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2012年度 夏季セミナー報告(基調講演)
公的年金制度の課題と今後の展望(前編)
web.07
(2012.10)
(公財)年金シニアプラン総合研究機構研究主幹
一橋大学経済研究所特任教授   高山 憲之 氏

当生命保険文化センターと(社)日本損害保険協会の共催で、高等学校の先生や教育関係者の方を対象とした夏季セミナー「くらしとリスク管理」を行いました。
今回から、セミナーの内容(「基調講演」と「授業実践報告(家庭科、公民科)」)を4回に渡ってご報告します。まず、初めに「基調講演」の内容を2回に分けてご報告します。

公的年金制度の課題と今後の展望

1.年金の現状

 

(1)公的年金の基本性格

まず、年金の現状についておさらいしましょう。

2012年度の社会保障給付費の総額は110兆円です。これはGDPの23%に相当し、支出面では最大の支出項目です。内訳は、年金が54兆円(全国で約3,800万人が受給)、医療が35兆円で、年金が社会保障給付費の約半分を占めています。

現在、日本では年金の将来に強い不安を抱く人が増えています。学生や30代のアンケートでは、政府や年金制度に対する不信感が強く、自分たちが受給年齢になったとしても今のような年金はもらえないだろうとあきらめている人や、保険料を払っていていいものか疑問に思う人が少なくありません。

その背景には、公的年金の基本性格があります。公的年金は、世代間の支え合い・助け合いといわれ、現役世代が受給世代の年金を支払う仕組みになっています。しかし、ご存じのように日本の人口は減少傾向にあり、若者の数も少なくなっています。

一方で、団塊世代が年金受給年齢を迎えたため、毎年、年金受給者は急増しており、年金額も増えています。そして、今後もその傾向は続きます。このような人口構造の中で、世代間の支え合いである年金は維持できるのか。この問いに対して、きちんとした説明がされていません。

 

(2)増大する「レガシーコスト」

年金は、長期間にわたる制度です。日本人の人生は今や90年の時代ですから、20歳前後から保険料を納めたとして約70年にわたって年金制度と関わることになります。このような永い期間にわたって、制度を設計し運営管理していくことが必要になります。

今から40年前の1972年は、高度成長の絶頂期でした。月給は毎年10%くらい上がり、銀行に預けると金利が5.5%もつくなど、経済は右肩上がり、人口も増えるのが当たり前の時代でした。ところが、現在我々が経験しているのは、人口減少、出生率の低下、ゼロ金利、名目賃金の下落、株価の下落です。今日の事態を40年前に予測できた日本人はいなかったと私は思います。当時は、こんな時代が来るなんて誰も考えていなかったのです。

同じように、今から40年先の日本がどうなっているかについて、我々は的確な見通しを持ち得ません。予想もしなかったことが40〜50年の間に起こるなかで、70年という長期間にわたり年金制度を設計し維持管理していくために、どのような調整をするかが問題です。

しかし、できることは限られています。例えば、給付の増大を抑える──具体的には年金額を減らす、受給開始年齢を遅らせることです。もしくは、保険料の負担を増やす、財源を確保するため消費税率を上げるなどですが、これらはいずれも不人気の施策です。

与党がこのような提案をすると、野党の猛烈な反対にあい、政権の座から引きずり下ろされるリスクが極めて高くなります。ですから政治家は、不人気なことをやりたがらず先送りしてしまうので、この問題は一向に解決されず次世代につけが回ります。これが「レガシーコスト」と呼ばれるものです。

 

(3)願望込みの年金収支

年金への信頼は、「宙に浮いた年金記録」の問題もあり失墜しました。政府が5年ごとに発表している将来の収支見通しは、前提を都合良く操作しているのではないか、願望が込められていて実現できないシナリオなのではないかという不信があります。

年金財政の収入項目は保険料、国庫負担分、積立金の運用収入です。支出項目は主に年金給付です。収支が黒字になると積立金が積み増され、赤字の場合は積立金を取り崩します。厚生年金を例に2006年〜2012年の推移をみると、赤字続きで取り崩しが続いた結果、積立金は30兆円も減りました。今のような状態が続くと、20年後に積立金はなくなります。何か策を講じないと年金は窮地に陥ります。

【図1】
厚生年金のバランスシート: 2010年3月末時点

【図1】は厚生年金のバランスシートです。ある一時点の負債と資産を表したもので、5年に1度、厚生労働省が発表する「財政検証」の2009年版から作成しました。債務も資産も超過でない状態であれば、「バランスシートは健全」となります。

左の「過去拠出対応部分」は、500兆円の債務超過になっています。給付債務とは、保険料を預かった人に対して将来支払わなければならない年金の総額です。現在70歳の男性の場合、月々20万円として1年間に240万円、10年で2,400万円、20年生きた場合は4,800万円が未払いということになります。

