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第8回 ロビンソン・クルーソー
流通科学大学商学部教授 田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]

 定年が近づくとこわいものがなくなる。「経済史入門」という科目で、一コマ分だけ担当を頼まれたので、型破りの講義をしてみた。絵本をたくさん持っていってスクリーンに写しながら、童話やおとぎ噺をいくつか話してみたのである。

 『浦島太郎』はなぜ急に歳をとったのか。「実は別の星へ行っていたんだよ」。光速にちかい速度で移動する宇宙船のなかでは、時間の進行がおくれる。ほんの数日の宇宙旅行でも、地球へかえると何十年もたっていたりする。これをなんと「ウラシマ効果」という。それに、亀は宇宙船であった。「かたちがよく似てるだろう。怪獣映画のガメラも空を飛んだしね」と、学生をけむにまく。

 「赤ずきんちゃんの話って変なところがあるよね」。おばあさんは、なぜ、森でひとり暮らしをしていたのか。うば捨てであったとか、二度目の青春を楽しんでいたとか、これには諸説がある。ヨーロッパの森にはオオカミがたくさんいるのに、なぜ、お母さんは赤ずきんをひとりで行かせたのであろうか。「道草をくうおろかな子は生きていけないという教訓だよ。きびしいね」とこの話しをむすぶ。

 ヨーロッパの森やオオカミの話から、船が難破して無人島にたどりついて35年という長い間をひとりで生きた「ロビンソン・クルーソー物語」の絵本を写しだす。「これはおとぎ噺ではなく、おとな向けの小説で、18世紀のイギリスで産業革命を主導した市民たちをモデルにした話しだよ」。やっと経済史の講義らしく近代資本主義生成論が始まる。

 もっとも、この辺にくるまでには相当時間がたっていて本筋の話しはあまりできなかった。それでも読書好きの学生にはおとぎ噺の話しは大受けであった。ちなみにロビンソン・クルーソーは三部作で、無人島の生活は第一部の大半を占める。島から脱出したロビンソン・クルーソーは、イギリスへの帰途にスペインの雪の山中でオオカミの群れにおそわれた。

 ところで、ロビンソン・クルーソーは、上述のように、産業革命期の市民がモデルであるという。無人島にたどり着いたのに、絶望感に打ちひしがれることなく、難破船から物資を島に運び、家をたて、小麦をうえてパンをやき、土地をかこってヤギを飼い、肉を食うだけでなく皮で衣服や傘をつくる。その生活力はじつにたくましい。面白いのは、ちょうど一年後にその一年間の「損益計算書」を作成していることである。

 ロビンソン・クルーソーは島にひとりだけであったから保険には無縁であった。しかし、生命保険を創造し、それを利用して生活の安定をはかるという近代的で合理的な生活スタイルを確立させたのは、ロビンソン・クルーソー的市民、つまり近代資本主義を生み出した人々であった。こう思えば、無人島物語も、意外に身近に感じられないだろうか。

プロフィール
田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]氏

田村祐一郎
[たむら・ゆういちろう]氏

流通科学大学商学部教授

専攻分野
保険;リスク・マネジメント

学歴
昭和42年、神戸大学大学院経営学研究科商学専攻修士課程修了、平成2年、商学博士(神戸大学)。

職歴・経歴
昭和42年小樽商科大学講師、46年助教授、49年長崎大学助教授、58年教授、平成元年姫路独協大学教授を経て、11年流通科学大学商学部教授、現在に至る。
著書
「生活と保険―生活保障システムにおける生命保険」
「社会と保険―社会・文化比較の鏡としての保険」等多数
訳書
モートン・ケラー「生命保険会社と企業権力」等

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