WEB.11
鳥の目”と“虫の目”で家を設計する
―――建築を切り口に人とつながる快感―――
建築家  黒崎 敏さん
黒崎 敏さん

昨秋発表された「2008日本建築家協会優秀建築選200」に黒崎敏さんの作品が3点選ばれた。国内の建築家5000余名が加盟する同協会が、その年の優れた建築作品に贈る賞である。受賞した3作品とも、大都市でのライフスタイルにこだわる人たちの非常に個性的な小さな家だ。黒崎さんは過不足のない“身の丈の家”と呼ぶ。まだ30代の新進気鋭の建築家は何を考え、どんな仕事術を駆使しているのだろうか――。

黒崎 敏さん
建主さんのこだわりが設計者の私を熱くする
黒崎 敏さん 9坪の土地に建坪7坪の5階建てという都市住宅が私のデビュー作でした。たまたまその物件がマスコミで何度も紹介され、さらに東京都内で数多く都市住宅を手掛けてきたこと、都市の狭小住宅に関するメッセージを雑誌で連載してきたことなど、もろもろの理由で都市住宅に意欲的というか専門的というか、そんなふうに見られているフシがあるんです(笑)。しかし実際には郊外の邸宅や別荘なども設計しています。どんな条件でも、設計に打ち込む姿勢に変わりはありません。
  ただ、大都市の限られた条件の中に建つ住宅の設計であるほど、思いきりのよい計画になる傾向が強く、そういう仕事が比較的好きだとは言えるかもしれません。
  というのは、大都市に住まいを求める建主さんは自分らしいライフスタイルを実現するため、“住まう”ということに貪欲、積極的な方が多く、その姿勢がプランニングに大きく影響するからです。十分な広さに恵まれた土地に家を建てるという普通の案件よりも、建主さんと何度も話しながら設計していく中で私の設計者魂が燃え上がってくるのです。
  また、限られた大きさの土地では建物に盛り込める要素が制限されますから、真剣かつ入念に優先順位を決めて、削るものは潔く削る。そういう設計をすることで、筋肉質の、過不足のない、建主さんの身の丈に合ったマイサイズの家になる可能性が高い。たとえて言えば、飽きずに毎日ずっと食べ続けられる究極の幕の内弁当をデザインする感じ(笑)。そのあたりのバランスが私にはとても面白く、奥が深いと思っています。
  ですから、建主さんにはありとあらゆることを話してもらうことになります。これまでの生活の仕方、仕事、趣味、嗜好、物事の考え方や感じ方、実現したいライフスタイル、今後のライフステージごとの希望など生活に関する全てです。間取りや外観など建物に関する直接の要望を聞く前に、建主さんの人間把握をするわけです。ご夫婦や親子がどんな関係性にあるかもつかみます。
  若いご夫婦ですと、私と話したことで双方に新たな発見があったりして、家作りが結果的に家庭作りの側面を担うケースまであります。
  最後の詳細設計が決まるまで何十回も話し合いをし、その過程で私のほうは建主さんの思いを空間で視覚化しながら、“鳥の目”で俯瞰し、“虫の目”で拡大し、具体的な提案の形に磨き上げていきます。建主さんも、私からの提案ごとに感想や意見を忌憚なく言ってくれます。そのようにして建主さんとの信頼を深め、両方の意見を融合することで計画が成熟し、設計の深みが増します。
住宅への関心は就職時の挫折から始まった
黒崎 敏さん 私がこれほど住宅に関心を向けるようになったのは、実は小さな挫折がきっかけでした。大学卒業の間際まで、都市計画や大規模な建築設計をやりたいと思っていたんです。ところが、バブル崩壊後の不況で、世の中の大規模プロジェクトは軒並み中止に追い込まれました。もはや我々の世代は巨大な建築物の設計は手掛けられない。挙句に有名建築設計事務所の採用内定も取り消されてしまいました。時代のめぐり合わせの悪さを呪いましたよ(笑)。
