近現代史に学ぶ 名古屋経済大学名誉教授 小木 紀之
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上京の折、時折訪問する場所がある。それは九段のオフィスビルにある国立戦傷病者史料館「しょうけい館」だ。平成18年(2006)に10年来の構想の下に開館した「しょうけい館」には、「戦傷病者とその家族らが戦中、戦後に体験したさまざまな労苦についての証言、歴史的資料、書籍、情報を展示し、後世代の人に伝えたい」との願いと「平和の発信基地」にしたいとの思いがある。

史料約3,000点、体験記など図書約4,000点が集められている。
弾丸に撃ち抜かれ穴があいた眼鏡。破れ果てた軍靴。洞窟内の野戦病院で麻酔なしの手術を受け苦しみもがく兵士の等身大模型。右足を切断し、復員後に使った左足だけでこげる特注自転車。義足や義肢の数々。

「戦争により傷を受け、病にかかり生涯にわたって苦労された人々」の存在。
そうした人々から寄せられた証言をもとに、ある兵士の足跡をたどる形で語り継ぐ。承継(しょうけい)は平和希求への証でもあるのだ。

今は亡き私の父も昭和12年(1937)の日中戦争初期の第2次上海戦の激戦を生き抜いた傷痍(しょうい)軍人(下士官)であった。若くして身体障害者になった父の内地帰還後の労苦はいかばかりであったろうか。

右足を失った父の義足を身に付け歩む姿が今も目に浮かぶ。戦後は地方自治体で身体障害者福祉司・社会福祉主事として、その職責を全うした。自らのハンディキャップを乗り越え、人一倍、その後も社会福祉活動に貢献した。

「しょうけい館」は戦傷病者史料館として戦争を風化させない存在としての意義を持つ。20年位前から私は近現代史に関心を持ち昭和史研究にも力を注いでいる。

「ノモンハンの夏」で山本七平賞を受賞した昭和史研究家半藤一利さんは「歴史を学べとよくいわれる。しかし、その前提として、正しく、きちんと学ぶことが必要だ。具体的にはできるだけたくさんの史料を読み、自分なりの公平な見方、史観を築き上げていくことが大切」と近現代史を学ぶ姿勢を説いている。いわば半藤史観の原点である。

ところで昭和史最大の事件といえば、昭和11年(1936)2月26日、降りしきる雪を蹴って決行された青年将校たちのクーデターであろう。例年2月26日が近づくと、マスメディアがなんらかの形で、この事件を取り上げている。

昭和11年当時、陸軍内では軍が主導権を握って総力戦体制を確立しようとする統制派と精神主義、直接行動を重視する皇道派が対立していた。前年の8月12日、陸軍統制派の中心的存在永田鉄山軍務局長(少将)が対立する皇道派将校、相沢三郎中佐に斬殺されるテロ事件が起きている。

この事件をピークに皇道派の若手将校らによる「昭和維新」、「尊皇討奸」を掲げ、歩兵部隊1,400名余を動員し、斉藤内大臣、高橋蔵相、渡辺教育総監を殺害し、首都機能をマヒさせた。クーデター計画は首謀者全員の処刑で終わった。

「2.26事件は軍ファシズムによる"自ら善なりと確信する変革を行うに何の憚(はばか)るところがあろうか"という根本的な社会変革への誤りから出発した事件」と河合栄治郎東京帝大教授は述べている。河合史観にもとづく指摘である。

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小木 紀之(おぎ のりゆき)

小木 紀之
(おぎ のりゆき)


ノートルダム清心女子大学・長崎大学各助教授を経て名古屋経済大学経済学教授。
その間、放送大学客員教授(消費者問題論)歴任。
現在、日本消費者教育学会名誉会長。
名古屋市消費生活審議会長、岐阜県消費生活安定審議会長を務める。
平成24年度 消費者支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)受賞。

 
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