WEB.03 海の野生の裏をかく醍醐味
〜自然の一部になって、魚たちが安心して姿を見せてくれるようになるまで〜
水中写真家 中村征夫さん
日本の水中写真の第一人者として知られる中村征夫さん。40年以上にわたって世界の海に潜り、海の生き物たちの驚異的なまでの美しさと、奥深い神秘を私たちに伝えてきた。その潜水時間は2万7,000時間を超える。茫洋と広がる海中で、生き物がうごめく一瞬のシャッターチャンスをどう捉えるか、その秘訣を語っていただくと共に、海の環境破壊の現状についても伺った。
「海に潜って写真を撮るなんて、そんな趣味が仕事になるのか」
中村征夫さん 20歳のとき、真鶴海岸の海と出会い、ダイビングと水中写真を同時に始めたときは、何かに憑かれたように、突き動かされていましたね。それまでは、自分が何をやりたいのか、何を一生の仕事にしたいのか、それがモヤっとしていてよくわからない、そんな青年でした。その霞のようなモヤモヤが、写真を始めたらふっと消えました。自分はこれをやるんだ。これをモノにするためには、バイトでも何でもして生き続けるんだ、と思いましたね。
 周囲は心配しましたよ。オヤジなんて「海に潜って写真を撮るなんて、そんな趣味が仕事になるのか」とえらい勢いで怒ってね。それで息子のためにと見つけてきてくれた仕事が、ある電気会社の社員寮の管理人ですよ。でも、20歳の若者が管理人なんて、冗談じゃないっていう感じですよね。
 その頃は、全国紙とNHKには優れた水中カメラマンがいましたが、フリーの人は数えるほどでした。私はダイビング雑誌が創刊されるというので、とある会社に入るわけですが、先輩に手取り足取り教えてもらうということはなかったですね。そういう意味ではみんな独学ですよ。
 ダイビングしながら写真を撮るというと、「危険じゃないですか」とよく言われますが、装備さえきちんとすればダイビングほど安全なレジャーもないんです。海の生き物だって怖くはない。ただ自分が自然の一部になって、魚たちが安心して姿を見せてくれるようになるまでには、10年ぐらいかかりましたかねえ。
 この40年、カメラの機材もかなり進歩しました。水中では水の屈折率で地上の1.33倍に見えますから、ピントを合わせるのが大変ですが、今はオートフォーカスですからね。
 でも、水中でのオートフォーカスは意外と難しいんです。魚ではなくて、浮遊するゴミにピントが合ってしまうことがよくある。だから、私は、すぐにマニュアルに切り替えられるようにしています。フィルムも、今はデジタル全盛の時代ですけれど、私はまだ大部分をフィルムで撮っています。
 テレビ局から依頼されてハイビジョン・ムービーで撮影することもよくあります。ハイビジョンの16:9という横長サイズは好きだけれど、ハイビジョンでクォリティがよくなったとか、デジタルで何枚も撮れるようになったとか、そういうことは私にとってはどうでもいい。「きれいな絵」だからいいというものではないんです。撮った映像がボケボケで、どんなに画像が荒れていようが、そこに写っているものが凄いものであれば、人は感動する。きれいすぎると逆に臨場感が出てこない。技術の進歩はいいけれど、そこに写真の質が伴っていかなくちゃダメだということです。
「予感」を計算し、「余韻」を伝える映像を
愛用の水中カメラ。重さは10kgを超える。ストロボを装着するとまるでカニのようだ 写真の命はシャッター・チャンスです。でも、それは決して偶然の産物ではない。自分で引き寄せるものなんです。ここで、いつごろ、こういうことが起こるであろうと、前もってそこに行って準備をしておく。適切なカメラ、レンズ、フィルムをセットして、露出も測って、そしてじっくりと待つんです。何かと出会える「予感」を、自分の中で計算するんですね。
 シャッターを切るタイミングや相手との距離感は、水中だけじゃなくて、陸の上で訓練しておかないといけません。街を歩いていても、ああここに花がある、人がこんな表情をしている、と面白いと思うものを、パシャ、パシャと撮るようにしておかないと。海の中は、陸よりももっと広大で、潮の流れはあるし、水圧もあるしで、思うように体が動かないですからね。
 たとえば巨大なナポレオンフィッシュが現れたほんの一瞬を、しかも背景にサンゴ礁を入れた方がいいか、海面を入れたほうがいいか、どちらがドラマチックかっていうことを瞬間的に判断して、シャッターを切るわけです。日頃、地上を歩いているときにやっておかないで、それが海の中でどうしてできるのっていうことですよ。
 予感は計算と訓練から生まれる。その予感が当たったときは実に嬉しいものです。
 予感と同時に、私の場合、大切にしているのは映像の「余韻」ですね。特にテレビのドキュメンタリー撮影のときに言えることだけれども、何もない静かな海の映像から入っていって、そこにドーンとすごい魚が登場する。しばらくすると、そいつは画面から消えて、また静かな海に戻る。そういう余韻が大切です。ところが、最近のテレビはバラエティ番組の感覚でドキュメンタリーも作っちゃうからでしょうか、いいところだけを繋いで、他を全部切っちゃうんだなあ。これじゃ余韻もへったくれもない。僕は全部撮っているんだから、ボツボツと切らないでよと言いたくなります。