  仕方なく大学院に進学しようと考えていた矢先に、某大手住宅メーカーから新商品企画開発のセクションで入社しないかという話が来たんです。工業デザインの世界で新商品開発は花形ですから、世の中の最先端の仕事が経験できると直感で思いました。勤めるのは5年以内と心密かに決めて入社したんです。それ以上長くいると、工業デザインの世界に馴染んでしまい、目標である建築家にはなれなくなると分かっていましたからね。
  そんなふうに急きょ、方向転換した背景には、私が大好きなある短編映画が影響しています。椅子のデザインで有名なチャールズ&レイ・イームズ夫妻が製作した『パワーズ・オブ・テン』(公園で寝そべる男から徐々にカメラが空へ上がり、ついには宇宙まで行って、そのあとは急速に男のほうへ戻って、今度は男の細胞内まで入って行くという、シンプルだが衝撃的な10分弱の映画)です。この映画が教えてくれたズーム・バックとズーム・アップの視座、つまりは“鳥の目”と“虫の目”の視点こそが建築設計の基本だと私は考えていました。都市計画も住宅設計も家具デザインも同じ捉え方をすべきだと。マクロとミクロの一致ですね。だから、住宅メーカーの新商品企画開発で行う、マーケティングリサーチ、設計、研究、開発、広告などの一連の経験は、建築という大きな世界で必ず生きると判断できたのです。
  実際、その住宅メーカーでの新商品企画開発の経験は今でも生きていて、回り道ではなかったと思っています。たとえば、世の中のさまざまなマーケットを幅広く横軸で捉えながら、建築という縦軸で考えるという手法を学べましたし、工業デザインの観点から、突き抜けるよりもバランスが重要であるという感覚も身につきました。そのどちらも物事を俯瞰してとらえる必要があり、現実の建築設計では大切な点なのです。
  幸いにも住宅メーカーで開発した新商品は市場でも高評価を受け、栄誉あるグッドデザインアワードの部門賞で最高の金賞も受賞しました。
  しかし、それでも手応えがなかったんですね。新たに開発した住宅が全国で年間数万棟も完成しているのに、誰一人として住み手の顔が見えない。そのリアリティが感じられない限り、設計者としての本当の満足は得られないことにそのときはじめて気づいたんです。
  その一方で、90年代後半には住宅マーケットに大きな変化が現れ始めました。オーダーメイド住宅への関心が都市部を中心に高まってきた。建主さんが工業化住宅 のデザインでは満足できなくなってきたんです。住宅供給側のレベルを超える先端的な意識層の増加です。私は、そういう建主さんたちの要求にしっかりと応えられる住宅を作りたいと思うようになってきました。
  建築家として独立することを決心したのは、このように内側と外側の両方に理由があったというか、機が熟したというか、そんな感じでした。
人間対応力があってこそ、個性が生かせる
黒崎 敏さん 建築家というと、アーティストだと勘違いする人がいます。確かにアーティスト的な側面もありますが、心の内奥から滲み出す思いを形にする純粋なアーティストとは少し異なります。状況を読み込んで、自分なりのアイデアを盛り込みながら問題を解決し、新しく提案していくことが仕事です。
  都市の現況や社会のあり方を見渡したときに、こんなライフスタイルが望まれるのではないか。だから、都市の住宅はこうあるべきではないか。そういう視点を常に持って毎日を過ごしながら、案件の1つひとつに向き合う。建主さんの欲するものをご本人が意識するしないにかかわらず整理した上で、私なりの考え方で答えを導き出す。その結果が、光の取り入れ方や素材の選び方など、私のオリジナルの設計手法に繋がると考えています。
  そんなことから、私が重要視していることのひとつが人間対応力です。どんなタイプの建主さんとも深く付き合って胸襟を開いてもらう必要があります。それには、とにもかくにも信頼されねばならないわけですが、信頼されるには、私のほうに建築の見識や一般教養の引き出しがたくさんなければならないと思っています。
