いのちを守る
 
 世界ではいま数多くの野生生物が生息域の破壊や乱獲などにより、絶滅の危機に瀕している。なかでも、もともとそこには棲んでいない外来生物が、在来生物を脅かし、ひいては生態系や人間の生活にも悪影響をもたらす問題は深刻だ。日本も例外ではない。侵略性の高い外来生物として、ブラックバス、アライグマ、カニクイザルなどがリストに挙げられている。この問題に取り組む、WWFジャパンの草刈秀紀さんに話を聞いた。
外来生物って何?
 WWFの活動は、森林、淡水生態系、海洋、地球温暖化、さらに有害化学物質の問題まで多岐に及びますが、私は野生生物の問題を担当しています。
  野生生物は、この星の自然環境そのもの。環境が悪化すると、野生生物は姿を消し、時には絶滅してしまうこともあります。これは、私たち人間にとってもかけがえのない地球の自然が、少しずつ、確実に失われていくということです。つまり、地球という星の環境保全のためには、なんとしても野生生物を絶滅から救わなければならないのです。
  世界ではいま数多くの野生生物が、外来生物の侵入によって、見逃すことのできない危機に直面しています。
  外来生物とは、他地域から人為的に持ち込まれた生物のことですが、他地域とは必ずしも外国という意味だけではありません。より厳密にいえばその地域にもともと棲んでいなかった生き物が、その地域に入ってくる場合も、外来生物と呼びます。たとえば、沖縄の西表島には、世界中でここにしかしかいないイリオモテヤマネコという固有種がいますが、もしこれが本土に持ち込まれたら、イリオモテヤマネコ自体が本土の生物にとっては外来生物ということになります。
アライグマ追いし かの山?
 外来生物による被害についてわかりやすい例をいえば、アライグマですね。これはもともと日本には棲んでいなかった動物です。ところが、70年代にテレビ放映された「あらいぐまラスカル」というアニメの影響もあって、日本でもペットとして飼う人が増えてきました。ただアライグマは成長するとけっこうどう猛な動物で、飼いきれないという人も出てきます。それが捨てられたり、逃げ出したりして野生化し、次第に繁殖するようになりました。今では日本全国に生息が確認されていますが、北海道ではアオサギの営巣地(コロニー)を壊したり、農作物への被害も大きくなっています。
  2005年6月から施行された「外来生物法」(特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律)では、アライグマは「特定外来生物」に指定されています。特定外来生物とは、明治時代以降、日本に入ってきた種で、生態系、人の生命・身体、農林水産業に被害を及ぼしたり、そのおそれのあるもののうち、とくに侵略性の高いもののことです。「アライグマは可愛いし、人間にそんなに危害を与えないからいいじゃないか」という人もいるかもしれませんが、狂犬病などの媒介者になる危険性もあり、現在は、飼育、移動、販売、輸入はもちろん、餌をやるのもダメで、見つければ駆除の対象になります。
草刈さん   外来生物がなぜダメかといえば、外来生物が在来生物を捕捉したり、生息地が競合して外来生物が在来生物から食物や環境を奪ったり、また、近い種の場合は交雑することによって遺伝子の汚染がすすむなど、従来の生態系を壊してしまうからです。また、毒ヘビ、毒グモなど毒をもつ生物が人間に害を与えることもあります。人畜共通感染症をもっている可能性もあります。農林水産業への被害も無視できません。
  さらにいえば、日本の文化そのものを破壊してしまう可能性もあるんです。かつて日本の里山の自然は「兎(うさぎ)追いし かの山/小鮒(こぶな)釣りし かの川」と唱われました。いまや「アライグマ追いし かの山/ブラックバス釣りし かの川」になりつつある。それでいいのでしょうか、ということですね。
人の行き来が外来生物をもたらす
 そもそも外来生物が棲みついてしまうのはどういう理由からでしょうか。生物にはそれぞれの種がもつ特有の生息場所があると考えられ、それを生態的地位(ニッチ)と呼びます。通常はちゃんと棲み分けがなされていて、そう簡単には他の生物が棲んでいるニッチを侵すことはできないものです。何らかの事情、たとえば人間が山奥で道路工事をしたためなどの理由で、生態系が破壊され、そこから在来の動物が追い出され、ニッチの空白が生まれることがあります。そこに、外来生物がやってきて、「ここは俺にとっていい棲み処だ」とばかり、棲み着いてしまうことがあるんです。
  交通、貿易などが地球規模に広がるなかで、外来生物は増える一方です。たとえば「バラスト水」の問題があります。バラスト水とは、荷物を積んでいない船を安定させるために積み込む海水のこと。荷物を降ろした時に積み込まれ、到着した港で荷を積む際に捨てられます。水が積み込まれ、捨てられるときは、このバラスト水に含まれている生物も一緒に移動することになります。
  人間の経済活動が知らない内に外来生物を招いてしまっているのです。
  世界各地で外来生物の貝や魚、海藻類が繁殖して問題になっています。日本産のムラサキガイやワカメがアメリカの沿岸に繁殖したり、用水路や排水路に増えて困っているという例もあります。このバラスト水を規制する国際的な条約もできましたが、日本はまだ批准していません。バラスト水問題を研究している研究者に言わせると、日本は最も多くのバラスト水を世界中にばらまいている国で、つまりそれだけ多く、外来生物を世界中にばらまいている国だそうです。
  外来生物の侵略で絶滅した生物は、日本ではまだありませんけれど、沖縄のヤンバルクイナや奄美のアマミクロウサギなどはいま絶滅の危機に瀕しています。世界中では外来生物によって絶滅された固有種の例はたくさんあって、たとえば、グアム島のグアムクイナなどもその一つです。
  一方では、外来生物の根絶に成功している国もあります。イギリスでは外来生物の駆除業者がいて、そのターゲットを根絶したらボーナスを払うという契約をしたところ、根絶に成功したそうです。外来生物の防除では、個体数が減れば減るほど、発見しにくくなります。ただ、少数でも残しておくと再び繁殖する危険性があります。根絶のためには、こういう報奨的な仕組みが必要になるのかもしれません。
Profile 草刈秀紀氏
草刈さん
くさかり・ひでき 1958年熊本県生まれ。81年、日本大学農獣医学部拓殖学科卒業。学生時代からWWF、日本自然保護協会など自然保護団体の会員になる。日本自然保護協会の嘱託職員を経て、86年よりWWFジャパンに勤務。83年から85年までWWFインターナショナルの南太平洋プログラム事務局(当時、シドニー)に赴任。
WWFジャパンとは

