いのちを守る WEB.11
佐藤哲也さん 全地球をまるごと解析。
「未来を観る望遠鏡」が人の考え方を変えていく。
独立行政法人 海洋研究開発機構 地球シミュレータセンター センター長 佐藤哲也さん
いのちインデックスへ 閉じる
 海洋研究開発機構に設置された地球シミュレータは、地球をまるごとシミュレーションできるスーパーコンピュータだ。1990年代の地球温暖化問題をきっかけに、1997年国家プロジェクトとして開発が始まり、2002年3月より運用が開始されてから5年が経とうとしている。コンピュータ・シミュレーション手法におけるその画期的な位置づけ、地球温暖化など自然変動に対する予測の可能性について、佐藤哲也・センター長に話を伺った。
「明日は雨が降るかどうか」をどう予測するか
 「地球シミュレータ」は、横浜市にある海洋研究開発機構の中におかれた大規模なコンピュータシステムです。どれくらい大きいかというと、それらを収める建物は長さ65m、幅50m、高さ17m、テニスコート4面がすっぽり収まる程ぼう大なものです。
  1990年代中頃のスーパーコンピュータの約千倍の計算能力を持ちます。これがやろうしていることは、科学的シミュレーション計算と数値解析です。普通はコンピュータ・シミュレーションという言い方をします。例えば、サッカーゲームなどで実際の試合に近い臨場感のあるものがありますね。サッカーのルールや、個々の選手の体力、動きの癖や得意な技などを入力しておくと、それらが複雑に組み合わされてゲームが進行するというものです。これもコンピュータ・シミュレーションの一つです。
  “だいたいこういう法則に従って物事は進んでいくであろう”という初期条件やルールを入れて、その結果がどうなるかを示す。これがシミュレーションですが、ゲームや社会現象だけでなく、自然現象についてもシミュレーションを行うことが可能です。
  例えば、「明日は雨が降るかどうか」を予測する。天気は自然現象ですから、今日の気温や風向き、気圧の変化、雨雲の発生などさまざまな観測データを入れて、かつ雨雲はどのように発生するかといった自然法則をルールとして入れてやれば、明日、雨が降る確率はある程度予測できます。実際に気象庁が行う天気予報は、様々な設定の異なったデータを入れて、その結果を平均化し、過去の天気と照らし合わせながら、確率的に可能性の高いと思われる天気を予測として出しているのです。
  しかし、自然法則というのは必ずしも確率論だけで解明できるものではありません。今年の台風と同じものが、来年も必ずやってくるという保証はありません。すべて自然法則は一期一会なのです。
地球シミュレータ佐藤哲也さん
自然界の複雑な現象をまるごと細かくシミュレーション
大気海洋結合モデル CFESのイメージ
シミュレーションは多重格子法(mesh)によって、地球の中心 (コア)から大気にいたるまで、細かい(数キロ)の)格子状に区切っ て観測する。(ESC/JAMSTEC)
初期条件は大切ですから、可能な限り詳細な観測データも必要です。そこにこれまで解明された自然法則をルールとして与えることで、より複雑な現象に対する、精緻な未来予測が可能になります。
  自然現象にしても社会現象にしても、非常に複雑なので、これまでのシミュレーションでは、観測された現象の物理的特徴を理想化した単純なモデルを設定することによって解析を行っていました。「理想化された単純モデル」ですから、当然、観測データすべてではありません。複雑極まる自然現象の全体を解析できる能力を持つコンピュータがなかったのです。
  ところが地球シミュレータでは、全地球をこれまで以上の細かいメッシュに区切り、さらに大気と海洋循環を一体のものとして分析することができるようになりました。メッシュとは格子ということですが、要は解像度です。解像度が高ければ高いほど、つまりメッシュが細かいほど、シミュレーションは詳細かつ正確になります。地球シミュレータ以前は、せいぜい縦横100 kmのメッシュにするのが限界でした。これだと台風の目を詳細に解析することはできません。また雲の生成や動きなども抜け落ちてしまいます。地球シミュレータは10kmメッシュ、さらに世界で初めて3.5kmメッシュで雲の生成・変動を直接計算する全地球の気象のシミュレーションにも成功しています。
 こうした超高解像度の解析結果をグラフィックで示すと、人工衛星で見るよりもきれいに大気の動きが再現されています。3次元のシミュレーションですから、台風がどのように発生して、大きくなるかということを、立体的な構造として示すことができます。
  このように、地球現象をまるごと計算できるようなコンピュータが生まれたことで、未来を科学的に予測することが初めて可能になったと言っても言いすぎではないのです。シミュレーションがようやく科学の道具として使えるようになってきたのです。
