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第9回 幕末の生命保険
流通科学大学商学部教授 田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]

 おとぎ話といえば『ガリバー旅行記』が有名である。これも大人向けで、風刺文学の傑作といわれている。ガリバーは小人国、巨人国、馬の国などをめぐるが、実在の国を訪れたのをご存知であろうか。日本である。ほんの少し立ち寄っただけであるが、物語の国々と同じように変わったところのある国と見られたのであろう。

  ところで、幕末に来日したイギリスの初代領事オールコックは『大君の都』という本を書き残した。「大君」は「たいくん」と読み、原語は“tycoon”と書く。徳川将軍のことである。本書は詳細な滞日記録で、日本にはかなりてきびしい指摘が多い。そのなかで保険にふれている。

  「火災保険についていえば、わたしがいちどこのことを閣老たちに話してみたら、かれらはひじょうに興味をもったようであった」。
幕府のお偉方も、火災保険は理解することができたようである。では、生命保険はどうであったのか。

 「生命保険というものには、ことさらに驚かされたようであった。かれらは、はじめはそれがあたかも『金の長寿薬(万金丹)』という、いたるところに広告されている、長寿をたもつ効能ありと信じられているかれらの使う丸薬のように、ある巧妙な財政的措置によって長寿を無限に引き延ばしたり、若返らせたりする効能があるもののように考えたらしい。かれらは保険というものについて、終身年金と長命とのあいだになにか神秘的な関係があるように想像したのである。はたして、かれらの想像が正しいかどうかはわたしにはわかりかねる」。

  生命保険に加入するにはお医者さんによる診査があるから、加入者間の平均寿命は国民全般のそれより長くなる傾向がある。逆の見方をすると、あたかも生命保険に加入することによって寿命が延びたかのようにみえる。お偉方が誤解するのも無理はない。

  この文章を見ると、日本人は不老長寿や延命の秘法があると大真面目に信じており、それが西欧でできた生命保険であると思い込んだらしい。

  明治14年に日本ではじめて生命保険会社が創立された。当初はいろいろと無理解や誤解があり、なかには生命保険に加入すると早死にすると信じた人もいた。この状態からいまや世界有数の生命保険大国となった。生命保険が、なぜ、これほどまでに発展したのか、実は十分には解明されていない。筆者はこの問題に挑戦して論文を書いたことはあるが、正直なところ解明し切れなかった。ミステリーに近いといってもいいのではないだろうか。

プロフィール
田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]氏

田村祐一郎
[たむら・ゆういちろう]氏

流通科学大学商学部教授

専攻分野
保険;リスク・マネジメント

学歴
昭和42年、神戸大学大学院経営学研究科商学専攻修士課程修了、平成2年、商学博士(神戸大学)。

職歴・経歴
昭和42年小樽商科大学講師、46年助教授、49年長崎大学助教授、58年教授、平成元年姫路独協大学教授を経て、11年流通科学大学商学部教授、現在に至る。
著書
「生活と保険―生活保障システムにおける生命保険」
「社会と保険―社会・文化比較の鏡としての保険」等多数
訳書
モートン・ケラー「生命保険会社と企業権力」等

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