  それと同時に、どんなタイプの方に対しても絶対にブレない信念の軸を1本持っておくこと。信頼されんがために何でも言いなりになることはむしろ対応力がないからであって、建築家としての存在意義すら失いかねません。
  また、裃を脱いで素の自分のありのままを見せられるようにすることも人間対応力だと考えています。独立したての頃は、私もそのあたりにまだ自信がなく、どこか構えるようなところがありました。ところが、ある建主さんから「これからの仕事であなたは、私のような年上であっても遠慮なく相手の懐に飛び込んでいきなさい。そうすれば、相手も心を開いてくれます。あなたはますますいい仕事ができるようになります」と物件竣工後、激励されたんです。私はハッとしました。この言葉は今でも忘れません。
この世の全てとつながれるから、建築設計は面白い
黒崎 敏さん 私は今、常時15〜20件の案件を同時に動かしています。竣工するのは年に約10棟ほどです。
  私の設計の仕方ですと、建主さんとの関係は先に述べたように極めて濃密なものになります。その関係は、竣工を境にプッツリと切れるというようなものではありません。むしろ住んでもらってからの満足度が最も重要です。ところが、住宅設計の本当の評価が出るのは1年後とか2年後ではない。もっともっと先。10年先かもしれないし、30年先かもしれない。だから、建主さんとの関係もずっと続くわけです。それはまるで親戚が増えていくようなもの。建主さんに継続して評価されるかどうか不安もありますが、自分の考えたことを実地検証できる充実感のほうが遥かに勝っています。
  このように私の仕事を俯瞰してみると、住宅建築を切り口にして人と深くつながり、都市とつながり、社会とつながる快さを場面場面で感じます。これは何より大きな快感ですよ(笑)。やめられない面白さがあるんです。
  私は、いつでも建築の基本は住宅であると考えています。建築物にはこの世のもの全てが関係し、取り込むことができますが、建築物のバランスを保つ上で大切なものが住宅にはすべて詰まっているんです。その意味で、住宅は最も設計が難しい建築物。住宅が上手に設計できるようになれば、ほかの建築も設計できるはず。私はそう確信するようになりました。
  将来は、住宅設計で蓄積した経験を世界中のあらゆる場所、あらゆる建築物に応用してみたい。地球の裏側からでもお呼びが掛かれば、すぐにでも飛んで行きます。建築設計で走り続けたい。それが私の終生の夢です。
「2008日本建築家協会優秀建築選200」で受賞した左から「L」「SLIT」「SWITCH」の3作
黒崎 敏さん プロフィール
1970年、金沢市生まれ。94年、明治大学理工学部建築学科を卒業後、積水ハウスに入社。東京設計部で住宅調査や企画・設計、広告など一連の新商品開発に携わる。98年、FORME一級建築士事務所へ移り、主任技師。2000年、独立してAPOLLO一級建築士事務所を創設。01年7月に竣工したデビュー作「SEVEN」(建坪7坪)は都市型狭小住宅ブームの先駆けとなり、“身の丈”の家づくりが話題に。その後も大小さまざまな住宅作品が次々とマスコミで紹介されるとともに、趣味の都市フィールドワークなどをテーマに雑誌へ執筆。WEBでは「狭小住宅イズム」を連載。「2008日本建築家協会優秀建築選200」には3作品が選ばれるなど、都市住宅のデザイン・設計では国内屈指の若手建築家である。現在、APOLLO一級建築士事務所代表取締役の傍ら、日本大学理工学部非常勤講師も務める。著書には、海外のユニークな家を取り上げた『可笑しな家』(二見書房)がある。

APOLLO一級建築士事務所
黒崎 敏さん
発行/(財)生命保険文化センター Writer/須田忠博 Photo/福里幸夫 Editor/宮澤省三(M-CRUISE) Web Design/Ideal Design Inc.
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