行っている養成講座の受講者を見る限り、50代後半から60代前半の方が多いです。人生の安定期といいますか、経済的なゆとりができると、今度は誰かの役に立ちたいと思うようになるのでしょう。
  8割が女性ですが、もっと男性にも受講してほしいと思っています。一般的にいって、日本の男性は人の話を聴くのは、あまり上手ではない。企業の中で指示・命令の仕方は訓練されていても、謙虚に相手の話を聴く訓練はされていないようです。
  私たちの講座にも、定年後にボランティア活動をしたいとやってくる男性がいます。なかには以前勤めていたときの肩書きを付けた名刺を作ってこられて、「こういう者です」と自己紹介する方もいます。今の自分に自信がないんですね。アイデンティティを喪失してしまったという不安感を持っているんです。だから、そういう方は必要以上に威圧的で、肩に力が入ってしまっている。けれども40時間にわたる、ロールプレイングの練習などを通して、だんだんその鎧が脱げていくんです。この練習は、聴く側と話す側の役割を交互に分担しながら行う実践的なもので、次第に肩の力も抜けて、人の話をちゃんと聴けるようになる。と同時に、その方の自信回復訓練にもなっていくようです。「現役の時に訓練を受けたかった」と言われる方もいますね。最後の頃にはカワイ〜男性に変わりますよ (笑)。
  傾聴ボランティアは高齢者のためになるだけでなく、自分自身の自己成長につながるものです。人生の知恵が散りばめられた、高齢者の話を聴くことで、自分自身が啓発されますし、価値観が広がります。私自身、自分の聴く姿勢が変わることで、自分自身の人生が少し豊かになったような気がしています。
  この活動を始めたころは、「慶弔ボランティア?」なんて間違えられたりして、苦労しました。それが今は、行政や他団体からの委託講座を含めて、修了生が延べ1万人を超えました。私も年間350回以上、全国で講演しています。いまや燎原の火のような広がり。この活動を始めて本当によかったと思っています。
プロフィール 鈴木絹英さん
すずき・きぬえ 中国・北京市生まれ。出版社勤務を経て、環境団体に籍を置き、フリーマーケットの企画・運営に携わる。その後、高齢者電話相談などがきっかけになり、米国より「シニア・ピア・カウンセリング」を日本で初めて導入。その理念を原点としながら、「傾聴ボランティア」として日本型の社会運動を展開。「聴く」ことで話し手の心を癒し、豊かな人間関係を築くこの活動は、能力開発・育成の面からも注目されている。現在は、官公庁から一般企業、医療関係者向けに幅広く講演および育成活動を行う。「傾聴ボランティア」の全国的な普及に取り組む。
NPO法人ホールファミリーケア協会
「傾聴ボランティアのすすめ〜聴くことでできる社会貢献」 「傾聴ボランティアのすすめ
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特定非営利活動法人(NPO)
ホールファミリーケア協会編
「「傾聴」話し上手は聴き上手〜「聴く」ことであなたの人間力・仕事力がアップ!!」 「「傾聴」話し上手は聴き上手
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日本文芸社 880円(税込)
鈴木絹英著
発行/(財)生命保険文化センター Interview & Writing/ 広重隆樹  Photo/吉村隆 Editor/宮澤省三(M-CRUISE)  Web Design/Ideal Design Inc.