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2014年度 夏季セミナー報告(基調講演)
多様化するライフコースにおける生活設計教育とリスク管理
web.07
(2014.10)
日本女子大学家政学部教授 天野 晴子 先生


天野 晴子 先生

当生命保険文化センターと(社)日本損害保険協会の共催で、高等学校家の先生を対象とした夏季セミナー「くらしとリスク管理」を7月28日に行いました。
今回は、夏季セミナーから「基調講演」の内容をご報告します。

INDEX

Ⅰ 揺らぐ家族モデルと生活設計教育

1. 暗黙の前提とされてきたこと

従来の生活設計教育では、結婚、出産、子どもの就学と学校段階、子どもの就職と結婚、夫の退職、老後の年金生活、夫の死亡、妻の死亡といった各段階をモデル年齢に当てはめてライスコースを想定し、このコースをたどるための資金計画を組み立てることが中心でした。

高度成長期以降は、夫婦と子ども2人の核家族世帯で、夫による片稼ぎ、あるいは子育てが一段落してから妻が家計補助的な就労をする形態が続くという安定したライフコースや家族関係等々、典型モデル世帯によるライフプランが暗黙のうちに前提とされていたのではないかと思います。

しかし、現在、典型的なモデル世帯やライフコースが通用しなくなってきています。
そこで本日は、まず、生徒たちが生きていく社会が、私たちの世代が育った時代とは大きく変わっていることを確認することから始めたいと思います。

2. リスクとは何か

生活設計教育は、リスク管理と一体化して行うことが主流になってきています。そこでリスクとは何かをおさえておきたいのですが、例えば「食」の場合のリスクは、健康への悪影響が生ずる確率と程度で表されます。経済学では、ある事象の変動に関する確実性でリスクが語られます。
一般に、リスクは強度と出現頻度を掛け合わせたもので測ります。
また、ハザードとは、潜在的に危険の原因となり得るもののことをいいます。

リスクと関わって、安全・安心という言葉もよく使われます。
安全と安心は異なるのですが、その例を挙げると、次のようになります。

「安全」
人とその共同体への損傷、ならびに人、組織、公共の所有物に損害がないと客観的に判断されること。ここでいう所有物には無形のものも含む。(文部科学省「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」報告書)

「安心」
人が知識・経験を通じて予測している状況と大きく異なる状況にならないと信じていること、自分が予想していないことは起きないと信じ、何かあったとしても受容できると信じていること。(同上)

安全は、科学的基準に基づく客観的な概念であるとされています。
一方、安心は、個人の主観的な判断に大きく依存するものです。
リスクに話をもどすと、リスクがゼロであることは現実にはまずありえません。100%の安全はない中で、リスクをどうコントロールするかということと、事が起こったときにどうすれば被害を最小限に抑えられるかの対策をしていくことが、リスク管理の考え方です。

Ⅱ 典型モデルに描かれてきたライフコースを目指すリスク

1. 結婚に待ち受けるリスク

(1)女性にとってのリスク、男性にとってのリスク

これまで「このようなモデルを目指しましょう」と言われてきたライフコースを目指すことそのものにリスクがあるのが今の時代です。
近年の雇用の流動化・多様化に象徴される非正規雇用化、能力給への流れは、安定した収入と雇用の維持という条件からはずれる若者をたくさん生み出しました。
このことは、従来の生活設計における典型モデルを目指すための条件を持つ者が限られてきたことを意味します。

典型モデルを目指していた時代、若い女性のスタート地点は「収入が高い男性をゲット」することでした。ところが今、40歳未満の一人暮らしの男性で一番多いのは、年収350万円以下の人です(44%)。年収600万円以上の人は11%にすぎず、年収500〜600万円の人で8%です。(総務省「全国消費実態調査」2009年)

モデルコースを歩むために、女性は11%もしくは8%の男性を奪い合うことになります。
収入に加えて、人柄や相性など他の条件を考慮すると、現実はたいへんな激戦となり、多くの女性は典型モデルの出発点で脱落することになります。
反対に男性から見ると、選ばれない可能性が高くなるわけで、この時点で対象外となる男性が多数出現する計算になります。

