文字サイズ変更
  • フォントサイズ大
  • フォントサイズ中
  • フォントサイズ小
閉じる
第5回 医学の真実とは?
作家・医学博士 米山公啓エッセイ
「今日はねえ、まだ感性が働かないんだ」(by yoneyama)

 ここ数か月、何かとテレビ出演が多かった。いずれも私の本がきっかけで、出演依頼が直接くる。実は私は某有名プロダクションに所属しているが、そちら経由でテレビの仕事が来たことがない。
  というのも、インターネットで「米山公啓」と検索すると、私のホームページが出てくるので、それを見て直接電話やメールになってしまうというわけだ。
  昔ならさすがに秘書や受付の電話が必要になるが、私が医者と作家業を兼業できるのも、インターネットのおかげとも言える。
  それはさておき、最近の健康番組は実に慎重になってきて、論文を集めたり、意見を発表している教授に直接連絡をとったりと、私が10年前テレビに出始めた頃とはえらい違いである。
  テレビでの医学的な発言に、出演者が責任を持たないといけないということになってきた。
  しかし、これはかなり難しい。というのも医者の意見や見解というのが、すべて科学的、医学的な事実だけではないからだ。どうしても意見に自分の信条が入ってしまったり、今までの経験を語ってしまうことが多くなる。さらには患者さんによっては、医者が感情的になって、普段と別な意見を言ってしまうこともある。
  患者さんは、医者の意見はすべて同じでなければいけないと思うようだ。
  しかし、意見が違うのが医学と思うべきだろう。それくらい、絶対にこれが正しいということがないのが医学の世界である。
  何万人という人を5年も10年も調査して、そこで出た結果がもっとも信頼できるということになっているが、そうやって調べられた事実は、医学の研究ではむしろ少ないと言えるだろう。
  一般的には、統計学に基づきその結果で治療方針を決めていくことになるが、その大規模な調査でも、結果の見方によって結論が変わってきてしまうこともあるからだ。
  もうそうなれば、医者も何を信じていいのかわからなくなってしまう。
  最近、血圧を下げても、死亡率には影響がないということが書かれた本を読んだ。つまり血圧を下げることで、脳卒中や心筋梗塞は減るのだが、他の病気で死亡するので、死亡率全体には影響がないというのだ。
  たとえそうだとしても、目の前で苦しんでいる人の痛みを取ること、これから発病する可能性がある病気の確率を下げることのためにも、血圧を下げることは医学的には十分意味があるように思うし、多くの医者はそう思って医療を行っているだろう。

 最近の医学の流れは、実証に基づく医療ということを推し進めてきたが、ここのところに来て、私自身考えを変えてきた。
 何も科学的に実証されていることだけを、治療に使っていくのが医学ではないのではないかと思うのだ。

  アロママッサージや温泉治療、あるいは休日にゆっくりすること、おいしい食事を家族と食べること、そういったことも実は病気の発症に影響し、予防的な効果もありうるからだ。
  「家族とおいしい食事を摂る」ことが疫学的に意味のあることだと証明するのはたぶん不可能だろう。
  家族といっても仲のいい夫婦もあれば、子どもたちとうまくいかない親もいる。ただ形だけでも「家族と一緒に食事をしていますか」 という質問であれば、楽しく食べているか、それとも家族と一緒に食べるとかえってストレスに感じるかで、質問の意味が違ってきてしまうからだ。それにこういった質問に本音を書かないことも多いだろう。
  つまり数値にできないことが、病気の発症に大きな影響を持っているのだ。
  どうも西洋医学的な医学教育を受けてくると、それが絶対的になって、「検査値しか見てくれいない医者」といわれてしまう。
  またそういった数値を元に、実に自信たっぷりに説明をする医者もいるが、その意見の根拠となると意外に経験論や、昔読んだ文献の知識であったりするのだ。
  医者が自分の経験から物を言うのはしょうがないところなのだが、患者側もかならずしも、医者の意見がすべて科学的な事実からでているとは限らないと考えるべきだろう。
  そう書くと医者の意見はいいかげんなのかと言われそうだが、絶対というものが少ないことは確かだ。
  それにいま絶対的に正しいということでも、1年後には間違いであったというのも、医学の世界ではよくあることだ。

