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最終回 百年ぶり
流通科学大学商学部教授 田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]

 昔とちがい今はきっちり半期15回の授業時間をこなさねばならず、入試は手を変え品を変え何度も行うので、休みが大幅にへった。休みの多いことが大学教師のとりえだったのに、とぼやく昨今である。

 ようやく2月末に春休みにはいる。たまった用件をかたづけ、好きなことをするぞ、と張りきっていたが、新学期にそなえてやっておくべきことができた。商法の保険関係の法律が「保険法」として独立した法律となり、商学部の保険論の講義のために新しいところ、変わったところを勉強し、講義のときに配布するレジュメもかえねばならない。難しい法律を学ぶのは老人ぼけの頭には少々つらい。なにも定年一年前に変えなくてもよいのにと無責任な感想がわく。

 商法は実に100年以上も前の明治32(1899)年につくられた法律である。時代を反映して、カタカナ書きで文語体のうえ、現代ではみかけない言葉が数多く含まれている。学生諸君になじみがないのは当然で、講義でははなはだ難儀する。

 一世紀もたつと、商法が制定されたころとは保険事業も社会の方もずいぶんと変わった。損害保険としては火災保険と運送保険だけが規定されていたが、今ではたくさんの保険種目があるうえに、家屋や商品など物の保険だけでなく、目にみえない債権債務を対象とする保険種目が有力である。生命保険は傷害や疾病に対する保障が主力となっている。保険者と契約者のあいだは対等な契約関係が想定されていたが、現代では契約者保護の考え方の方が有力である。経営側にも、相互会社の株式会社化や各種共済の流行などさまざまな事情が生じてきた。保険との境界がまぎらわしい金融商品もでてきた。

 このエッセイでは、生命保険を中心に変化したところに焦点をあてて考えてみた。家族のあり方の変化はすぐに保険種目や勧誘の仕方に変化をもたらした。社会の助け合いのあり方が生命保険の利用や経営の実態に違いを生じさせた。そもそも宗教観の違いに示される社会の仕組みの変化が生命保険を生み出す一因になった。

 しかし、新しい保険法のなかに、保険の考え方そのものの根本的な変化はもりこまれていないようである。当然といえば当然で、保険の仕組みや理念には根本的な変化は生じていない。実際、現代の社会で利用されている生命保険の基本形は、1762年にイギリスのエクタブル・ライフという会社が創始したものである。

 確かに、時代の変化に合わせて法律や制度を改革していくことは重要であるが、保険のもっとも本質的な部分、つまり家族や個人への保障サービスの提供という点では今後とも変わることはなく、大きな期待が寄せられ続けるであろうと、あらためて保険法を勉強しなおしがらそう痛感したしだいである。

(第9回で引用したオールコック『大君の都』の文章は、岩波文庫版の山口光朔訳から引用しました。大事なデータを落としていたことをお詫びします。)

プロフィール
田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]氏

田村祐一郎
[たむら・ゆういちろう]氏

流通科学大学商学部教授

専攻分野
保険;リスク・マネジメント

学歴
昭和42年、神戸大学大学院経営学研究科商学専攻修士課程修了、平成2年、商学博士(神戸大学)。

職歴・経歴
昭和42年小樽商科大学講師、46年助教授、49年長崎大学助教授、58年教授、平成元年姫路独協大学教授を経て、11年流通科学大学商学部教授、現在に至る。
著書
「生活と保険―生活保障システムにおける生命保険」
「社会と保険―社会・文化比較の鏡としての保険」等多数
訳書
モートン・ケラー「生命保険会社と企業権力」等

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