(2)典型からはずれるリスク 〜晩婚化と高まる生涯未婚率

典型モデルのハードルの高さは、晩婚化や非婚化のデータからもうかがえます。
みなさんは、現代の平均初婚年齢は何歳くらいだと思いますか?
女性29.3歳、男性30.9歳です。(「人口動態統計月報年計(概数) 2013年」)

未婚率は、男性の25〜29歳が72%、30〜34歳で47%、35〜39歳でも36%です。
女性は25〜29歳が60%、30〜34歳で35%、35〜39歳は23%が未婚です。(2010年国勢調査)
なお、生涯未婚率(50歳時点で未婚)は女性11%、男性20%となっています。

かつては「パラサイトシングル」といわれた、親と同居する未婚者の存在も見過ごせなくなってきています。
労働経済白書(平成18年版)によると、15〜34歳の卒業者で配偶者を持たない雇用者のうち「世帯主の子」が占める割合は、正規従業員と比較して、非正規従業員や「フリーター」属性を持つ者が高くなっています。
非正規従業員やフリーター属性を持つ者の所得は、正規従業員と比較して少ないのが現状です。
つまり、独立した世帯を営むことが困難なため、親の世帯に留まらざるを得ないという傾向が強いと推測されています。

不安定な就業形態にならざるを得ない若者の増加は、家族形成力の低下となって表れていることがわかります。
かつてバブル時代にいわれたような、リッチな親元でぬくぬくと暮らす「パラサイトシングル」とは状況が大きく変わってきています。

2. 結婚生活の継続に待ち受けるリスク

(1)雇用と収入の安定のリスク

たとえ典型モデルの出発点からスタートできたとしても、その先も典型モデルコースを継続していくことにはさまざまなリスクが待ち受けています。

2009年から「完全失業者」は300万人台となりました。現在は少し持ち直し、2013年で265万人となっています(総務省「労働力調査」平成25年平均(速報))。
ただし、月末1週間の調査期間中に収入を伴う仕事を1時間でもすると「完全失業者」には当てはまらず、就業を希望していても求職活動をしていない、あきらめてしまった人も該当しないため、実際に失業状態にある人の数よりも少ない数字となっています。それでも270万人近くいるということです。

非正規雇用化も進んでいます。
女性では、正規の職員・従業員1,028万人に対し、非正規は1,296万人と多く、男性でも、正規2,275万人に対し非正規は610万人と増えてきています。(総務省「労働力調査」平成25年平均(速報))
特に若者を取り巻く状況は厳しくなっています。
たとえ一度正規雇用されても、いつリストラされるか、いつ非正規になるかわからない状況です。

ここで問題になるのは、日本は正規と非正規で大きく賃金が違うことです。
図1(PDF)は、年齢を追うごとに賃金がどう変わっていくかを示したものです。

男性は、正規雇用の場合、50歳代の431.8万円をピークに下がっていきます。それに比べ非正規は、ほとんどカーブが上がることなく横ばいで終わります。
女性は、さらにシビアな状況です。まず、正規であってもピークのカーブは非常にゆるやかで、最も高いところでも286.7万円と男性に比べ賃金が低い。それでも非正規よりはかなりマシです。非正規は、賃金が低いまま、横ばいかむしろ下がっていく。
このように、正規・非正規の差に加え、男性・女性の差もあります。

(2)離婚のリスク

激戦をくぐり抜け、収入が安定しているパートナーを見つけて結婚できたとしても、離婚によってシングルに戻る可能性も否定できません。

2013年に離婚したカップルは、23万1,384組。ちなみに2013年に結婚したカップルは、66万594組でした。(「人口動態統計月報年計(概数) 2013年」)
結婚したカップルの3分の1に相当する数が離婚しているということです。
今年離婚した人は過去に結婚した人ですから、今後、新しく結婚したカップルの離婚率はもう少し上がっていくだろうと予測されています。

図2(PDF)で離婚件数を同居期間別にみると、5年未満が特に多いということもなく、人生のどこで離婚をするかはわかりません。

しかし、こんな意見も聞かれます。
「最近の若い人はすぐ離婚する」、「我慢が足りない」。また、リスクを避けたいなら「離婚しなければよい」。
そこで、離婚理由を見てみることにします。
家裁申し立てをした人のうち7割が女性であり、理由は男女ともに「性格が合わない」がトップになっていますが、男性はそれ以外の理由が少ないのに対して、女性は「暴力をふるう」「異性関係」「精神的虐待」「生活費を渡さない」がどれも1万件程度挙がっています。(裁判所「司法統計年報」平成25年)

