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第3回 地域独立宣言
作家・医学博士 米山公啓エッセイ
甲府駅北口前、ほんとに何もないのです。右の建物が丹下健三設計の山梨放送のビル

 いま、月に一度山梨県の甲府駅前にある山梨放送のラジオ局へ行き、生番組(*)に出ている。
 10分間番組だが、行った日は生出演し、残りは3本分くらい、その日に収録している。
 以前は医学的な話や脳活性の方法を話していたが、今は私がもっとも興味のあることを、しゃべっている。テレビと違って、自由に話ができるので、非常に楽しい仕事だ。
 番組をやるようになったのは、私が山梨生まれで、脳の番組監修をやったのがきっかけだった。
 毎月、甲府に行くようになって、地方都市の過疎化の問題を感じるようになった。
 甲府駅前には活気がなく、人影も少ない。ドーナツ化現象となって、甲府の周辺に人が住んで、中心地にはあまり人がいなくなってしまったのだ。多くの地方都市が同じ状況になっている。
 講演などで地方へ行く機会が多いが、秋田の駅前もシャッター通りになって、まったく活気がなかった。どこへ行っても人口が減って町の活性化が大変だという声ばかりである。
 田舎のことを心配するのは、私自身が子供の時から都会に住んだことがなかったからだ。中学校のとき、愛知県の岡崎の田舎に住んでいて、医師である父が東京で開業することになり、東京に転居することになった。
 東京という言葉を聞けば、だれでも大都会、大きなビルが林立する風景を想像してしまうが、初めての東京には大きなビルはなかった。というのも、東京駅から中央線に乗って、どんどん西に走り、JR立川駅に着いたからだ。
 いまでこそ、立川も大きな街になったが、当時は、大きなビルなどなく、どこかうら寂しいところだった。大都会に住むと思っていたのに、東京といってもこんなところがあるんだと驚いた。
 しかし、翌日、さらに西に移動し、父が就職する病院のある福生へ行った。米軍の横田基地の町だった。それでも福生はそこそこ町だったが、思い描いていた東京とは全く違うところだった。
 その半年後、本格的に開業するために、さらに田舎の現在のあきる野市に移った。

 というわけで、私の人生は常に都会とは縁のない生活で、周辺に住み続けてきた。
(*)山梨YBSラジオ「765モーニング」(月~金)で、毎週火曜日午前9時25分からのコーナー「ヨネヤマ・コード」
 
元気な人が行く山の上の医院。ほんとに米山医院も周囲が坂で来院するのが大変なのです(by yoneyama)

 ということで、今日もあきる野市にある米山医院で診療中である。 
 雨の日の午後など、我が米山医院の患者さんはぐっと少なくなり、ただでさえ暇な午後の診療は、昼寝の時間となって、私は診察台の上に白衣を着たまま寝てしまう。
 思えば、オヤジの時代には、1日100名を超えて患者さんが来ていたのだから、私の代で米山医院も消滅かという状況である。
 もちろん、私が作家業ということもあって、休診日が多いことも影響しているであろう。
 「昨日、来たら休診だったじゃないですか」とよく患者さんから怒られるのだ。
 申し訳ないと思うが、そのあたり患者さんもよく理解していて、「先生も忙しそうですからね」と温かい言葉でフォローしてくれる。 あまり忙しくないからこそ、ゆったり診療もでき、余ったエネルギーで、夜になってから原稿書きもできるのだ。
 このあきる野市という立地条件が、私の作家業に微妙に影響しているわけだ。
 私がテレビに出たり、新刊が出たりすると、ときどき地方に住む患者さんから、電話がかっかてくる。
 「先生に一度診てもらいたいのですが」
 という電話である。
 しかし、そういう患者さんが来院することはほとんどない。というのも、米山医院の道順を電話で説明しても、地方の方にはよくわからないし、またその長い道のりを聞いただけで、来る気がなくなってしまうからだ。
 多摩川を越えるのは、なかなか大変で、私にとってはお堀のような役目(?)なのだ。
 ここは、まさしく陸の孤島というわけだ。だから、米山医院繁盛のためには、目の前を走るJR五日市線が複線になればなあと思うのだ(なーんと東京にあるJRでありながら単線なのです)。

 ところが、最近は考えを変えるようになってきた。
 いまだに、地方都市を活性化させるために、新幹線を通したり、リニアモータカーだの、言っている。ここには大きな間違いがあるのだ。
 交通の便がよくなれば街が繁栄するという発想はあまりに古い。
 便利に移動できるようになれば、たくさん人が集まるだろうと思うかもしれない。
 しかし、実際には多くの街では逆のことが起きている。
 つまり、みな都会へ行ってしまい、地元で物を買わなくなり、地元の商店街は繁盛しなくなってしまうのだ。
 その現状を知れば、やたらに交通の便などよくならないほうが、独自の文化や商品ができるので、長い目で見ればそのほうが、ずっと街の存続を維持できるのだ。
 ネットワークだの、グローバル・スタンダードなど、国や空間を超えて、文化の融合やら情報の行き来が、何か新しいものを生み出すと信じてきたが、どうもそうでもない。
 いま日本の観光地を見ても、どこもみな同じになってしまい、独自の風景を保っているのは、江戸から昭和までの家並みが偶然残っているところである。
 これからは、過疎化を心配するのではなく、今の自分たちの空間を守っていくほうがいいのではないだろうか。
 二酸化炭素の排出を抑えるという視点からも、地産地消のほうがいいわけで、地域鎖国で今を守っていくべきではないかと思う。
 たまたま田舎に住んでいるということもあるが、いまだからこそ田舎自慢でいこうではないか。最後は自給自足の町が生き残るであろうから、あきる野という田舎で、患者さんが少なくとも、今日も診療を続けているというわけだ。

 それにしても患者さんが来ない。
プロフィール
米山公啓(よねやま きみひろ) 氏名:米山公啓(よねやま きみひろ)
生年月日:1952年5月10日 出身:山梨県甲府市生まれ、 愛知県岡崎市・東京都福生市育ち 身長・体重:180cm・87kg 職業:作家、医師(医学博士)。
【専門】神経内科。脳卒中、認知症、老人医療、健康論、医療経済。
超音波を使った脳血流量の測定や、血圧変動からみた自律神経機能の評価などを研究。老人医療・痴呆問題にも取り組む。外勤先の天本病院(東京都多摩市)にて在宅医療にも10年以上参加。健康管理部において、ニコチンガムを使った禁煙教室を実施した。聖マリアンナ医科大学第2内科助教授を1998年2月に退職。本格的な著作活動を開始。
【執筆活動】1990年に看護雑誌(エキスパートナース)にエッセイの連載を始めたのをきっかけに、現在では医学ミステリー、小説、エッセイ、医療実用書などを手がける。 年間10冊以上のペースで書き続けている。
代表作:『医者の半熟卵』、『医者の個人生活366日』、『午前3時の医者ものがたり』(集英社文庫。『もの忘れを防ぐ28の方法』、『脳が若返る30の方法』(中経出版)などが10万部を超えるベストセラーに。また『健康という病』(集英社新書)も5万部を超える。
「米山公啓のホームページ」 http://yoneyone.com

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