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第1回家族と生命保険
流通科学大学商学部教授 田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]
 久し振りに教え子の結婚披露宴に招かれると、その光景が一昔前とは様変わりしていて驚く。客は若い人ばかり、同じ職場の人も少し歳上の上司だけ。スピーチよりも余興が主。新夫婦の個人的な交友関係への披露がこの宴の目的らしい。新婦はみな職業に就いている。会費制が多く、両親が会費を払う姿も見た。

  かつては教え子の結婚披露宴によく招かれた。新郎側のメインテーブルには新郎の勤め先の上司や同僚がびっしり。客は知人親戚を全部招いたかのように大勢であった。たいていの新婦が退職していた。宴はかた苦しい挨拶で始まり、型通りに進行した。披露宴は新夫婦を世間にお披露目するための「両家」の行事であったから、費用は親持ちであった。もっと前にさかのぼれば「家」が前面(全面)にでていたことはご存知の通りである。

  実は、こうした結婚披露宴の変化は、生命保険の商品構成の変化にぴたりと当てはまる。

  まず、明治の初めから昭和40年ころまで日本人は「養老保険」が大好きであった。養老保険は、契約期間中の生死に拘らず同額の保険金を支払う。当時は「死」という言葉はタブーであったから、養老保険の勧誘には次のようなセールストークが使われた。
  「これは定期的な積立金ですよ。何年か掛けられると、高い利子をつけてお返しします。しかも、途中で万が一亡くなられても、満期金をお支払いします」

  やがて、高度経済成長が国民の生活を大きく変えた。田舎から都市へ移住し、会社から月給を貰い、団地に住み…といったように。何よりも夫婦と子どもから成る核家族が大量に生まれた。こうした家族にとって一家の働き手の死亡は最大のリスクとなった。

  そこで生命保険の主流は定期付養老保険となった。養老保険をベースに死亡保険を組み合わせ、不幸にして働き手が死亡すれば、養老保険の何倍かの保険金が支払われる。遺族の生活はそれによって保障される。無論、貯金もできる。

  生命保険のイメージは大きく変わった。例えば生命保険の広告には「家庭」「愛」「明るい未来」「希望」などの言葉がしきりに使われ始めた。その頃の生命保険は、家族を守るために父が懸命に働き、母がしっかりと家庭を守り、子どもたちは明るい希望をもって明日を信じた、そういう時代の象徴であった。社会や家庭の明るさを強調することで、死亡保障商品であるという本質が巧みにおおい隠されたのである。

  近年は、疾病保険や個人年金が主な種目に含まれるようになって来た。少し以前から社会や家族とともに生命保険も二度目の変貌を遂げるようになったと思われる。次回はそれを考えてみよう。
プロフィール
田村祐一郎[たむら・ゆういちろう]氏

田村祐一郎
[たむら・ゆういちろう]氏

流通科学大学商学部教授

専攻分野
保険;リスク・マネジメント

学歴
昭和42年、神戸大学大学院経営学研究科商学専攻修士課程修了、平成2年、商学博士(神戸大学)。

職歴・経歴
昭和42年小樽商科大学講師、46年助教授、49年長崎大学助教授、58年教授、平成元年姫路独協大学教授を経て、11年流通科学大学商学部教授、現在に至る。
著書
「生活と保険―生活保障システムにおける生命保険」
「社会と保険―社会・文化比較の鏡としての保険」等多数
訳書
モートン・ケラー「生命保険会社と企業権力」等

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