前回は「働き方改革実現会議」についての経緯と内容について確認してみました。政府は、長時間労働の是正を含む働き方改革を「最大のチャレンジ」※1として、「長時間労働の是正は、労働の質を高めることにより、多様なライフスタイルを可能にし、ひいては生産性の向上につながる」とうたっています。

今回は、焦点となったテーマである長時間労働ルールの見直しについてとりあげます。

日本人の労働時間が長いことについては、国際社会でも有名です。働き過ぎによる痛ましい過労死や過労自殺は、『KAROSHI』という表現でも広く社会課題として認識されながら、過重労働による労災事案は後を絶ちません。こうして、最近は行政においても、「過重労働撲滅特別対策班」の真摯なとりくみや、過労死等防止対策推進法※2の制定がなされるなど長時間労働の是正への機運が高まっていました。

そんな中、2015年12月、電通の女性新人社員が過労自殺し、自殺の直前に残業時間が大幅に増えたことが原因であるとして労災認定(2016年9月)されました。その後、厚生労働省による大掛かりな労働基準法違反の強制捜査があり、マスコミ等の報道からも長時間労働は労働者の生命を奪う違法なものとして注目が集まったことは記憶に新しいと思います。

そこで、現行制度の労働時間ルールはどのようになっているのか、会議では長時間是正はどう見直されたのか、それは働く私たちの健康といのちとくらしを守るのかという目線で整理してみたいと思います。

※1 2016年6月閣議決定「ニッポン一億層活躍プラン」
※2 過労死等防止対策推進法(平成26年法律第100号)平成 26 年11月1日施行

1 36(サブロク)協定って何?

労働基準法では、労働時間は1週40時間、1日8時間までと定められています。これらの法定労働時間を超えて時間外に労働をさせるためには、労使で協定 (「36協定」)を結び、労働基準監督署に届け出る必要があります。残業や休日出勤が予定されているのであれば、届け出をしないと労働基準法違反となります。つまり36協定とは、法に定められた労働時間の上限を「解除する」手続きです。正式には「時間外・休日労働に関する協定届」といい、労働基準法第36条が根拠になっていることから、「36(サブロクorサンロク)協定」と呼ばれています。

2 青天井な時間外労働

ところで、労働基準法第36条は、時間外労働・休日労働は必要最小限にとどめられるべきものとして、36協定において定める労働時間延長には「時間外労働の限度に関する基準」が定められています。限度基準では、時間外労働の上限は、原則月45時間以内、かつ年360時間以内と定められています。

限度時間の基準

しかし、現行の労働時間規制である限度基準には、問題がふたつあります。ひとつめは、罰則等による強制力がないということです。さらに臨時的な特別の事情がある場合に、労使合意して特別条項を設けることにより、実質的には青天井、つまり上限のない時間外労働が可能となっているのです。

3 長時間労働の危険性「過労死ライン」

さて、電通事件を受け、働き方改革実現会議は、時間外労働の上限規制をめぐって展開しました。企業が、過労死するまで労働者を働かせないように、「これ以上働かせてはならない」という労働時間の上限について法律で拘束力をもたせるためです。

これ以上働かせると健康障害リスクが高まり、労災認定の因果関係の判断基準となる時間外労働時間は、一般的に「過労死ライン」と呼ばれています。

医学的知見を基礎とする厚生労働省基準※3によると、過労死ラインは80時間です。これは、健康障害の発症2〜6か月間で平均80時間を超える時間外労働をしていると、業務と過労死等発症の因果関係を認められやすい目安となっています。さらに、労災の発症1か月前に、100時間を超える時間外労働をしているケースでは、健康障害と長時間労働の因果関係があるとして労災認定される可能性がより高まります。

月80時間=過労死ライン

※3  『脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について』(平成13年12月12日付け基発第1063号厚生労働省労働基準局長通達)

4 働く時間、生活する時間、生きるための時間

「過労死ライン」=80時間の時間外労働を、具体的に計算してみましょう。1日8時間勤務で1か月労働日20日だとしますと、1日4時間の時間外労働をすることにより、1日12時間勤務(8+4)が毎日恒常的に続く状態となります※4。これを毎月くりかえすことはかなり難しい状態といえます。食事も、睡眠も満足にとれないからです。当然、過重労働による健康・睡眠障害となり、うつ病、過労死の危険性があります。

