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第3回生命保険勧誘の担い手
流通科学大学商学部教授 田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]

 最近、数十年継続してきた生命保険がきれた。医療保障を除いて「無保険」となったが、強がりをいえば、不安はあまり感じない。子どもに遺産をわける気はさらさらなく、家内が食べていける貯えがあればいい。そういえば、わたし自身、生命保険の勧誘はいつのころからか受けなくなった。

 かつて「未亡人神話」があった。日本の生命保険の勧誘はセールスレディにおうところきわめて大きく、これは世界でも稀なことであった。生命保険におけるセールスレディの誕生は、第二次世界大戦で夫をなくした女性を大量に生命保険の営業職にやとったことに始まるというのである。

 これはまことに賢明な措置であった。というのも、夫がそとで働き、妻はうちをまもるという生活スタイルが多くの家庭に定着していたからである。夫が留守の家庭を訪れるのが男性では少々具合がわるく、加入するかどうかの選択権は妻がにぎっていた。そうであれば、女性同士のほうが話しやすかったのかもしれない。

 やがて、妻もそとで働き始め、留守がちの家がふえた。家庭を訪問するセールスには限界がみえてきた。そのころに業界の知恵者が新しい方法をかんがえた。大卒の女性を採用して職場に送りこむ職域販売をはじめたのである。彼女たちはそれまでの営業職員とはちがうイメージでむかえられた。筆者のゼミにもこの種の営業職員として採用された女子学生が少なからずいた。

 ところで、研究室にいると、時おりセールスをするひとたちが訪れる。これには少々具合の悪いところがあり、入館は制限されている。他大学でも、また会社などでも事情はおなじらしい。こうして職域販売とよばれる方法にもかげりがみえ始めた。

 だいぶ前のことであるが、アメリカでは電話販売が主流で、不動産や税金の知識を武器に接近するときいたことがある。日本でも電話アプローチがふえると見ていたが、ケータイの普及で、固定電話をおかない家が出始めた。さまざまな金融情報を提供しつつ保険を売りこむ方式はさかんになるのであろう。インターネットの利用や来店型店舗もあり、販売方法は実に多様化している。加入者の生保知識もずいぶん増えた。とはいえ、営業職員の数は今でも20万人をこえるから、依然として生命保険勧誘のもっとも重要な担い手である。いずれにせよニーズを掘りおこし、すぐれた情報を提供し、適切な商品を選んでもらうことが生保各社にとって生き残り競争に勝つ道であろう。

 家族のあり方が変わると、生命保険の勧誘方法もおおきく変わる。いったい、その行く末はどうなるのか、おおいに興味をひかれるところである。

プロフィール
田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]氏

田村祐一郎
[たむら・ゆういちろう]氏

流通科学大学商学部教授

専攻分野
保険;リスク・マネジメント

学歴
昭和42年、神戸大学大学院経営学研究科商学専攻修士課程修了、平成2年、商学博士(神戸大学)。

職歴・経歴
昭和42年小樽商科大学講師、46年助教授、49年長崎大学助教授、58年教授、平成元年姫路独協大学教授を経て、11年流通科学大学商学部教授、現在に至る。
著書
「生活と保険―生活保障システムにおける生命保険」
「社会と保険―社会・文化比較の鏡としての保険」等多数
訳書
モートン・ケラー「生命保険会社と企業権力」等

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