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三度のスランプを乗り越えてつかんだ新しい価値観 プロゴルファー 中嶋常幸さん
日本ツアーの賞金王を獲得すること4度。マスターズなど世界4大メジャー競技でもたびたびベスト10入りを果たすなど、日本を代表するプロゴルファーとして知られる中嶋常幸さん。その活躍の裏には3度にわたるスランプと苦悩の日々があった。いかにしてスランプを乗り越え、そして今、何を目標に戦い続けているのか。中嶋さんにとっての現在、過去、未来についてお聞きした。
寅さんみたいにブラッと出かけて、日本中を旅してみたい
 50歳を超えた今と20代、30代の頃の自分を比べると、ゴルフが好きだという気持ちは変わらないし、練習に対する姿勢も基本的には同じです。変わったことがあるとすれば、若い頃はとにかく試合がたくさんあって、中心選手だった自分が休むわけにはいかないので四六時中ゴルフという感じでしたけれど、今は釣りをしたり、スキーをしたり、ゴルフ以外の時間が確実に増えたということ。気持ちに余裕が出てきたんだと思います。
 特に旅行は好きですね。1年のうち1カ月ぐらいは旅に出ているんじゃないかな。みなさんご存じの通り、プロゴルフツアーの試合は全国各地で行われるので、それこそあちこちに遠征しているんですけれど、もっといろんなところへ行ってみたい。理想は映画『男はつらいよ』の寅さん。あんな風にブラッと出かけて、あちこち旅できたらいいですよね。ほんとにうらやましい(笑)。
 なぜ旅行が好きかといえば、やっぱり人との出会いがあるから。僕は、キャンプ場のおじさんとか、ラーメン屋のおやじさんとか、旅先で出会った人とすぐに仲良くなっちゃうんです。で、一緒に釣りに行って「そうやって釣ればいいのか!」って教えてもらったり、逆にこっちがゴルフを教えたりしています。そういう出会いのひとつひとつが良い思い出であり、財産ですね。
モチベーション維持のコツは新しい価値観を見つけること
 そんな風にライフスタイルが変わってきたのは、時間的な余裕よりも気持ちの部分が大きいような気がします。30代が終わる頃に肉体的な衰えを感じ始めて、40代に入るとそれが顕著に現れて、「やっぱり俺、歳だよなあ」って思う。ふと周りを見れば、若い選手や知らない選手がどんどん増えてきて、世代交代していく。
 そうなったときに、自分が今までやってきたゴルフというものをふと考えるわけです。なぜゴルフをやっているんだろうと。結局、行き着くところは「ゴルフ好きだ」ということ。それしかないのですが、体力的に若い頃のペースではできないので、いかに新鮮に、いかに違う価値観を持って取り組むかが重要になってくる。
 ここでいう価値観というのは勝負だけにこだわるのではなくて、何か違う付加価値をつけるということです。例えば友だちの応援を実感するというのもひとつ。若い頃はファンがたくさんいたから「ファンと自分」ばかりでしたが、今はもっと個になってきています。個人としてのひとり一人の応援を肌身に感じて戦えることが楽しくて仕方がない。そうやって新しい価値観を見いだすことができれば、自然とモチベーションも上がっていくものです。
中嶋常幸さん
大きなスランプを味わってきたからこそ今の自分がある
 ただ、自分自身、すんなりと気持ちを切り替えてこられたわけではありません。今のような考え方ができるようになったのは、「スランプ」を味わってきたからだと思います。1度目のスランプは20代半ばでした。日本の試合で勝って、海外へ行くようになったときに「世界はすごい。今までやってきた練習では通用しない」と痛感して、自信が揺らいでしまったんですね。
 2度目は30代中頃。ちょうどその頃、ドライバーの素材がそれまで使っていた木から金属へ変わったのですが、それによって感覚が微妙にずれてしまった。すぐに修正できれば良かったんでしょうけれど、それがうまくいかなくて、慣れるまでにかなりの時間を要しました。
 そして3度目が40代前半の頃。このスランプは長かったですね。7年間、一度も試合に勝てませんでしたから。直接的な原因は親父が死んだこと。それまでは「親父見てるか。優勝したぞ!」っていう張り合いのようなものを感じていたところが、親父の死後は「もう親父はいないんだ。優勝しても喜んでくれる人はいないんだ」と思うようになってしまったんです。その数年前にお袋も亡くなっていたので、余計にショックが大きかった。がんばってもがんばっても出口が見えない。本当に辛い7年間でした。
調子が悪くたって死なない。ゴルフができるだけで素晴らしい!