 スチール撮影の場合はまたちょっと違って、一枚の写真でその前後を想像させるのがスチールのよさですね。この一瞬の後に、この魚はどうなったんだろう、この人たちはどうなったんだろうって、見ている人に想像力をかき立たせるのが、いい写真の条件です。
沿岸がダメになっている。潜ることでわかる海の環境破壊
中村征夫さん 最近はよく海の環境問題で、講演を依頼されるようになりました。海の水の色は昔と同じでも、なかの生き物の世界はずいぶん変わってしまいました。潜らないとわからない世界だから、みなさんなかなかピンと来ないんですね。
 諫早湾の干拓事業はわかりやすい例です。引き潮のときに岸の水門を開けて流すから沿岸がすべてダメになる。あれは、ちょっと海のことがわかる人なら、いかにひどいことをやっているか、すぐわかるんだけれど、なかなか改められない。有明海全体がいまや死の海になってしまいました。
 私は東京湾をもう30年も追いかけていますが(『全・東京湾』情報センター出版局より1987年に発表)、こちらも豊かな海というにはほど遠い。家庭廃水、油や洗剤、これが水質を悪化させています。
 沖縄のサンゴ礁もそうです。沖縄本島のサンゴ礁は、1975年の沖縄海洋博の辺りまではなんとか生命を保っていた。ところがその後の乱開発や観光ブームで、その99%が死滅したと言われます。もともとサンゴ礁がある島というのは、人口が少ないところ。その小さな島に島民の倍以上に観光客が押し寄せて、洗濯物から料理から全部廃水を流してしまう。それはサンゴにとっては辛いものがあります。
 人間の体の6〜7割は水でできている。海の組成とよく似ています。人間の体が異常を来すと、「おなかが痛い」とシグナルを送ってくるように、地球だって今までどれほどシグナルを送ってきたことか。猛暑がこれほど何日も続くのはおかしいし、大型台風が次から次へと来るのも、考えたらおかしいことでしょう。
 そのシグナルに私たちはもっと敏感になりたい。一度立ち止まって振り返り、一人ひとりが無駄なものをなくすこと。ほんのちょっとの省エネでもいいから、地球が、海が喜ぶことをしたい。海が喜ぶということは、永久に豊穣な恵みを私たちに与えてくれるということなんですから。
残すべき仕事のためにこそ、自分の体をコントロール
1995年エジプトの紅海で撮影したナポレオンフィッシュ 私が環境問題について発言することは、すべて海で見たもの感じたものが基本になっています。私の住所は海にありますから(笑)。しかし、私も62歳。いつか潜れなくなる日が来ることは、いつも自覚しています。実は、還暦になったら、もう仕事はセーブして、好きな写真をのんびり撮るだけの生活をしたいと思っていたこともありました。けれど、年を取れば取るほど、なんか責任重大な仕事が増えてきてしまった。環境問題もその一つですね。写真展もやるたびに大がかりなものになりますから、気も抜けないし、他人に任せられない。困ったものです(笑)。
 いま抱えているテーマを全部やり遂げようと思ったら、200歳を超えてしまうでしょう。それでもなんとかやり遂げたい。だから、これからは、体をしっかりコントロールしようと思うようになりました。
 僕にはヘルニアという持病があります。寝返りが打てないぐらい痛くて、朝も起きられなかった。それでもロケに行くんだから、かなり無理をしてきたんですね。しかも、嗅覚が弱くて、その上、30年来、耳鳴りに悩まされている。このあたりで、そいつらを全部治そうと思って、最近は5日に1度は鍼灸の治療に通うようになりました。腰についてはずいぶんよくなってきましたね。鼻や耳にも鍼を打ってますから、嗅覚や耳鳴りもいずれは治るんじゃないかと期待しているんですよ。
 お酒が好きで、ずっと飲み続けてきましたけれど、最近は5日に1回は鍼だから、その日は酒は呑みません。いい休肝日になります。でも、お酒を止めるわけじゃないんですよ。酒と仲間があってこその人生だと思ってますからね。いま繁華街にわりと近いところ(世田谷)に住むのも、結局は酒場のネオンが忘れられないから。海では魚と戯れ、陸ではネオン街を泳ぐ、これが私の仕事の活力の源なんです(笑)。
中村征夫さん プロフィール
中村征夫さん1945年秋田県生まれ。20歳のときに独学で潜水と水中写真を始め、後に専門誌のカメラマンを経てフリーランスとなる。現在、撮影プロダクション「株式会社スコール.」代表。国内外の海や自然、人々、環境問題などを精力的に取材。ライフワークの東京湾をはじめ、空港建設で揺れる石垣島・白保、九死に一生を得た北海道南西沖地震・奥尻島でのフォトルポルタージュ、諫早湾のテレビリポートなど、社会性のあるテーマにも果敢に取り組み、報道写真家の顔も持つ。スチールのみならず、TVコマーシャル撮影、及び出演。劇映画の撮影も手がける。

1988年、写真集『全・東京湾』『海中顔面博覧会』で第13回木村伊兵衛写真賞。1996年『カムイの海』で第12回東川写真賞特別賞。1997年『海のなかへ』で第28回講談社出版文化賞写真賞。2007年『海中2万7000時間の旅』で、日本写真協会年度賞と、第26回土門拳賞を受賞。同年、秋田県文化功労者受章。長男の中村卓哉氏も水中写真家で、親子による写真展も開催している。
発行/(財)生命保険文化センター Writer/広重隆樹 Photo/米田昌浩 Editor/宮澤省三(M-CRUISE) Web Design/Ideal Design Inc.
閉じる