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無欲は大欲に似たり──居ずまいを正して、人生と向き合う 古美術鑑定家・エッセイスト 中島誠之助さん
長寿番組『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京)のレギュラーとして知られる中島誠之助さん。古美術に関する豊富な見識から繰り出されるその鑑定は、歯切れのよい江戸っ子弁とあいまって、見るものに爽快感さえ与えてくれる。真贋を見極める厳しい視線の奥には、自然を愛し、家族を愛する優しい人となりが浮かぶ。人生の酸いも甘いもかみわけてきた中島誠之助流、人生の鑑定法とは──。 古美術鑑定家・エッセイスト 中島誠之助さん
着物を着るなら日本一カッコよく
中島誠之助さん 私、会う人にはよく「中島さんは姿勢がいいですね」と言われます。「テレビを観ていても、いつもピシッとされている」ってね。姿勢というのは、身体だけの問題じゃなくて、人生と向き合う姿勢ということでもありますからね、まあ、私の生き方の基本になっているとは思います。
 中学・高校は東京の芝学園というところでね、この学校は昔から、中学に入学するとすぐ、勉強を教える前に、正しい座り方、正しい姿勢というのを教えるんですよ。もともと芝の増上寺系の学校ですから、姿勢を正すということに重きを置いていたんだと思います。それが染みついているのかもしれないね。
 それと、私は子供の頃はあんまり身体が丈夫じゃなかったので、発声によって身体を鍛えようと思って、学生時代に能楽の宝生流で謡を身に付けました。素謡(すうたい)といって、腹式呼吸で腹から声を出すんですよ。それから仕舞(しまい:シテ一人が紋服・袴の姿で地謡だけで舞うこと)も習いましたから、このときのお稽古も姿勢を正すという意味では役に立っていますね。
 人生というのは、自分の人生劇場で役者を務めるというようなものでしょう。常に人に見られているということを意識していないといけません。私はたまたまテレビに出るようになって、人々の視線を集める立場ですが、そうでない人も、人前ではピシッとしていなくちゃね。昔から、「臍下(へそした)三寸に力を込めて」なんていいますけれど、これこそ日本男児の風格ってものじゃないですかね。
 着物を着るにしても、やはり日本一の着付けでなければと思っています。着物姿を格好良く見せるのはやはり姿勢ですからね。この前、「鑑定団」のゲストに林与一さんに出ていただきました。さすがは元歌舞伎役者、日本舞踊の宗家です。その着物姿は、一段と素晴らしかった。そのお姿に敬服すると同時に、どうやったらああいう風に着物を着こなせるのか、一生懸命その秘訣を盗もうとしましたよ(笑)。
 テレビ局のスタッフでも、背中が曲がっているような奴がいると、呼んで注意しますよ。私の場合は、いきなり「バカヤロー」といって背中を叩きますからね。やられるほうは怖いでしょうけれど、中途半端な教育的指導じゃなくて、私の場合は直接指導ですからね、その意味はみんなよく分かってくれますよ。やはりスタッフにはみんないい仕事をして欲しいからね。私が百を出したら百を受け取ってもらわないと困る。そうやっていい番組を作っていかないとね。
今でも続ける山歩きが健康の秘訣
17歳のときの尾瀬歩きに始まって、山行歴はゆうに半世紀に及ぶ。山荘をもつ八ヶ岳周辺は今では庭のよう。山歩きは健康を維持する秘訣でもある。 姿勢がきちんとしていると、人生にメリハリってものが生まれると思います。仕事や勉強に集中できる。一心不乱になれる。そうすると、不思議に趣味や余暇を楽しむ余裕も生まれてくるものです。
 たとえば、私が録音採りして一冊の本を作ろうというときね、私はすごい集中力を発揮しますよ。聞き手やライターの人にもちゃんと準備をしておいてもらって、9時間だったら9時間、びっちりやりますよ。それだけ集中する。ただ、それが終わった後はもうぐったりですよ。頭の中のものを全部吐き出して、空っぽになってしまいますね。
 普段はぼうっとしているんですけれど、何かに集中するときは全身全霊。テレビでコメントを言うときも、1分のコメントにすべてのものを叩き込みますからね、私の場合。
 記憶力がいいほうだと思います。引き出しが何千とあって、いざ、事に対すると引き出しがすっと開くのが、私の特技でね。普段忘れているような人やモノの名前もその瞬間すっと出てくる。それができるのも、やはり、普段からの生活を律しているから、とは言えるでしょう。そしてなにより、自分の健康がしっかりしていないといけないね。