これらの理由をみると、我慢をするべきなのかどうか疑問ですし、特に女性の場合は「結婚の継続のほうがリスクが高い」といわざるを得ません。生命の維持や子どもの安全を考えて、離婚を選択せざるを得ない状況が見えてきます。

一方、再婚の割合も増えています。結婚した妻の17%、夫の19%が再婚です。(「人口動態統計月報年計(概数) 2013年」)
いつ離婚するかわからないけれど、いつ再婚するかもわからない、ということです。典型モデルのコースで、「ここで離婚」「ここで再婚」とは決められません。結婚・離婚そして再婚の形態や時期も多様化してきています。

Ⅲ 世帯構造の変化と世帯別にみた経済状況

1. 世帯構造の変化

(1)核家族化の進行は本当か?

次に、世帯構造の変化を把握し、それぞれの世帯の経済状況をみていきたいと思います。
近年の生活をめぐる諸問題の背景に「核家族化の進行」というワードが頻繁に登場します。しかし、本当に核家族化は進行したのでしょうか?

世帯全体に占める核家族世帯の割合をみてみましょう。

「一般世帯に占める核家族世帯の割合」(国勢調査)
1995年 58.5%
2000年 58.3%
2005年 57.7%
2010年 56.4%

核家族化は進行していない、ということがわかります。
高度成長期でも60%台前半くらいです。ちなみに国勢調査が始まった大正時代の1920年では約55%でした。長期的にみても、核家族化は進行していません。

(2)世帯人員の変化

では、何も変わっていないのかというと、そうではありません。
何が変わったのかをまず世帯全体の数からみていきます。

「世帯総数(一般世帯)」
1980年:3,582万世帯
2010年:5,184万世帯

「1世帯当たりの平均人数」
1980年:3.22人
2010年:2.42人

世帯数は激増しているのに対し、1世帯当たりの平均人数は減少しています。

図3(PDF)に、世帯人員別の世帯数の推移を示します。
1980年には4人世帯が一番多かったのですが、2010年では、1人世帯が最も多く、2人世帯、3人世帯と続きます。今は、人数が多い世帯ほど世帯数が少なくなっているのです。
核家族化が進んだのではなく、世帯規模が小さくなり、小さな世帯がたくさんできたというのが現代の世帯の特徴です。

家族類型にも変化が起きています。
図4(PDF)をみると、最も際立つのは単独世帯の増加です。
図には出ていませんが、1980年の単独世帯は19.8%でした。それが、2010年には32.4%まで増加し、3軒に1軒が一人暮らしです。
一方で、最も高い割合を占めていた「夫婦と子どもから成る世帯」は少しずつ減っていき、2010年に初めて単独世帯が「夫婦と子どもから成る世帯」を上回り、最も多い家族類型となりました。
すなわち、一人暮らしは家族類型からみても、世帯人員からみても一番多いということになります。
一方、7人以上の家族は激減しています。1955年頃は20%以上でしたが、今では「大家族」としてテレビで特集が組まれるほどです。

(3)一人暮らし世帯の増加とその構造

一人暮らしをしている人はどのような人なのでしょうか。
図5(PDF)に単独世帯の性・年齢階級別構成割合を示します。
さまざまな年齢層でまんべんなく一人暮らしが増えてきました。ただ、男女別では50歳代までは男性の方が高く、60歳代以降では女性のほうが高くなっています。平均寿命の関係や、女性は一人になったとき一人暮らしができるが男性はできない、などの要因があるといわれています。

(4)母子世帯の増加

母子世帯になった理由は、離婚などの生別が9割、死別は1割となっています。(厚生労働省「全国母子世帯等調査」平成23年度)
離婚をした人の中で、親権を行う20歳未満の未婚の子のいる割合は約6割です。そのうち8割は母親が親権を持っています。離婚の増加とともに、母子世帯も増えていきます。

