松本すみ子エッセイ〜中高年のライフスタイルに見る新たな生き方〜
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第1回 「さまよいながら」
米山公啓エッセイ
今月から作家であり医学博士である米山公啓さんのエッセイが始まります。現役の臨床医として、またベストセラー作家としてご活躍される米山さんの、医者の目、作家の目が見た様々な出来事、思いなどが綴られていきます。
 
「鶴のように夜になると、せっせと原稿書き。それでも枯渇しないのは、自分でも謎」 (byYoneyama)1998年に大学病院を辞め、作家業を主体に生活を始めて、10年が経過した。
著作もちょうど200冊を突破した。よくぞこれだけ書いてきたものだと、自分でも感心する。他人からは、「よくそんなに書くネタがありますね」と言われるが、別段書くネタを探しているわけでもなく、思いつくまま、無計画に書き続けてきた結果が200冊になったというわけだ。
むろん、時代を先読みして、それなりの情報収集なり、新しい体験をするように努力をしているが、「がんばっている」というほどのものでもない。
書いているうちに、次第に方向性が定まってきたというか、自由に方向を変えて書き続けてきたという感じだろうか。
何の文学賞も取らないのに、小説も10冊くらい出している。すべて人間関係の偶然がチャンスを広げてくれたとしかいいようがない。
現在も雑誌やWEBの連載をひと月に15本くらい抱え、単行本の書き下ろしは20冊分くらい企画が通っている。
それでいて、別に時間に追われている感覚はないし、徹夜して原稿を書くこともない。実にマイペースである。
医者業は大学病院を辞めて、週に2日くらいしかやっていなかったが、今年になってから、オヤジのところの診療所をほぼフルで手伝っているので、自由になる時間はずいぶん減ってしまった。
たまにはまじめに診療に打ち込むのもいいのではと、せっせと患者さんを診ている。
東京の田舎の開業医であるから、水いぼ取りから、水虫、風邪、擦り傷なんでも診ている。
いちおう大学病院の助教授までやっていたが、そんな肩書きは自分ではどうでもいいし、ま、講演会のとき、「元助教授」というと聞こえがいいので、それなりに利用させていただいている。
診療に追われ書く時間がないと、私が文句を言っていたら、ある編集者からアドバイスされ、「先生、たまには、医者をしっかりやったほうがいいですよ。それが取材になるんですから」と言われて、なるほどと思った。
小説家の渡辺淳一氏も確か50歳前後のとき、母校で再度医療の現場を取材している。医者も医療の現場から去ってしまえば、医療小説は書けなくなるから、やはり現場を見たくなるのだろう。
私の場合は、どんな状況になっても、とにかく医者を続けてきたので、それが作家兼医者という強みにもなっている。
大学病院を辞める1年前くらいに、主任教授に呼ばれ、行き先を考えろと言われ、はやく医局を辞めてしまおうと思った。
しかし、ある出版社の社長に、「先生、いかに首を切られるか、経験したほうがいい。そんな経験二度とできないですよ」と言われ、ずいぶん気が楽になったことがあった。
どんな状況にあっても、作家はそれを自分の経験として、文章に生かすことができる。それを利用しない手はないと気がついた。
そういう発想になってくると、どんな窮地に陥っても、みないい経験というわけだ。
海外でクレジットカードをすべて盗まれても、エマージェンシーカードという制度があることを知る体験ができたと思えば、どうということはない。
医者という職業も医学的な知識より、経験が勝ってしまう。
いくら医学的知識があっても、実際の臨床の例外にはいつも驚かされる。医学の深さや人間のからだの不思議は永遠のテーマである。
作家も想像だけで書いてしまう人もいるのだろうが、私の場合は、やはり実体験があって、そこから新刊の発想が生まれてくることが多い。読んだ本と自分の生活、その融合が私の作品のような気がする。
医療エッセイを書き始めたころは、医療の現場での体験をそのままエッセイにしていたが、次第にエッセイというものは、創作が入ってもいいのだとわかってくると、面白いものが書けるようになった。
人生、そんなに面白いことばかりであるはずがない。面白く書けるのは、やはり作家の技量というものなのだろう。
「いつも行く代官山のお店でブランチ。街中をさまようことが、原稿のネタになる」(by米山)いまや、著作だけでなく、昨年はCDまで出してしまった。そういうと、「先生、歌うんですか?」などと訊かれてしまうが、そうではない。
脳活性の本をずっと出してきて、脳を音楽で活性化できないかという発想になり、クラシックで脳刺激する4枚組のCD「脳がいきいきクラシック」(エイベックス)を作ってしまったのだ。
本を書き始めたとき、自分の発想が本という商品になることが面白くて仕方がなかった。最近ではさらにその発想を広く応用しているというわけだ。
今年になってから、ウォーキングのときに音楽を聴くと楽しくウォーキングができるということに気がつき、それを商品化しようと思った。ウォーキングはメタボや認知症の予防になるのだから、世のためにもなるはずだ。ということで、「ウォーキング・ウィズ・クラシック」(ショップ・ジャパン)という携帯オーディオプレーヤーに音楽を録音したものを作った。
クラシックの音楽を10分くらいずつつないでウォーキング用の音楽としてひとつのトラック40分くらいの構成にして、10トラック分の録音を入れたのだ。
医者になって、患者さんのために診療するのも医者の生き方だろうし、本を書いて、医療や医学の啓蒙をはかるのもいいだろう。
さらに健康になるための様々なグッズを考案していくのも、社会のためではないかと思う。
相変わらず思いつくまま、書き続け、本を出しているが、生涯1,000冊の目標の達成は不可能にしても、自分の発想を常に、形にできる今の生き方はなんとも楽しいものだ。
そのためには、いつものように街をさまよい続ける必要があるけれど。
 
プロフィール
氏名:米山公啓(よねやま きみひろ)
生年月日:1952年5月10日 出身:山梨県甲府市生まれ、 愛知県岡崎市・東京都福生市育ち 身長・体重:180cm・87kg 職業:作家、医師(医学博士)。
【専門】神経内科。脳卒中、認知症、老人医療、健康論、医療経済。
超音波を使った脳血流量の測定や、血圧変動からみた自律神経機能の評価などを研究。老人医療・痴呆問題にも取り組む。外勤先の天本病院(東京都多摩市)にて在宅医療にも10年以上参加。健康管理部において、ニコチンガムを使った禁煙教室を実施した。聖マリアンナ医科大学第2内科助教授を1998年2月に退職。本格的な著作活動を開始。
【執筆活動】1990年に看護雑誌(エキスパートナース)にエッセイの連載を始めたのをきっかけに、現在では医学ミステリー、小説、エッセイ、医療実用書などを手がける。 年間10冊以上のペースで書き続けている。
代表作:『医者の半熟卵』、『医者の個人生活366日』、『午前3時の医者ものがたり』(集英社文庫。『もの忘れを防ぐ28の方法』、『脳が若返る30の方法』(中経出版)などが10万部を超えるベストセラーに。また『健康という病』(集英社新書)も5万部を超える。

最新刊: 『格差社会の医療』(ちくま新書)

『午前3時の医者ものがたり』が「眠れぬ夜2008」という舞台になりました。

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