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伊井助産婦院 委員長 中田 民子さん
助産師暦60年
中田先生への感謝の気持ちも  この助産院は、私の母が昭和4年(1929年)に開業しました。私が母を手伝うようになったのは、昭和22年(1947年)、女学校4年生、16歳の時です。終戦後のベビーブームが始まっていて、猫の手も借りたいほどの忙しさでした。私は女学校を半年休学して当時の助産婦学校に通い、検定試験を受けて助産婦になりました。今でも思い出しますが、初めて赤ちゃんを取り上げたのは母がたまたま外を回っていた時のことでした。入院していた妊婦さんが産気づいたのです。試験に合格したとはいっても、ほとんど経験がない時でしたからそれはもう無我夢中でした。その赤ちゃんがいま60歳ということになります。私の助産師歴も今年で60年。取り上げた赤ちゃんは7,500人を超えました。
  私の母は、昭和の職業婦人のハシリとでもいいましょうか、えび茶の袴をまとって自転車に乗り、颯爽と家々を回る姿が、藤沢市内でも有名だったようです。まさに「ハイカラさんが通る」という感じ。昭和初期というのは、そろそろ産婆の免許がなければ助産ができないという時代にさしかかっていたので、そういう意味では近代的な助産婦のハシリともいえるでしょうか。
真ん中が中田先生   母は「お産の神様」といわれるくらいで、86歳で亡くなるまで、1万6〜7千人の赤ちゃんを取り上げています。赤ちゃんの沐浴にしても何にしても、流れるような、吸いつくような、それはそれは、私がみても惚れ惚れするような手さばきでした。亡くなる寸前まで私にいつもアドバイスをしてくれました。なかなか私の仕事をほめてくれることはなかったのですが、私が60歳になる頃、ようやく「上手になったね」と言ってもらえました。
  それほど、助産師の仕事というのは経験がものを言います。何よりも大切なのは、妊婦さんの状態をきちんとみること、経過観察をきちんとやることです。正常な状態がわからなければ異常もわからないわけですから。よい助産師の条件とは、経過観察がきちんとできること、技術が上手であること、そして相手の身になってものを考えることができることですね。
  陣痛はたしかに痛いですけれど、それを「誰でも痛いのは当たり前よっ」と叱るのでは妊婦さんは挫けてしまう。そうではなく、「痛いわね。でも赤ちゃんも痛いのよ。頑張ろうね」と声をかければ、妊婦さんの勇気も湧いてこようというもの。同じことでも、言葉の掛け方ひとつで違ってきます。一人ひとりの妊婦さんによって、痛みも違います。それに応じた、適切な配慮や助言が欠かせません。
自分らしい産み方を求める妊婦たち
胎児の心音を聞く機器・ドップラー   私たちがここにいらっしゃった人にまず言うのは、「助産院というところは病院と違って、促進剤などの薬や機械は使いませんよ。お産みになるのはあなたです。そのあなたを、安全に心地よくお産に導くのが助産師です。万一、異常があったら早め早めに医療に繋げる体制を整えています」ということです。そうした説明をきちんとして妊婦さんや家族とのコミュニケーションを密にすることが大切です。最近は、出産事故をめぐる訴訟も多いご時世ですけれど、コミュニケーションを密にしていれば、訴訟沙汰になることも少ないと思います。
   なかでも、初産の妊婦さんの不安たるや、大変なものがあります。それを支えるのは、もちろん私たち助産師ですが、それ以上に大切なのは、実は夫であり、家族のサポートなんですね。妊娠中の奥さんに代わって荷物を持つとか、高いところに上げるなんていうのは当たり前。体をさすってあげることも大切ですが、それよりも「愛しているよ、きれいだよ」という優しい言葉をかけてあげてほしいですね。妊婦さんがその言葉を聞いて「私ってステキなんだ」と幸せな気分になれば、おなかの赤ちゃんも幸せになれるんですよ。これからママになろうとする人たちに、周囲が幸せをたくさんふりかけてあげること。たとえ、そばにいなくても、今はメールでもコミュニケーションがとれる時代ですから、じゃんじゃんラブレターを送ってほしいですね。
60年間の歴史を語る中田さんの手  最近の助産院のニーズをみると、出産についての考え方の変化が伺えます。自宅で出産したいとか、薬や機械の助けを借りないで自然な形で出産したいというニーズが高まってきました。助産院を選ぶ方というのは、どちらかというと、注文が細かい、自分というものをしっかり持っている方で、インテリな女性が多いようです。
  また、なんといっても出産は家族にとっての一大イベントですから、家族みんなで見守りたいという希望も多くあります。夫や子どもの立ち会いの下で産みたいと思っても、普通の病院ではなかなかそれが許されません。私どもでは立ち会い大歓迎。立ち会いのご主人を「それ、取って、あれ、取って」とコキつかいますからね。そういうふうに、自分らしく産みたいという人が、あえて病院・診療所ではなく、助産院を選ぶというケースが増えています。
   助産院をいくつも見学して、そこで決める方も多いですね。インターネットで調べてきて、わりと遠方からいらっしゃる方もいます。出産後、退院されて1週間から10日後にご自宅を訪ねて無料ケアをするんですが、そのときに、「ああ、こんな遠方からいらっしゃっていたのねえ」と驚くことも多いですよ。
産科不足の時代に、助産師ができること