政府は、2004年の年金改革のときに「年金制度は100年は安心」と言っていました。その根拠は、バランスシート上で債務と資産が一致している、つまりバランスシートが健全だからというのです。なぜそうなるのかは、「将来拠出対応部分」にあります。2010年3月末時点では、資産項目が1,330兆円、負債が830兆円で、500兆円の資産超過になると計算されています。

しかし、この資料にはさまざまな前提がありました。「注」を見ると、賃金上昇率2.5%、物価上昇率1.0%、運用利回り(割引率)4.1%となっています。この前提は現実的といえるでしょうか。賃金上昇率や物価上昇率、割引率を現在の水準にまで下げると、資産超過が500兆円などという数字にはならず、バランスシートは崩れてしまいます。

 

(4)「マクロ経済スライド」という給付抑制

2004年の年金改革の主な内容は、保険料の毎年小刻みな引き上げと上限固定、給付抑制でした。給付抑制の方法は「マクロ経済スライド」というものです。従来の法律では、物価が上がれば法律改正なしに年金額を引き上げる「自動物価スライド制」でしたが、これに人口要因などによる調整項目を設けるというのが「マクロ経済スライド制」です。物価が上がっても年金給付額をそのまま上げずに、保険料を納める人の数が減ったりしましたら、マイナス調整するというものです。

ところが、この調整方法によって給付額が下がることはありませんでした。マクロ経済スライドの実施規定に「デフレ下ではマクロ経済スライドを発動しない」という但し書きが付いていたからです。2004年からはデフレ続きで、給付水準の引き下げは一度も実施されず、物価の下がり方よりも現役世代の賃金の下がり方のほうが大きかったため、現役世代の賃金に対する年金の給付水準は逆に上がりました。「デフレがこんなに長く続くとは思わなかった」というのが当時の政府関係者の言い訳です。

 

(5)若者の雇用問題 〜Bad Start, Bad Finish〜

若い人たちを取りまく状況は大きく変わりました。

バブル崩壊後、企業は正規で受け入れる人の数を少なくし、定期昇給のカーブをフラットに近づけるなどして人件費を削ってきました。また、人件費の安い国に生産拠点を移してきました。

今、正規で就職した男性が生涯にもらう賃金は、親世代に比べて約3割下がっています。そして、若者や女性の非正規割合が持続的に上昇しています。いったん非正規で就職すると、正規に再就職することは困難です。

女性は、初職が正規であっても、年齢が上がるごとに正規の率は下がります。代わりに専業主婦と非正規に転職する人が増え、50歳くらいでは非正規で働く人がいちばん多くなります。

非正規でスタートし、正規になる確率は、男女で圧倒的な格差があります。非正規で就職し、正規に転職できた人の割合を、生まれた年代別に比較したのが【図2】(男性)と【図3】(女性)です。

【図2】
世代別に見た男性非正規労働者の正規転職者率

男性は、今の40代後半世代(1961.11-1966.3)の場合、30歳前後のときに約80%が正規に変わっています。今、30代前半世代(1976.4-1981.10)の人たちは、高くても50%前後です。男性の場合、35歳くらいまでに正規に転職できなければ、その後の正規転職確率は下がる一方です。

【図3】
世代別に見た女性非正規労働者の正規労働者転職率(%)

一方、女性は、今の40代前半世代(1966.4-1971.3)が23歳のときに約40%というのが最高で、それ以外の年代はさらに低く、また23歳以後の正規転職割合は下がる一方です。非正規でスタートすると、なかなか正規になれず、正規でないと、厚生年金に加入できないケースが多い。そして、厚生年金は25年間加入しないと、まともな給付額になりません。

60歳時点で厚生年金に何年加入しているかの確率を計算してみました。初職が非正規の男性では、今30代の人では約半分が加入25年未満となります。女性の場合はなんと9割です。女性は、初職が非正規であると、厚生年金25年加入というのは絶望的です。

初職でつまずき、まともな賃金をもらえる職に就けないままだと、年金は給与比例・期間比例ですから、もらう年金額も低い。Bad Start を切った人は Bad Finish を迎える可能性が高いのが現実です。ちなみにアンケートでは、若い男性の約6割が「親の世代よりも豊かになれない」と回答しています。

このような状況のなか、年金だけに着目して「保険料を上げる、給付額を下げる、国庫負担を上げる」というような議論ばかりが行われています。しかし、年金問題は、支え手である若い世代の雇用問題とパッケージで考えないと、どうにもならないということを強調しておきたいと思います。

(次回、後編に続きます)

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