「感性を磨くために毎週おいしいものをいただいております」

 医者が20名くらい出演するテレビ番組があった。 私はそんな大勢の医者の中に入っても意見が自由に言えないから、出たくないと断っていたのだが、ぜひということを言われ、その気になって出演した。
  その番組の中で、ほとんどの医者が、自信を持って意見を述べていた。もちろんみな専門家だから、当然と言えば当然である。
  しかし、その意見の根拠は? となれば、かなり難しいだろう。番組の内容は意見の分かれるのが医学であるということを証明したようなものになった。
  もともとそれが番組のねらいであり、お医者さんでも同じ意見にならないということを、演出としてやってみたかったようだ。
  医学に絶対はない、それがわかってくれば、医者との接し方も変わってくるに違いない。
  世の中には噂や評判を信じたくなる人が多いものだ。いまやブログがインターネット上で飛び交って、噂はすぐに広まってしまう。
  たとえばおいしいレストランなど、ブログに感想をすぐに書かれ、あっという間に噂が広がる。
  そこで重要なことは、自分で実際に見て、食べて、どう感じるかだろう。
  最初からここはおいしいと言われているから、きっとおいしいと思って食べるのも、いいのかもしれない。
  しかし、自分が本当においしいと思えるかどうかも、きちんと評価すべきであろう。
  医学を患者さんが評価するのは難しいと思うかもしれない。しかし、そうではない。患者がわかりやすく評価できるような説明や態度、病院のシステムでなければいけないのだ。
  有名な医者にかかったが、いい医者かどうかわからないと思うなら、それはいい医者ではないのかもしれない。
  医療もやはり患者さんの感性で、選択をしていけばいいだけだ。あの先生は感じがいい、あそこは評判の割には、あまりよくない。そういった感覚こそ真実であるからだ。
  医者がいくら断定的に言おうとも、患者さんの感性でどう判断するかだ。患者の感性のほうがずっと大切なことだと、最近は思っている。
  医学に真実を求めても、結局その時、その時で変化していってしまう。
 であるなら、感性による医学というのもありえるのかもしれない。

プロフィール
米山公啓(よねやま きみひろ) 氏名:米山公啓(よねやま きみひろ)
生年月日:1952年5月10日 出身:山梨県甲府市生まれ、 愛知県岡崎市・東京都福生市育ち 身長・体重:180cm・87kg 職業:作家、医師(医学博士)。
【専門】神経内科。脳卒中、認知症、老人医療、健康論、医療経済。
超音波を使った脳血流量の測定や、血圧変動からみた自律神経機能の評価などを研究。老人医療・痴呆問題にも取り組む。外勤先の天本病院(東京都多摩市)にて在宅医療にも10年以上参加。健康管理部において、ニコチンガムを使った禁煙教室を実施した。聖マリアンナ医科大学第2内科助教授を1998年2月に退職。本格的な著作活動を開始。
【執筆活動】1990年に看護雑誌(エキスパートナース)にエッセイの連載を始めたのをきっかけに、現在では医学ミステリー、小説、エッセイ、医療実用書などを手がける。 年間10冊以上のペースで書き続けている。
代表作:『医者の半熟卵』、『医者の個人生活366日』、『午前3時の医者ものがたり』(集英社文庫。『もの忘れを防ぐ28の方法』、『脳が若返る30の方法』(中経出版)などが10万部を超えるベストセラーに。また『健康という病』(集英社新書)も5万部を超える。
「米山公啓のホームページ」 http://yoneyone.com

新刊:『脳がどんどん若返る生活習慣』(ソフトバンク新書)

発行/(財)生命保険文化センター 企画・編集/宮澤省三(M-CRUISE)  Web Design/Ideal Design Inc.