中田 民子さん  いま産科が不足しているといわれています。産科を閉める中小病院や診療所が増えています。病院での出産を希望しながらも希望する地域に適当な出産施設がない、あるいは施設はあっても分娩予約が一杯で受け付けてもらえないというので、「お産難民」なんていう言葉も生まれています。産科が少なくなるのは、産科医の方たちが24時間労働できつい・忙しい、ということがあると言われていますが、もっと助産師を活用する体制が整えば、この問題を解消することができるのではないかと思うんです。産科医は異常分娩等の措置を中心にして、通常の分娩はもっと助産師に任せるというふうに、役割を分担すればいいんじゃないでしょうか。そもそも助産師が単独で行えるのは、正常な経過の妊娠分娩に関しての助産行為という決まりがあるのですから。そのあたりの役割分担について、医師と助産師の間のコミュニケーションがもっと深められる必要があると思います。
   現在、助産師の多くは、病院、保健所、母子保健センターなどで活動しています。なかには、助産院を開業したいという人もいるんですが、これがなかなか難しい。昨年(2006年)の医療法等の一部改正で、助産院の開業にあたっては、必ず嘱託する医師や病院・診療所を定めておかなければならないことになったのですが、現在の状況では嘱託医がなかなか見つからない、なってくださるお医者さんが少ないということがあります。
壁に貼られた赤ちゃんとお兄ちゃんの写真  また、助産師自体も不足していたり、地域によってばらつきがあったりするという問題もあります。そもそも助産師の資格が取れる学校や講座が少なく、実習先も限られているからです。助産師になりたくても、なかなかなれない現状があります。そのへんについても改革が必要でしょう。
   でも、そんななかでも、私のところで子どもを産んだ看護師さんが、「助産師の仕事もステキね。学校に通おうかしら」といって、助産師の資格を取ったという例もあります。助産師の資格をとるには、まず看護師の資格を取るなど、看護師の勉強をしたうえで、助産師学校で勉強するわけですから大変なんですけれども、このような方がもっと増えてくればいいなと思います。
   それから、助産師の資格を持っているのに、ご自身が家庭を持ったりして、今は仕事から離れてしまった「潜在助産師」を活用するということも大切でしょうね。サポートがあればまだまだ現役で頑張れる助産師はたくさんいるのですから。
幸せなお産は、地域コミュニケーションと生活習慣から
中田先生以外に3人の助産士がいる。  近年は、少子化問題が盛んに言われています。子育ては個人や家庭の問題だけでなく、地域の問題だと思います。何かあったとき、近所に自分の子どもを預かってもらえるような関係ができていれば、もっと安心して子どもを産めるようになるでしょう。「あの子、どこのお子さん?」と聞かれて「さあね」なんて、近所の人だって見も知らない子どもは、誰も預かりやしませんよ。近所づきあいの第一歩は挨拶。だから、私はよく子どもを育てる第一歩は挨拶ですよ、と言うんです。
  幸せなお産のためには、女性の基礎的な生活習慣づくりも欠かせません。最近の妊婦さんは昔に比べて体力がないなと思うことがありますね。破水しやすいとか、すぐにおなかが張るとか……。娘時代からタバコ、夜更かし、朝食はコーヒーだけという生活をしていれば、体ができていませんからね。妊娠したから、さて栄養を摂らなくちゃと思っても、もう遅いんです。出産、子育てというのは本当に自分の身を正さなくてはできないことなんです。
   私たち助産師は、一つひとつ手づくりの心をこめたお産を心がけています。けっして一人取り上げていくらというような、金銭に置き換えられる仕事ではありません。その気持ちが伝わって、お子さんが大きくなっても、七五三のたびに、学校入学のたびにご挨拶におみえになるご家庭もあります。母と娘、二代にわたってここで出産するという例もよくあります。そんな心の繋がりを、これからも大切にしていきたいと思っています。
プロフィール 中田 民子さん
なかだ・たみこ 昭和6年(1931)生まれ。藤沢高等女学校(現県立藤沢高校)在学中に、助産婦資格を取得。母が運営する伊井助産院に助産婦として勤務。1989年から同院院長。日本助産師会理事、同神奈川県支部長を歴任。京浜女子大学短期大学部保健学科卒業。米ヘーゲル国際大学大学院日本校教育学研究科博士課程修了。2006年、旭日双光章受章。
コラム 助産士とは
  助産師は女性の妊娠、出産、産褥の各期を通じて、サポート、ケアおよび助言を行い、自分自身の責任において分娩介助をし、新生児及び乳児のケアを行う。これには予防的対応、正常出産をより生理的な状態として推進すること、促すこと、母子の合併症の発見、医療あるいはその他の適切な支援を利用することと救急処置の実施が含まれる。
  また、女性のためだけではなく、家族および地域に対しても健康に関する相談と教育に重要な役割を持っている。この業務は、産前教育、親になる準備も含み、さらに、女性の健康、性と生殖に関する健康、育児におよぶ。
  助産師は病院、診療所、保健所、家庭、その他のサービスの場で業務を行うことができ、また「助産院(助産所)」を自ら開業することが可能である。現在、日本には約2万5,000〜3万人の助産師がいるといわれる。
発行/(財)生命保険文化センター   Interview & Writing/広重隆樹   Photo/吉村隆
Editor/宮澤省三(M-CRUISE)   Web Design/Ideal Design Inc.