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2012年度 夏季セミナー報告 (授業実践報告【家庭科】)
高等学校「家庭」における「くらしとリスク管理」
web.09
(2012.12)
東京都立忍岡高等学校 荒井きよみ先生


実践教科:普通科1学年 家庭科「家庭基礎」
使用教科書:東京書籍「家庭基礎 自立・共生・創造」


荒井きよみ先生

当生命保険文化センターと(社)日本損害保険協会の共催で、高等学校の先生や教育関係者の方を対象とした夏季セミナー「くらしとリスク管理」を行いました。
セミナーの内容を4回に渡ってご報告しています。前回、前々回の基調講演報告に続き、今回は3回目「家庭科の授業実践報告」です。

INDEX

 

1. はじめに

本校は、東京下町・浅草橋にある普通科4学級・生活科学科2学級の全日制単位制高校で、1年を2期制(4〜9月まで前期、10〜3月まで後期)としています。小堀遠州による蓬莱園の跡地にあり、当時の様子を伝える大銀杏が学校生活の四季に彩りを添える落ち着いた校風の学校です。また、北東の方角には東京スカイツリーを望み、西には若者の流行の発信源である秋葉原や、パンダのいる上野があり、多様な文化に囲まれ交通アクセスに恵まれた環境にあります。

本校では普通科の1年生が家庭基礎(週1回・2単位)、生活科学科の1年生が家庭総合(週2回・4単位)を学びます。家庭基礎も家庭総合も1クラスを2分割し、20人程度という少人数の授業展開となるため、実習・実験など実施しやすい環境が整っています。調理室2教室、被服室2教室、保育技術室・看護介護室、1人1台のコンピュータミシン、アパレルCADといった施設・設備が充実しているほか、新旧の教具が種類・個数ともに豊富に揃っています。

生活科学科は23区で唯一の家庭科の専門学科であり、生活産業で活躍できるスペシャリストを育てることを目標として、3年間の学校生活で普通科目の他に25種類の家庭科に関する専門科目から25単位以上、基礎から専門を深める内容まで学ぶことができます。

一方、普通科は週2時間という限られた時間の中で家庭科を学ばなければなりません。週1回の家庭基礎において、生活者の視点から社会の現状を問う力、つまり生活問題や生活のリスクを解決の方向をもって捉えることのできる能力を身につけさせたいと考え、多種多様な設備・教具から取捨選択し、効果的に使用することを考えて授業を計画しています。

本日は、この普通科1年生の授業実践について報告します。

 

2. 年間授業計画

普通科・家庭基礎の授業を計画するにあたり、以下の3点を重視しました。

(1)生活者としての視点から衣・食・住といった各領域の生活事象の関係性を捉え価値観を育む。
(2)「人の一生」という時間軸を設定し、各ライフステージにおける課題を通して生活問題について理解を深める。
(3)個人・家族の生活を起点とし、環境・貧困といった社会的な問題を結びつけて、生活問題の解決に向けた認識へ高める。

1年間の授業において「人の一生」という流れを軸として、前期は人生80年のデザインをするところからスタートし、乳幼児期から青年期におけるそれぞれの発達課題から現代の生活における問題やリスクについて認識できるようにしました。後期は青年期から老年期における発達課題とからめ、前期同様構成しました。

生活のリスクとは、私たちが日常生活において遭遇する危うい事柄に対して、私たちがそのつど決定を迫られるときに発生するものとして捉えます。本日は、この年間授業計画(後期)の中から12、14、19の3つの実践例を紹介いたします。

 

3. 授業実践例 1 「12 肉を食べない月曜日」

内容 時数
1 吉野家牛丼販売休止:なぜBSEが発生したのか 3
2 日本での初発牛:食品安全基本法
3 日本に「肉食」の習慣はなかった:Meat Free Monday
4 安全を見極める:JAS法(生鮮食品品質表示) トレーサビリティ法(個体識別番号)
5 わたしは何でしょう?(加工食品品質表示):醤油 ハム
6 見た目が重要(立体構造がタンパク質の機能を決める):調理実習 牛丼、みそ汁、きゅうりの即席づけ 2
7 食べものの価格を決めているのは:DVD視聴 2

このテーマについては1回2時間連続の授業で、全3回半(合計7時間)で実践しました。

まず、食の安全・安心を揺るがす大問題となったBSEについて、牛丼販売休止の新聞記事を使って、その原因や背景について消費者・生産者・行政の3つの視点から捉えました。生産者の立場からは、なぜ牛丼の販売が休止されたのか。行政の立場からは、それにどのような対応が取られたのか、規則・罰則を設けることで食のリスクから身を守ることはできるのだろうか。