WWFは、100 を超える国々で活動する世界最大の自然保護 NGO (非政府組織)。 1961 年に、絶滅の危機にある野生生物の保護を目的としてスイスで設立され、次第に活動を拡大して、現在は、地球全体の自然環境の保全に幅広く取り組んでいる。WWFネットワークの一翼を担うWWFジャパンは 1971年に世界で 16 番目のWWFとして誕生した。

ホームページ
外来生物
マングース(写真提供:青木智裕)
ブラックバス©WWFジャパン
ワニガメ©WWFジャパン
外来生物
ミシシッピアカミミガメcWWFジャパン
アライグマcWWFジャパン
ブルーギルcWWFジャパン
まだまだ手ぬるい日本の法律
 日本でも遅まきながら外来生物法などの法律が整備されてきましたが、日本の場合は、外来生物のなかで危ないものをリストに挙げてそれを「防除していく方式」です。これに対して、オーストラリアやニュージーランドは、外来生物は原則としてすべて移動を禁止する。そのなかで在来生物に影響を与えないものだけを「許可する方式」を取っています。後者のほうが効率的にも優れていると私は思います。
  さらに、ニュージーランドには「外来種110番」という通報・警報システムがあって、たとえば「外来種にあたるペットが捨てられていた」というような報告に24時間対応できるシステムがあります。
  日本でもそういうシステムを作るべきだと思うし、その趣旨を国会の参考人質問で述べたこともあります。もちろん社会的な合意も必要です。お金もかかります。
  WWFの各国支部の活動を見ても、イギリスやアメリカなど100万人を超える会員がいる国もあれば、日本のように4〜5万人にすぎない国もあります。人口比で考えると非常に少ない。野生生物問題についても、たとえ国の取り組みが弱くても、それをWWFのようなNGOがカバーしているところもあります。日本は国もNGOもまだまだ力不足です。
草刈さん  一般に、欧米人は環境意識が高いといわれるのは、産業革命以降、大規模な環境破壊をしてきて、その反省があるからでしょう。日本の場合はそこまではやらなかった。だから逆にいま危機感が十分ではないということはあるかもしれません。たしかに、欧米からみると遅れた感はありますが、しかし、近年は何とかしなければという意識は芽生えてきたと思います。
 