 青年時代から壮年時代は、しっかり身体を鍛えました。山歩きを始めてからはもう50年になります。北は北海道の羅臼岳、十勝岳から、南は屋久島に至るまで、ずいぶん歩きました。30年ほど前に北八ヶ岳の山麓に山荘を構えてからは、蓼科山から赤岳までの八ヶ岳連峰が私の庭のようになりました。東京で忙しく仕事をしている合間をぬって、よく山荘に行きます。
 海も好きでね。50代でリタイヤこそしましたが、ダイビングもよくやっていました。団体スポーツはできないけれども、個人スポーツが好きで、とくに自然に触れるのが大好きです。
「一宿一飯復不帰」──食べ物と向き合う姿勢

中島誠之助さん こうした若いときの体力づくりが今のベースになっていますね。今はそれをできるだけ維持することが大切。そのため毎朝、1時間ちょっと、だいたい4キロを早足で歩きます。犬を飼っていた時代からのこれも習慣です。ここで、一汗かかないとどうも一日のリズムが出てこない。
 それと、あまり食べないということも健康法の一つかもしれません。よく腹八分目といいますが、私の場合は腹六分目。おなかは空きますよ。24時間空きっぱなし。いつも、ハングリー・ウルフ(笑)。
 けれど、そのほうが頭の回転が速くなるし、何事にも前向きになれる気がします。おなかを空かしていたほうが、栄養の吸収力が高いんですよ。ただ、美味しいものが目の前にあるときにあえてそれを食べないというのは、相当意地っ張り、強情じゃないといけないですねえ。だから、今日は食べないぞと誓った日には、旨いもの屋の前はあえて避けて通るようにしています。
 けれども、いつも粗食に甘んじているわけじゃありません。美味しいものには目がないほうで、いつも「具留命(ぐるめ)手帳」というのをつけていて、手放しません。手帳には、全国のおいしいもの屋さんや各地の美味珍味がずらっとリストされています。それを毎年書き換えるのが、新年の楽しみの一つです。
 普段の食べ物は体力を最低限保つためのチャージ、腹を満たすだけのものですよ。ただ、本当に美味しいものを食べるのは、なんというか、これこそ本当の栄養という気がしますね。この手帳は、老舗の料理店のてわざを心に留め、それに感動した私の人生の記録のようなものでもあるんです。
 食べ物は一度食べたら取り戻しがききませんからね。一期一会のつもりで接しなければいけません。「一宿一飯復不帰」(一宿一飯また帰らず)。具留命手帳の裏表紙に記している私の言葉です。だから、今日は美味しいものを食べようと思ったら、朝からその準備をします。今晩は鰻にしようと思ったら、もう朝からその態勢で臨むんですよ。
 全国の美味しいものはよく知っています。でも、私は不器用な人間なので、ついでということができない。仕事のついでにちょっと立ち寄るということはしない。そんなことをしたら相手の方に失礼だとも思いますし。仕事で近くに寄っても、また出直してきますという感じで帰ってきてしまいます。やはり、ついでではなく、そのためだけに、自分のお金と自分の時間を使わないと、本当の楽しみは享受できませんからね。
 山歩きもグルメも趣味ではありますが、趣味の対し方一つとっても、どこか毅然としたところがありますね。「息苦しくないか」と聞かれますが、まあ、こればっかりは性分ですからねえ。

ホンモノを見分けられるからこそプロといえる
 古美術鑑定という仕事でも、真贋を見極めるための基本的な姿勢は欠かせないと思いますね。骨董については、今でこそたくさん本も書かれ、「鑑定団」が長寿番組になったりしたせいもあってでしょうか、素人の人も広く興味を持つようになりました。しかし以前は、ほとんどプロだけの世界でした。プロの世界だけで商品が取り引きされていた。骨董品は他の商品と違って、新しく生産するということができません。そんなことをしたら、みなニセモノになってしまう。けれども、実際の骨董界は、ホンモノとニセモノが混在し、人を騙したり、騙されたりということが日常茶飯事の世界です。騙される奴はプロとして未熟。相手をハメたらハメた分だけ自分の腕が上がるという、あの業界は、いま思えば恐ろしいところでしたね。
