生活創造時代の消費者像 名古屋経済大学名誉教授 小木 紀之
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先日の新聞記事(中日新聞2月9日夕刊)は、シンガーソングライターの小椋佳が今年から来年にかけて、「人生最後のアルバム」、「生前葬コンサート」と集大成の創作活動や公演の予定を組んでいることが紹介されている。

小椋は57歳の時に胃がん、昨年は劇症肝炎と大病を患い復活を遂げたことをファンは知っている。

現在69歳の彼は「76歳で死を迎える」とここ数年何となく感じているという。大病がそうした心境をもたらした結果であろう。精神的にも肉体的にもエネルギーか減退し、生への意欲が落ちてきている。老年期を迎えれば、小椋ならずも、誰しも感じとる人生のある時期なのだ。

若い時は創作活動でも自然に歌が作れた。しかし、今は違う。「生前葬コンサート」はそんな日常から思い立った。音楽家らしい「終活」だ。最近よく耳にする「終活」とは、「死は突然やってくるもの、人生の締め括りをどの様な形で残すのか」の意味合いが強い。

趣味の園芸に生きた人にとっての「終活」はこよなく愛した花々に囲まれて棺の中に入ることかも知れない。つまり、自己意志が自分の人生のラストステージに反映されることでもあるのだ。

現代に生きる消費者像は「自らの生活を創造できる消費者」でなければ、ならないであろう。生活創造は「消費者が生活の質を向上させるための自立的ライフスタイルの確立」を基底に置くものだ。

とりわけ、人生90年時代の超高齢社会にあって、我々のライフスタイルに求められているものは何か。それは、つよるところ、「終活」に象徴される様に「超高齢社会をどう生きていくか、生きたいのか」(新しいライフスタイルの創造)に帰結される。

このことは、A・マズローのいう「自己実現の欲求」を実現させることでもある。「生活の価値」、つまり安全・安心、健康、自由度、生活の充実度をそのベースに置く。人生90年は"長い旅路"であることを人々は気づき始めた。

あの高度経済成長時代の「モノ中心時代」から「生活の質的向上と生活の豊かさを求める時代」になって久しいが、「消費者は生活を創造するために消費を行っているのだ」の感が今日きわめて強いのも、「消費が人生を意義あらしめるための行為・手段」として把握されつつあるからにほかならない。

消費者が豊かで充実した生活追求を基盤にしながら、生きがい生活を究極の目標にし始めたことは、人生90年時代の超高齢社会の特色でもある。自己実現を求めて知的フロンティアへ旅立つ消費者の登場は超高齢社会の消費者が目指す潮流であるといえる。

同時にこのことは「個人の生涯生活における多様かつ自由な選択肢を保障する社会経済システムの確立」をも意味する。

19世紀から20世紀初頭に生きた南北戦争の南軍従軍者、ユダヤ系アメリカ人のサムエル・ウルマンの「青春の詩」は今日世界中の人々が愛読している詩集である。
「青春の詩」は「人生の真実、彼の精神の叫び、人間の本質を反映している」と「青春」の著者、宮澤次郎はいう。

「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを言う。・・・(中略)・・・20歳であろうと人は老いる。頭(こうべ)を高く上げ希望の波をとらえる限り、80歳であろうと人は青春にして已む(やむ)」(マーガレットE・アームブレスター著、作山宗久訳「青春の詩 サムエル・ウルマンの生涯とその遺産」)

生活創造の原点を見る思いがする。

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小木 紀之(おぎ のりゆき)

小木 紀之
(おぎ のりゆき)


ノートルダム清心女子大学・長崎大学各助教授を経て名古屋経済大学経済学教授。
その間、放送大学客員教授(消費者問題論)歴任。
現在、日本消費者教育学会名誉会長。
名古屋市消費生活審議会長、岐阜県消費生活安定審議会長を務める。
平成24年度 消費者支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)受賞。

 
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