(5)高齢者世帯の増加

2010年の国勢調査によると、65歳以上の男性の10人に1人、女性の5人に1人が一人暮らしです。
また、一般世帯のうち約4割は、高齢者のいる世帯です。

2. 多様化するライフコースにひそむリスク

(1)一人暮らしの家計とリスク

図6(PDF)は、男女別、年齢階級別に一人暮らしの家計を示したものです。
「勤め先収入」をみると、男性の値を100とした場合の女性の値は、どの世代でも男性より少なく、50歳代では約半分になってしまいます。

(2)母子世帯・父子世帯の家計とリスク

図7(PDF)は、母子世帯・父子世帯の家計です。
母子世帯というと、ある程度の公的支援を受け働いていないかのようなイメージを持たれがちですが、就業状況をみると、母子世帯の8割は働いています。しかし、平均年間就労収入は181万円、子どもの就労や、手当を含めても、年間291万円です。父子世帯の455万円に比べ、母子世帯は経済リスクが高いということがわかります。

次に、図8(PDF)で貯蓄額をみてみます。
母子世帯の36.5%は、貯蓄がありません。そもそも収入が少ないうえ、いざというときに使うお金もないということです。貯蓄があったとしても、一番多いのが50万円未満の12.7%です。母子世帯の半数は、貯蓄がないか、あっても50万円未満なのです。
離婚をすると母子世帯になる可能性が高く、多くの母子世帯は貧困リスクが極めて高いということがわかります。

(3)高齢期の家計とリスク

高齢になると、3世帯に1世帯が一人暮らしというなかで、65歳以上の単独世帯は400万世帯を超え、そのうちの7割は女性です。
図9(PDF)は、65歳以上の高齢者がいる世帯のうち、女性の一人暮らし、男性の一人暮らし、夫婦のみの世帯の所得階級別割合を示したものです。女性の単独世帯では、年間収入が50〜100万円という世帯が最も多く、男性の単独世帯は200〜250万円台、夫婦のみ世帯は450万円以上が最も多くなっています。このデータからも高齢の一人暮らし女性の経済不安が深刻であることがわかります。

Ⅳ 現実を踏まえた生活設計教育

本日、なぜこのような話をしたかというと、従来のような、典型モデルに乗る事を前提としたプログラムやHow toでは難しくなっていることを教員が認識した上で、「現実から出発する生活設計教育」への転換が必要だと考えるからです。

生徒は、自分の家庭や身近な人々をみて全体を判断しがちです。そこで、データを使いながら、社会やさまざまな人の生活の実態を客観的に把握した上で、自分の人生を考えてもらうことが、出発点になるのではないでしょうか。自分の置かれている状況を含め、今の状態を客観化・相対化してとらえられるようにできるのが、学校教育の意義のひとつといえるでしょう。

「あなたの夢は何ですか?」から出発する場合でも、夢を実現させるには、さまざまなリスクを想定しながら、リスクをコントロールすることが大切であることや、そのためには、いつ頃から、どのような準備が必要かに気づいてもらうような工夫が必要です。

私は「リスク」という表現をしてきましたが、ライフコースが多様化する中では、これまでリスクといってきたものは、広い意味で「色々なことが起こる可能性」と考えていただければよいのかもしれません。
どのようなことが起こる可能性があるかを知ることが、いたずらにリスクを恐れない姿勢につながります。今までは典型モデルからはずれることが恐ろしいことだったわけですが、今や、はずれることが珍しくないのならば、そもそもの前提から見直せばよいのではないかということです。

●主体的な選択の可能性とライフプランの見直し
1 ライフプランは、不測のイベントが起きることを想定した上で考える
2 当初のライフコースの決定におけるリスク管理
3 当初のライフコースそのものを柔軟に変更できるリスク管理
4 しかし、貧困のリスクだけはどう回避するかの準備をしておく
5 さまざまな生活資源を使う

5について補足します。
困ったときは、自分の周りにあるさまざまな資源―金銭的・物的な資源や知識だけでなく、人的資源、施設、制度やサービスまで含むもの―を使うことが必要になります。情報をインプットするだけでなく、アウトプットする力、困ったときに「困った」と言える力、人に助けを求められる力、制度やシステムを使う力、助けてもらう人のネットワークを作っておく力……。こうしたさまざまな力を育むことも、生活設計教育ではないかと思っています。

 

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