動物トランプで環境教育
 これからの野生生物保護や外来種問題を考えていくうえで、私がとても重要だと思うのは学校や地域での環境教育です。
  私たちは、2006年11月、奄美と沖縄の2つの高校で、外来種問題を学ぶための初のモデル授業を行いました。その授業に使ったのが、WWFジャパンが作成した「ピンチくん」という教材です。トランプの形をしており、それぞれ在来生物26種と、外来生物26種のイラストが描かれています。カードには、外来生物および、その被害を受けている在来生物の生態や特徴などが記載されており、これらの情報を使ってゲームをしながら外来生物について学ぶことができます。
  ヤンバルクイナやクロウサギの生息圏が、人によって移入されたマングースに脅かされつつある沖縄や奄美で行ったこの授業は大変意味深いものでしたが、もちろん外来種問題はこの地域に限ったことではありません。これから全国の学校や地域にも、こうした取り組みを広げていきたいと思っています。
  私自身は、小さいときから生き物を飼うのが好きで、『野生のエルザ』という映画を観て、動物保護官に憧れるという少年でした。大学在学中から、WWFや日本自然保護協会などのメンバーとなって、ボランティアで活動していました。ニホンカモシカによる食害を防ぐために、山林で樹木に1本、1本ネットをかぶせるというような活動をしたこともあります。経歴から言ったら、学生時代をとおして今までずっと、自然保護に関わってきたといってもよいでしょうね。
  日本では、自然保護に興味を持っていても、活動をしている人はまだまだ少ない状況です。だからせめて、お金のある人はお金を、時間のある人は時間を、そして知識のある人は知識を、少しずつでもいいから自然保護のために使っていただけないかとお願いしています。
  法律の整備を促すため国会議員とも話をしなければいけない。科学者と話しもしなければいけない。組織内の会議もたくさんこなさなければいけない。自然を守るためには、むしろ人と人の間に立って動かなければならないことのほうが多いので、けっこうストレスも溜まります(笑)。でもやはり、自然は大切。それを守っていこうという信念が揺らぐことはないですね。
WWFジャパン作成の外来生物をイラスト化した啓蒙用教材「ピンチくん」。
WWFジャパン作成の外来生物をイラスト化した啓蒙用教材「ピンチくん」。

2006年11月、奄美大島・大島北高校にて。奄美大島に生息する外来生物の問題について特別講義をしている草刈さん。
2006年11月、奄美大島・大島北高校にて。奄美大島に生息する外来生物の問題について特別講義をしている草刈さん。
2006年11月、奄美大島・大島北高校にて。奄美大島に生息する外来生物の問題について特別講義をしている草刈さん。 ©WWFジャパン
発行/(財)生命保険文化センター   Interview & Writing/広重隆樹   Photo/吉村隆  
Editor/宮澤省三(M-CRUISE)   Web Design/Ideal Design Inc.
WEB.10 日本の生態系を脅かす外来生物は、文化も破壊する。 財団法人 世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン) 自然保護室 次長 草刈秀紀さん いのちindexへ 閉じる