そして、消費者の視点では、ポール・マッカートニー氏が提唱する「Meet Free Monday」、地球温暖化防止のために月曜日は肉を食べないという運動の紹介を通して、私たち消費者ができること、するべきことを考え、日頃何気なく口にしている食品から生活のリスクや問題点とその対策について意見を交えました。

安全を見極める1つの手段として、食品表示を見てみることにしました。例えば、一口にハム・醤油といっても、使われている材料は商品によって大きく異なります。生徒からは、材料の種類も数も違うことに驚きの声が上がりました。硝酸塩を使わないものは「ロースハム」の表示ができないことや、安価のものほど原料の種類が多いなど、多くのことに気づきました。

私たちは商品に何を求め、何を基準に選んでいくのかを考えながら、最後にまとめとして「フード・インク」というドキュメンタリー映画を視聴しました(アメリカ映画・2011年日本公開)。

「我々は、何を食べていて、何を語り、知ることができるのか?」というナレーションで始まるこの作品は、アメリカの肉や加工食品、ファストフードを中心とした食の一連の流れが、一部の巨大多国籍企業に握られている実態を伝えます。映画のラストシーンでは「食の安全のために私たちができること」として「システムを変えるチャンスが1日3回ある」という印象的なメッセージが流れ、エンドロールとなります。

【図:フード・インク】
【図:フード・インク】


アメリカの食事情を扱っているとはいえ、日本の食についても深く考えさせられる作品です。視聴後の生徒の自由記述による感想には、「あまり肉など食べたくないと思った」「すごく残酷で怖いと思った」など、個人の感情のみで述べているものもありましたが、生活のリスク、生活問題を客観的に捉えられたと判断できる感想に次のようなものがありました。

・肉を作る場所があんなにも工業化していることに驚きました。
・養鶏場を工場と呼んだりするのが印象強かった。
・自分が普段食べているものはとても大切な命なんだなと改めて思った。
・肉を作るとき生き物でなくものとしてあつかわれていて、ひどいと思った。
・安くするためにはコストなどをおさえるがゆえにO157などに感染してしまうことがわかりました。
・安さだけを求めるのはあまりよくないと思った。

さらに、消費者からの視点だけでなく、生産者・行政といった別の視点の関係からリスク・問題を捉える段階に至っていると判断できる感想もありました。

・もちろん安くて美味しいものを食べたいけれど、人の命にはかえられないので、少し値段が上がってもいいから安全性の高いものをつくって欲しいと思いました。
・こうやって人は生きていく。鳥を殺して生きていく、当たり前。あともっと周りについて知ろうと思った。
・ハンバーガー1個の値段でブロッコリー1つも買えない状況は、元をたどると農家に行き着くけど、その裏で大手企業が深く関わっていることに気づいた。
・食ってとても複雑だと思いました。
・重い内容の話だったけど、しっかり理解して食に対する知識を身につけたいです。

 

4. 授業実践例 2 「14 たっぷりの野菜と毎日の果物」

内容 時数
1 めんそーれ沖縄:スローフード・食糧自給率 3
2 野菜の色には理由がある:カロテン・緑黄色野菜・旬
3 どちらの味噌を買いますか:有機JAS・GM
4 どちらのタケノコを買いますか:ポストハーベスト農業・フードマイレージ・バーチャルウオーター
5 調理実習:チンヌクジューシー・イナムドゥチー 2

この授業では、5時間(2回半)にわたってビタミンを取り上げました。この時、生徒たちは1年生でしたが、すでに2年生の3月には沖縄への修学旅行が決まっていたため、まず沖縄料理を題材に、スローフードや、食糧自給率について学びました。

さらに、食品を選ぶときには価格や量などのほか「有機マーク」といったものがあることなどを実物を使って学びました。

また、「どちらのタケノコを買いますか」では、調理実習で使う食材を題材に、栽培地域(国産か外国産か)を見てみました。食品を選ぶときには、フードマイレージやバーチャルウオーターといった概念や、農薬といった視点もあるということをまとめとしました。

 

5. 授業実践例 3 「19 お金の使い方で世界を変える」

内容 時数
1 チョコレートの歴史 2
2 チョコレートの基本材料
3 パリッとした歯ごたえなのに口に入れるとトロリ:チョコレートの物理的性質
4 食べる人をハッピーにしてくれる甘いチョコレート:カカオ生産現場の児童労働
5 チョコを選べば世界が変わる:フェアトレード 調理実習:チョコレートブラウニー 2
6 価格破壊と貧困スパイラル:DVD視聴 2