 そういう世界で40年も飯を食ってくれば、そりゃ、ものを見る目は養われますよ。よく「中島さん、ホンモノとニセモノってどうやって見分けるんですか」と聞かれますけれど、それはプロとしては当たり前のことでね。それができなければ、この仕事はできないんですから。プロのカメラマンに、「あなたはなぜそこでシャッターが押せるんですか」と聞くようなものでしょう。何の世界でも、その道で生活の糧を得ているというのは、すごいことなんですよ。
 プロの仕事で大切なのは過去を振り返らないということですね。あのときアレを買っておけばよかったとか、あのときあんな風に言うんじゃなかったとか、そういうことを後悔していてはダメなんです。すべてその場で解決する。その場で嫌なことを避けずにやっておけば、後悔することはありません。
 「オークションであと一声掛けておけば自分のものになったのにな」と悔やんでもしようがない。「あのときは買えなかったんだから仕方がない。いずれまたどこかで出会うこともあるだろう」というぐらいの構えですね。
 所詮、お金なんて伝票にすぎないと私は思うんですよ。ものの値段が高いとか安いとかということは、自分の懐次第。高いと思うのは、自分にお金がないから。反対に安いなと感じるのは、自分にお金があるからでしょう。値段なんて、だから、人間の都合に過ぎないわけですよ。
ニセモノに騙されないための人生哲学
今は亡き愛犬の「カンスケ」と。飼い犬はこれまでも柴犬がいたが、忠実な番犬であり、喧嘩も強かったこの甲斐犬との思い出は深い。命名は、武田信玄の軍師・山本勘助から。 だいたい、私は値切るということを知りませんでしたからね。「馬鹿だね、あんた、別のところで半値で買えたのに」とよく言われたけれど、私はそのものがその値段に値すると思い、かつ、そのとき十分払えるだけの余裕があったから買ったまででね、私はそれで十分満足しているんですよ。
 まだ現役で、骨董のお店をやっているときに、「中島は金払いがいい」ということが知られるようになって、よくふっかけられましたよ。「200万円!」と売り手は言うけれど、私はそれだけのお金がないから「要らない」という。すると「いやいや、100万円でいいから」と言ってくる。そのとき私はこう応じるんです。「200万円というのはあなたの見識から値付けした値段だろう。私はそれでは買えないから要らないといったまでだ。今さら値下げしてもダメですよ」と。それが私の商法なんです。
 そうこうしているうちに、私にウソをつく人はいなくなりましたよ。そのうち、私の言い値が相場になるようなりました。長い目で見たら結局得をしたのは私ですね。
 人間は欲があります。そしてその欲につけ込んで悪いことをする人はどの時代にもいます。その悪事がすたれることはきっとないでしょう。だからこそ、自分で自分を守らないといけない。「安いですよ」「儲かりますよ」「お得ですよ」という甘い言葉に釣られて、つい騙されてしまう。結局、欲張って騙されたほうが悪いということになってしまうじゃないですか。
 欲が深いこと、勉強不足、そして適度に小金と教養があること──これが、人がニセモノに騙される3つの法則です。骨董の世界でも、ニセモノをつかまされやすいのは、見事なまでにこの条件に合致した人ばかりです。
 反対に私は、自分が欲しくないものは要らない。しかし、欲しいものは倍を出しても買う。その姿勢を愚直なまでに貫いてきました。結局は、無欲が一番いいということでしょうね。「無欲は大欲に似たり、大欲は無欲に似たり」。私の好きな言葉ですね。

中島誠之助さん
プロフィール
1938(昭和13)年、東京市赤坂区青山に生まれる。2000年まで青山で「骨董屋からくさ」を経営。「骨董通り」の名付け親でもある。特に古伊万里染付磁器に詳しく、「古伊万里の値段を決める男」とまで言われた。著書に『体験的骨董用語録』(ちくま文庫)『南青山骨董通り』(淡交社)『骨董屋からくさ主人』(実業之日本社)『古伊万里染付入門』『中国古磁器入門』『古伊万里赤絵入門』『目利の利目』(いずれも平凡社)、『ニセモノ師たち』(講談社)などがある。番組『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京)レギュラー出演。「いい仕事してます」の名文句で1996年度ゆうもあ大賞受賞。
発行/(財)生命保険文化センター
Interview & Writing/広重隆樹
Photo/吉村隆
Editor/宮澤省三(M-CRUISE)
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