「未来を観る望遠鏡」──その手がかりが得られたと私たちは考えています。
大気・海洋結合モデル
2003年台風10号の進路・強さ予測シミュレーション結果。左は 5日前の台風の進路予測。右は日本領域の大気・海洋温度を表してい る。(ESC/JAMSTEC)
シミュレーション結果
2003年の台風10号を超高解像度の非静力学・大気・海洋結合モデ ルによってシミュレーションした結果。風向、風力、降水量、海水面温 度などが予測されている。(ESC/JAMSTEC)
東京の異常気象を分析し、実際の気象データとほぼ近い結果をはじき出す
佐藤哲也さん 地球シミュレータが一般の注目を集めるようになったのは、地球温暖化など、文字通り地球規模での今後100年間の環境変化のシミュレーションに利用され、その結果がNHKの番組(*)などで盛んに紹介されたためだと思われます。
  例えば、東大、国立環境研究所などと共同で行った地球温暖化の予測では、2071年から2100年の全地球の平均気温は、1971年から2000年の平均に比較して、3.0℃〜4.0℃上昇すること、同じく降水量は5.2%〜6.4%増加することが予測されました。「東京は現在の奄美大島付近の気温になり、真夏日の日数が100日以上に増える。正月は紅葉の真っ盛り」など、衝撃的なリポートであったために大きな話題にもなりました。
  こうした解析を高解像度のグラフィックで展開したので、世間は大変驚いたのです。しかしこの数値をそのまま鵜呑みにしてもらっては困るということも申し上げたいと思います。このデータには実際のところ、台風や植物の植生の条件が抜け落ちており、それだけ不確実性が残ります。あくまでもこういう条件を与え、こういうモデルでやる時にはこうなりますよ、という結果にすぎないのです。実際、別のチームが違うモデルでやると、温度上昇幅が違ってきます。
  まだ私たちのシミュレーションは進化の過程にあります。未来が遠くなればなるほど、結果は曖昧になります。だからあまりセンセーショナルに扱われると困るのですが、それでもより近いところの予報は正確さを増しているということは事実です。
熱波の到来
2004年7月15日に地球シミュレータが予測した熱波の到 来。下は5日後に観測された気象庁のデータ。高い予測能力を実 証した。(ESC/JAMSTEC)
 2004年の夏は東京でも40℃の日が発生しましたが、全地球のシミュレーションをすることで、こうした異常気象が起こることをかなりの精度で予測できることがわかりました。
  2004年7月15日の観測データを、全地球規模で集めて、地中海、チベット上空、太平洋高気圧など各地の高気圧とジェット気流の関係、日本の山の地形などを全部入れて解析すると、その5日後の7月20日に東京の温度が40℃に達するということが、シミュレーションの結果としてあらわれたのです。まさに実際の当日の気象庁のデータとほぼ同じ結果でした。近い時間でのシミュレーションの精度の高さが実証されました。
  5日間程度の範囲なら、台風の進路や降雨量の予測もかなりの高精度でできるようになりました。メッシュを細かくすれば、現在の観測精度に比べてはるかに正確で、どこに大雨が降るかということが予測できます。地球シミュレータは観測データさえあれば、全地球レベルでシミュレーションができますから、カトリーナのようなハリケーンを含め、世界中の台風予測ができるようになるでしょう。
  地球シミュレータではいま、大気や海洋だけでなく、地球内部の構造の解明にも取り組んでいます。マントル対流(*)と地磁気ダイナモ(*)の関係や、地震発生の予測などを通して、地球物理データから地球の状態を知り、これからどうなるかを予測しようという試みです。
工学、薬学など産業分野や社会動態予測への応用に期待
 地球シミュレータを構想され、導入の中心的役割を担ったのは開発センター長の三好甫さんですが、彼が急逝され、私が完成後、地球シミュレータの研究運営を推進する地球シミュレータのセンター長を引き受けることになりました。それまでは核融合科学研究所というところにいて、プラズマ物理学におけるシミュレーションの研究をしていました。
  実際に地球シミュレータを見たときは、自然界や人間社会のシステム全体を扱えるし、分解能(*)のよいデータも扱えるということで、これなら科学と社会に対する革命を起こすことができるかもしれない、と思いました。私たちシミュレーションを研究してきた人間が、ずっと望んできた装置だったのです。
  地球シミュレータの第一義的な役割は、シミュレーションによって、自然災害からの人類の生命・財産の保全に寄与することで、人と自然の共生とそれによる人類の持続的発展に貢献することです。特に近年の地球温暖化に関する問題意識の高まりによって、先に触れたように、地球シミュレータの地球環境予測能力が脚光を浴びました。これは、私共の研究班と各種研究機関との努力が評価されたということで素直に喜びたいと思います。