「19 お金の使い方で世界を変える」は1年の最終にあたる授業です。チョコレートを題材に、合計6時間(3回)で展開しました。

チョコレートは高校生にとって身近な食べ物ですが、その歴史となると遠い存在です。原料であるカカオの実の中にはぎっしりとカカオの種子(カカオ豆)が入っています。カカオ豆を発酵・乾燥させ、さらに焙煎・磨砕したものがチョコレートの原料である「カカオマス」です。本来、チョコレートは飲料として世界に広まっていたのですが、そのドロドロした感触が良くなかったため、カカオバターを取り出す方法が研究され、19世紀に今のような固形になったそうです。1と2ではこのようなことをおさえていきます。

そして3では、不飽和脂肪酸であるバターとカカオバターを比較し、カカオバターはこんなに少ない種類の脂肪酸からできていること、その脂肪酸どうしの性質が似ているが故に、ある温度になると一気に溶けることから、口に入れるとトロリと溶ける独特の食感になるのだということを見つけていきます。

4では、おいしいチョコレートの苦い現実である「生産現場の児童労働」について、ホームページを使って話しました。現実から目をそらすことなく、解決できる方法にはどんなものがあるかを考えるため、フェアトレードを紹介しました。実物のフェアトレード商品を使い、ちょうどバレンタインデー近くということもあり、調理実習としてチョコレートブラウニーを焼きました。

30分ほどの焼き時間の間に、チョコレートのラベルを書き写す作業をしました。生産者の熱い思いが日本語でぎっしりと書かれており、自分が最も心に残った一文を、調理実習後のレポートに書かせました。

試食後の感想文には、通常の調理実習では作り方に関するものが多いのですが、今回は、「とてもおいしかった。それは、誰かのためになっていると思って食べたからだ」というような感想があり、フェアトレードの感覚を一瞬でも芽生えさせることができたのだろうかと考えました。

19のその後の展開として、チョコレート以外にも、身のまわりにある驚くほど安価な商品を探してみました。例えば牛丼1杯270円は、うれしいのだけれど、消費者が値段だけを基準に選んでいると、それは巡り巡ってみんなが就職する際の正規雇用のチャンスが減ることにつながるかもしれないという話をしました。そして、何を基準に物やサービスを選ぶかという話につなげていきました。

最後に、まとめとして2本目のドキュメンタリー視聴を行いました。英米合同制作、2008年日本公開の「おいしいコーヒーの真実」です。短い作品ですが生産者の暮らしや生産現場の現実を淡々と描いており、ついていけない生徒もいたようです。

【図:おいしいコーヒーの真実】
おいしいコーヒーの真実


視聴後の感想では、1本目の視聴時と同様、「ひどいと思った」「かわいそう」など個人的感情が先立ったものもありましたが、お金と物の関係について客観的な認識が見られるものもありました。

・エチオピアなどの国々が困っているのに知らない顔して企業の利益を優先しているのは許せないと思った。
・安さだけを求めるのはあまり良くないと思った。
・公正に取引したらコーヒーの生産者も豊かになれると思った。

さらに、1つの視点だけではなく、いくつかの視点の関係から語られているものもありました。

・もっと国の関係のことを知らなければならないと思った。調べて行きたいと思った。
・今まで知らずに飲んでいた。これからは表示を見てフェアに貿易されたのか確かめてから買いたいです。
・フェアトレードの商品を探してみようと思った。
・国の発展のためには勉強が必要だと思った。途上国の情報を集めて自分のできることを見つける。

本質的な価値認識に至っている、求めていた価値観が盛り込まれているものも、少数ですがありました。

・先進国と途上国の差が開いてしまっての繰り返しを止めるためには、消費者である私たちの行動が必要なんだと思いました。
・公正に取引されている商品が少ない。私たちはそれを意識して生活していくべきだと思いました。

全体的には、何かを捉える力が身に付いてきたのかなと感じています。

 

6. まとめと今後の課題

私たちは今、リスク社会の中で、ありえるかもしれない危険な事象に囲まれて生きています。そのリスクには自身の決定によってもたらされるものと、意思とは関係なく外部からもたらされるものがあります。それでも、リスクは、私たちの関わり方によって私たち自身にその結果が跳ね返ってくる動的なものといわれています。

「リスク管理」とは、リスクに対していかに受けとめるかだと考えます。生活者としてスタート地点に立った高校生たちにとって、リスクを解決の方向を持って捉えられる力が必要です。家庭科の授業を通して、「問題を認識するレベル」を「本質的価値認識」へと上げられるよう、授業を工夫していきたいと考えております。

【図:まとめ】
まとめ

 

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