消費者問題を考える 名古屋経済大学名誉教授 小木 紀之
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いまでは「消費者問題」や「コンシューマリズム」という言葉は市民社会に広く浸透してきている。1970年に拙著「消費者問題を考える」(家政教育社)を世に送り出した当時は、まだ目新しい用語として受けとめられていた。

消費者問題は1960年代後半から著しい経済成長に伴い、急速に進展を示した問題の一つで、その内容も国民全体の所得の上昇と技術革新に伴う豊富な消費財の生産と相まって、具体的には消費財の生産、販売、消費に付随して、商品・サービスの性能・安全性、表示の適正、広告・宣伝の真実性、価格の適正化等をめぐり、消費者の生活状況、ないし条件に深くかかわりを持つ問題である。

それ故に、一般に消費者問題は「最終消費者として購入した商品・サービス及びその取引をめぐって生ずる消費者の被害または不利益の問題」と定義されている。わかりやすく言えば、消費者問題とは「3D悪」(今井光映)そのものを意味する。3D悪とは欺瞞(Deception)、危険(Danger)、疑惑(Doubt)のことを言う。

3D悪の克服こそが、消費者問題解決の方途といえる。3D悪によって消費者がその生活の質の低下と生活の価値の破壊がもたらしている現状を認識し、その解決の方途としての消費者政策、消費者教育、消費者運動の意義が存在する。

消費者問題は古くて新しい問題と言われている。今井・小木共著「消費者福祉」(ミネルヴァ書房)の「はしがき」で今井氏は次の様に示唆に富むことを書いている。

人類の歴史において最初に消費者問題意識に迫られたのは、旧約聖書の創世記においてイブからリンゴを受け取ろうとしたときの、あのアダムであったと考えられる。あのアダムにはイブから渡されたリンゴが虫食いでないかを確かめ、彼自身の運命を守り、切り開いていく権利が与えられていたはずである。

しかし、彼は『彼女が手渡したので食べた』と自己の行為を正当化している。以来、数千年、人類は自ら消費者としての権利に目覚めて、それを行使することはなかった。

まさに、「消費者問題」の起源は旧約聖書の創世記末までにさかのぼることができるとしている。

消費者問題は、その姿・形こそ違え、人類の生活の営みの場面にしばしば登場し、「まやかしの商売のやり方にしばしば手痛い被害を受ける貧しい人々の生活」を迫害した。消費者経済学者でアメリカの消費者運動の理論的指導者として登場するリーランド・J・ゴードン博士は次の言葉を遺してくれている。

組織化されていない消費者たちは、集団に対する理性なき同調と商業的な説得者に対して抵抗しなければならない。この抵抗の根底にあるのが教育である。



消費者は自ら進んで消費者問題に対して関心を持ち、学習活動に参加する中で消費者問題を把握し、その解決への努力を怠ってはならないことは言うまでもない。消費者市民社会の実現はそうした積み重ねの中で充実したものになっていくに違いない。

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小木 紀之(おぎ のりゆき)

小木 紀之
(おぎ のりゆき)


ノートルダム清心女子大学・長崎大学各助教授を経て名古屋経済大学経済学教授。
その間、放送大学客員教授(消費者問題論)歴任。
現在、日本消費者教育学会名誉会長。
名古屋市消費生活審議会長、岐阜県消費生活安定審議会長を務める。
平成24年度 消費者支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)受賞。

 
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