  最近では、地球シミュレータの能力をさまざまな研究に生かしたいという企業からの依頼も増えてきました。現在、自動車の衝突実験や、コンピュータを活用した創薬手法の研究、ナノマテリアル(*)などの新材料研究、さらには建物をまるごとシミュレーションして地球温暖化問題・省エネルギー化に対応した環境配慮型の建築や街並みを設計する手法の開発など、種々のプロジェクトが進行しており、私たちはそれらを支援しています。
  これからはさらに、より幅広い科学技術と産業の発展に地球シミュレータを役立てることも私たちに課せられた重要な役割です。
  シミュレーションによってある程度信頼のおける未来が見えてくるようになれば、人間は過去にこだわるのではなく、もっと前向きに未来を見ていけるようになると思います。人間の考え方が、未来発展的なものに変わっていくということです。
  より確かな未来の選択のための道具として、この「未来を観る望遠鏡」をますます活用していきたいと思います。

海外からの見学者向けセミナーの様子
海外からの見学者向けセミナーの様子。地球シミュレータセンターで は、年間を通して様々なシンポジウムやセミナーが行われている。 (ESC/JAMSTEC)

用語解説
*NHKの番組
2006年2月18日放送 「NHKスペシャル 気候大異変」 第1回 「異常気象 地球シミュレータの警告」
*マントル対流
地球内部では、マントルが対流していると考えられている。これをマントル対流と呼ぶ。対流とは、液体の一部が温められると、温まった部分の液体が膨張して軽くなり、上に昇って冷たい液体と入れ替わる現象(水を鍋で温めていると、鍋の中央から水がわき出てくるように見えることがあるが、これも対流)。
*地磁気ダイナモ
地球の外核は溶融した鉄を主とする液体からなり、この導電性の流体の運動が磁場と相互に作用して、地球磁場を維持していると考えられている。これを地磁気ダイナモと呼び、そのエネルギー源は主に、地球の冷却による内核の成長に伴う熱エネルギー及び重力エネルギーと考えられている。
「マントル対流」と「地磁気ダイナモ」については、地球シミュレータセンターの以下ページに詳しく解説されています。
http://www.es.jamstec.go.jp/esc/research/Solid/intro/index.ja.html
*分解能
分解能とは、読み取る事が出来る測定値の最小変化。すなわち、測定方式または測定機器によって決定される測定の細かさの限界(識別限界)。
*ナノマテリアル
十億分の1(ナノ)メートル(nm)というスケールで物質を制御し、そこに新たな機能や付加価値が見いだされた先端材料。代表的なナノマテリアルとしては「カーボンナノチューブ」がある。
プロフィール
さとう・てつや 1939年生まれ。京都大学工学部電子工学科卒業、同大学院工学研究科電子工学専攻博士課程退学。工学博士。東大理学部教授、広島大学教授を経て、1989年より核融合科学研究所教授、同理論・シミュレーション研究センター長。2001年より海洋科学技術センター(現在の海洋研究開発機構)地球シミュレータセンター長に就任。2003年、コンピュータワールド表彰プログラム「21世紀の偉業賞」、2004年、東京ファッション協会・日本ファッション協会「東京クリエイション大賞技術賞」、2005年、ICNSP&APPTC'05「ドーソン国際賞」などを受賞。
地球シミュレータ
1996年(平成8年)7月、科学技術庁航空・電子等技術審議会地球科学技術部会の報告書「地球変動予測の実現に向けて」により地球変動予測研究の推進のために地球シミュレータの研究開発推進が提言された。
1997年度科学技術庁傘下の宇宙開発事業団、動力炉・核燃料開発事業団に地球シミュレータ研究開発予算が認められ、地球シミュレータ研究開発センターを設置し、三好甫センター長(故人)の下で地球シミュレータの開発が開始。2002年3月に海洋科学技術センター地球シミュレータセンターが運用を開始した。
<地球シミュレータの規模と計算能力>
一つひとつの計算機の単位をノードと呼ぶが、1台のノードには8つのプロセッサが入っている。640台あるのでプロセッサの数だけで5,120個に達する。
これらが、ピーク(機械)性能として40テラフロップスという計算能力を示す。テラフロップスというのは、コンピュータの処理速度をあらわす単位の一つで、1秒間に1兆回の浮動小数点演算(コンピュータの計算方法の一つ)を実行できる。地球シミュレータは1秒間に40兆回の計算ができるということになる。
発行/(財)生命保険文化センター   Interview & Writing/広重隆樹   Photo/吉村隆  
Editor/宮澤省三(M-CRUISE)   Web Design/Ideal Design Inc.