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第10回 フランダースの犬
流通科学大学商学部教授 田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]

 ある調査で、日本人の好きなアニメの堂々第二位にランクされたのは「フランダースの犬」である。ベルギーにはアントワープともう一ヶ所に、このアニメのモデルになったネロ少年と愛犬パトラッシュの記念碑が建っている。

 原作は1872年に発表されたウィーダというイギリスの女流作家によるもので、新潮文庫に村岡花子訳で収録されている。しかし、本家のベルギーではこの作品は知られておらず、記念碑も日本人観光客向けに建てられ、訪れるのは日本人だけである。

 念のためにあらすじをいうと、孤児となったネロとパトラッシュはけなげにも牛乳運びをして生活していた。画家志望のネロは、教会のルーベンスの絵をみたいと念願していたが、いつもカーテンがかかっていた。ある雪の日、疲れはてた少年と愛犬は教会にいく。たまたまカーテンがあいていてルーベンスの絵をみることができた。それを眺めながらネロと愛犬は死んでしまう。原作では、ネロがあまりにもしっかりとパトラッシュを抱いていたので引き離すことができず、同じお墓にほうむられた。日本のアニメでは、天使に導かれて少年と愛犬のたましいが天国に召される画面を大勢のお母さんと子どもたちが涙を流しながらみたという。

 しかし、ベルギー人にいわせると、「わが国は、かわいそうな孤児と犬を孤立させるほど冷たい国ではありません。ボランティアや福祉担当者が駆けつけるでしょう。だから物語そのものが成立しません」。暗黙のうちに、日本ではこうした少年と犬を放っておくのですかと反問されたかのようである。本当のところ感情移入しつつ母子がみていたとすると、日本では十分にありうる話しで、他人事でないとおもってみいっていたのかもしれない。

 実際、日本の社会事業の本は薄っぺらである。慈善事業は明治になって外国人からおそわった。江戸時代や明治に来日した外国人は、日本人が見知らぬひとには冷淡で助け合わないと記している。ボランティアという名の助け合いは1995年の阪神淡路大震災のときから大々的に始められたが、これも熱はとっくに冷めているようにもみえる。

 経済協力開発機構(OECD)が「過去一ヶ月間で見知らぬ人を助けた人の割合」を調べたところ、日本は28か国中最低の22%、一番高いカナダは66%、ワースト2のスロバキアとも10ポイント近い差があった。これを紹介した『読売新聞』(2009年5月1日)のコラム「取材メモ」は、「助ける」という行為はあくまでも主観的なものとことわりつつ、日本人の「他人に対する厳しいまなざしと関心の低さ」を感じたと書いている。

 しかし、見知らぬ他人に冷淡といわれる日本人も、むかしから家族、親せき、土地や職場の知人など身内には限りなく温かくやさしかった。しかし、いまや温かい身内が大幅にへり、冷たい世間の風がしみるなか、生命保険はおおいに頼りにされる。生命保険がなぜ日本で発展したのかという“なぞ”をとくカギのひとつは、この辺にありそうである。

プロフィール
田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]氏

田村祐一郎
[たむら・ゆういちろう]氏

流通科学大学商学部教授

専攻分野
保険;リスク・マネジメント

学歴
昭和42年、神戸大学大学院経営学研究科商学専攻修士課程修了、平成2年、商学博士(神戸大学)。

職歴・経歴
昭和42年小樽商科大学講師、46年助教授、49年長崎大学助教授、58年教授、平成元年姫路独協大学教授を経て、11年流通科学大学商学部教授、現在に至る。
著書
「生活と保険―生活保障システムにおける生命保険」
「社会と保険―社会・文化比較の鏡としての保険」等多数
訳書
モートン・ケラー「生命保険会社と企業権力」等

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