労働契約、つまり雇用されて働くということは、商品としての労働力を使用させることです。いいかえれば労働にかかる拘束時間と賃金を交換することです。わたしたちは、自分自身の働く能力(労働力)以外に生産の手段をもっていません。「労働力の生産は、生きた個人の生存を前提とする。」※5というとおり、働くということには、一日の仕事で疲れた心身を回復するための時間が必要です。オフタイム=生活のための時間は、働き続けるための労働力を再生産させる時間なのです。

さて、1886年5月1日、アメリカの労働者が8時間労働制を求めてデモを行ったときのスローガンは「8時間の労働、8時間の休息、8時間の余暇」でした。約130年前のシンプルな時代と比較して、多様なライフスタイルと称されるようになった現在の私たちの生活は、たくさんのするべきことがあります。8時間の労働、元気に目覚めるための8時間の睡眠の残りの8時間は、余暇ではありません。食事と通勤・入浴から、家事・育児・介護、メールチェックなどにも費やされます。さらに「働き方改革実現会議」が促進しているように、「労働生産性を高め」「ライフステージに応じて再就職する」ためのスキル、多様な働き方、雇用の流動化に対応し、AIに取り変われない新たな仕事のための能力のため、例えば資格取得のための勉強時間も必要でしょう。

こうしたライフプランのための大切な8時間、これは働き続ける、生き続けるために必要な人生の投資時間です。もし、1日残業を4時間として、12時間労働をするようになれば、リフレッシュするための睡眠時間や再生産のための時間が削られることになります。1か月80時間の残業時間とは、くらしと生命が危機に脅かされていることを示す数字なのです。

※4 あるいは、20日×各2時間時間外労働と、1日10時間勤務×4日法定外休日出勤=1日10時間勤務が続く状態を想定。
※5 マルクス 『資本論』 長谷部文雄訳

5 「働き方改革実行計画」

さらに、「働き方改革実行計画」(2017年3月28日)には、単月では、休日労働を含んで100時間未満とする、という計画が盛り込まれています。これは、原則月45時間以内、かつ年360時間の時間外労働時間を100時間未満までなら認めるというお墨付きを与えるということになりかねません。現在、労働政策審議会 (労働条件分科会)において、時間外労働の上限規制や労働時間等設定改善法及び指針について審議が行われています。わたしたちのいのちにかかわる大改正になります。注意深く見守っていきたいところです。

長時間労働は、健康の問題だけでなく、仕事と家庭生活との両立を困難にし、少子化の原因や、女性のキャリア形成の壁となり、男性の家庭参加がなされないこととも関連しています。こうした社会課題の観点から長時間労働を是正すれば、「ワーク・ライフ・バランスが改善し、 女性・高齢者も仕事に就きやすくなり、労働参加率の向上に結びつく」というのが政府の 「働き方改革実行計画」での基本的な考え方として示されています。働き方改革会議の構成員のひとり、白河氏※6は、「働き方改革」は「暮らし方改革」でもあると発言しています。そのとおり、経営者や労働者としてだけでなく、わたしたちの生活者目線で「働き方改革」を考えてみる必要があるでしょう。残業時間を減らし、よい生活のための時間を増やせる、もっと豊かなくらし。長時間労働問題は、わたしたちのいのちとくらしの問題なのです。

※6 白河桃子 相模女子大学客員教授、少子化ジャーナリスト

プロフィール

小野 純

益田 淳子(ますだ じゅんこ)

特定社会保険労務士、行政書士、キャリアコンサルタント、ファイナンシャル・プランナー(CFP/1級ファイナンシャルプランニング技能士)。
Jマス行政書士事務所代表。
明治大学大学院経営学研究科修士(経営学)、法学研究科修士(法学)。専門は労使関係論・労働市場法。
専門学校講師を経て、人材ビジネス会社にて教育研修事業の企画運営、キャリア関連研修事業、官公庁就労支援事業に従事。
企業顧問として人材育成、組織再編、労務監査、賃金評価制度設計に関わる人事サポート相談、コンサルティング業務対応。
上記のほか労働関連の講演(労務管理、法改正、キャリア・ライフプラン等)のセミナー講師活動も展開。

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