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第2回家族と生命保険(2)
流通科学大学商学部教授 田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]

 本当に久し振りにふるさとへ帰った。亡母の13回忌である。生家も田畑も処分したから、お寺とお墓しかない。ちなみにふるさとは瀬戸内海の大島(屋代島)という島である。

  入学式はすんだはずだが、町に子どもはみかけない。筆者が通った小学校には、当時800人ほどの児童がいたが、聞けばいまや200人をわるとか。町の高齢化率はそうとうに高い。親戚知人もそうだが、一人暮らしの老人家庭が多く、子どもはみな都会へ出ていってふるさとへ帰らない。町の三大産業は役場と郵便局と農協と聞いたが、職場のないことがふるさと再生のネックとなる。もっとも、かつてはニュータウンとよばれた華やかな地域も、いまでは高齢化が進行し、お年寄りの生活にさまざまな支障がでているという。

   「超高齢社会」が到来して久しい。それにともない家族のあり方がずいぶんと変わってきた。夫婦と子どもという「核家族」はだんだん少なくなる。しかも、子どもは出ていくから、やがて老人だけの二人ないし単身世帯となる。出ていった子どものなかには、結婚せずに独り暮らしを続けるものもいるであろう。専業主婦はしだいにへり、仕事をもつ女性がふえてきた。壮年の男性がへるから、女性の労働力はますます貴重となる。

  こうした変化にともない、生命保険はしだいに様変わりする。死亡保障は子どもがうまれて成人するまでのひとときを中心に求められる。子どもに財産をのこしたいという親はしだいにへる。面倒をみてくれない子どもに遺すよりも自分たちで使ったほうがいい。こうして遺産動機で生命保険に加入する親はだんだん少なくなる。

  一方、夫婦でかせぐからそこそこ裕福である。元気でさえいれば、楽しい老後をすごせる。そう、「元気でさえいれば」である。怖いのは病気である。三大疾病には金がかかる。公的健康保険はどこか頼りない。医療にアメリカ流の市場原理が導入されれば、高い医療費を払えるものは寿命がのび、払えないものは命が縮むことになりかねない。いのちも金しだいになる。こうなると、ひとびとが生命保険に求めるのは医療保障である。

  長生きすれば、老後の生活費や楽しみのための金がいる。公的年金は、これも先行き不透明である。かつて社員の総合福祉をとなえた企業は、長期不況で足元がゆらぐと途端にしぶくなった。企業年金どころか、いまや終身雇用さえあやうい。こうなれば自分の老後のためには自分で貯めるしかない。こうして個人年金が注目される。

  生命保険は家族や個人に保障を提供することを仕事としている。したがって、家族のあり方や個人の暮らしぶりが変わると、生命保険もまた大きく変貌する。そうした変化に適応しつつ確かな保障を提供し続けてほしいものである。

プロフィール
田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]氏

田村祐一郎
[たむら・ゆういちろう]氏

流通科学大学商学部教授

専攻分野
保険;リスク・マネジメント

学歴
昭和42年、神戸大学大学院経営学研究科商学専攻修士課程修了、平成2年、商学博士(神戸大学)。

職歴・経歴
昭和42年小樽商科大学講師、46年助教授、49年長崎大学助教授、58年教授、平成元年姫路独協大学教授を経て、11年流通科学大学商学部教授、現在に至る。
著書
「生活と保険―生活保障システムにおける生命保険」
「社会と保険―社会・文化比較の鏡としての保険」等多数
訳書
モートン・ケラー「生命保険会社と企業権力」等

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