 この3度目のスランプを乗り越えられたきっかけは、ある難病を抱える子どものドキュメンタリー番組をテレビで観たことでした。その子は余命が限られているにもかかわらず、普通の子どもと同じように学校へ行って、普通に生活している。もちろん、怖いという気持ちもあったでしょう。それなのに、カメラに向かって満面の笑みで「人間は生きているだけで素晴らしい」と言ったんです。その笑顔を見た瞬間、「俺は何を迷ってるんだ。調子が悪くたって死ぬわけじゃない。ゴルフができるだけで素晴らしいことじゃないか」と思いました。
 ちょうど親父が亡くなってスランプに陥った時期は、自分がトッププロである一方で、若い世代がどんどん出てきていました。彼らの姿を見て「自分も若い頃はこうだった」みたいに考えすぎていたんですね。ただ、どうあがいても若い頃の肉体を手に入れることはできません。そのことを受け入れたら、それまでは強くなければ自分じゃないと思いがちでしたが、「下手でいいじゃないか。勝てなくてもいいじゃないか」って思えるようになりました(笑)。それでとことんスランプと向き合うことができたんです。もしかしたら、ゴルフが自分に対して何か新しい価値観を教えてくれる時期だったのかもしれませんね。
中嶋常幸さん
現役選手にこだわって、若い選手と戦い続けたい!
 当面の目標は末永く現役選手でいること。とにかく現役にこだわって、若手と戦い続けたいですね。だって、石川遼くんみたいな若い選手と同じ土俵で戦えるなんて、最高じゃないですか。自分も若いって思えるし、それがうれしくて仕方ない。だから、トレーニングもしっかりやる。もともと練習は嫌いじゃないんですよ。ただ、ヘビーなトレーニングをやり続けるのはよくない。そもそも、50歳になって1日2,000発も打ってたら間違いなく病院行きですから(笑)。大事なのは練習の「量」じゃなくて「質」に変わったことだと思っています。
 また、ゴルフは道具で行うスポーツですから、いろんな道具にトライする好奇心も持ち続けたいですね。良さそうなものがあれば手に取ってみる。プロ・アマを問わずに、クラブを変えるのは大きな決断になりますが、個人的にはクラブを変えないで後悔するなら変えて後悔するほうがいいと思っています。アマチュアのみなさんにひとつアドバイスするとすれば、クラブを変える時期は春と秋がおすすめ。厳密にいうと5月、10月がベストです。なぜなら、真冬は体が動きませんし、シャフトが硬くなる。逆に夏は体が動きすぎるし、シャフトが柔らかくなる。ぜひ覚えておいてください。
 あとは、ゴルフの面白さを少しでも多くの人に伝えられたらいいですね。ゴルフってなかなか上手くならないじゃないですか。途方もなく進歩が遅い。だからこそ、「こうすれば上手くなる」というのを、いろんな人に伝えていきたいという気持ちがあります。それもまた、自分にとっての新しい価値観なのかもしれません。これから先も、ゴルフを通していろんなシーンを味わっていきたいですね。
プロフィール 中嶋常幸さん  
1954年群馬県生まれ。1986年の『マスターズ』で日本人初となる4日間通算アンダーパーをマークして8位。さらに『全英オープン』では最終日最終組でラウンド。その2年後の『全米プロ』では、日本人ベストフィニッシュの3位。これらの活躍により “トミー・ナカジマ”の名は日本を代表するゴルファーとして世界に知られることになった。国内では、1985年に年間6勝。『日本オープン』優勝でグランドスラムを達成したほか、外国人招待選手の牙城と言われていた『太平洋クラブマスターズ』、『ダンロップフェニックス』を2週連続で制覇。1995年ごろからスランプに陥り、1999年にはそれまで逸したことのない賞金シードを逃すどん底の状態になったが、2000年頃より肉体改造に着手。2001年に賞金シードに復帰、2002年には年間2勝を挙げて完全復調した。その後、2004年からはシニアツアーにも積極的に参加している。2006年の『三井住友VISA太平洋マスターズ』では、最終日10位タイのスタートから65のべストスコアで回って4年ぶりの優勝。まだまだやれることを証明した。 中嶋常幸さん
 
  発行/(財)生命保険文化センター Interview & Writing/福田智生 Photo/田中誠 
Editor/宮澤省三(M-CRUISE)  Web Design/Ideal Design Inc.