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介助犬グレーデル、シンシアのトレーナー 矢澤知枝さん  特定非営利活動法人 日本補助犬協会
介助犬は障害者の「できる」ことを増やし、自尊心を高めるパートナー
手足の不自由な障害者と一緒に暮らしながら、生活面でのさまざまなサポートをしてくれる「介助犬」。盲導犬などに比べると日本での補助犬としての歴史は浅いが、現在33頭が活躍している。日本で訓練された“国産第一号”の“グレーデル”、介助犬の法的認知のきっかけになった“シンシア”などを育てた、介助犬トレーナーの第一人者・矢澤知枝さんに、介助犬を受け入れ、共に暮らす社会について、話を聞いた。
障害者の「できること」が広がる介助犬との生活  介助犬は、身体障害者の生活のパートナーとして文字通り、杖や手、指の代わりとなって、モノを取ってきたり、ドアを開けてくれたりする補助犬の一種です。
  介助犬はもともとはアメリカで生まれたものですが、ユーザー(利用者)の緊急時の対応ということが第一の目的でした。車いすから落ちて起き上がれないときや、急に発作に襲われたときに、人を呼びに行ってくれるとか、とりあえず電話機だけでも持ってきてくれるとか、そういう犬がいればいいなというニーズから生まれました。さらに、障害者の自立を支え、ふだんの生活の質を高めるサポート役としても、介助犬の役割は重要です。
  アメリカには常時2000頭の介助犬が活躍しています。これは、アメリカのユーザーがよく言うことですが、家族やヘルパーがつきっきりだと、利用者のプライバシーが保たれない。これが介助犬だと、プライバシーを気にすることなく、一緒に生活できる。そういう面もあります。
  日本人の場合は、在宅介護などを利用していても、人に気兼ねをしてしまうということがどうしてもあります。ヘルパーに何かを頼みたいのだけれど、それを我慢してしまう。これは、私が在宅介護のヘルパーをしていたときの実際の経験ですが、ユーザーの方が好きなテレビ番組を見ているときに、誤ってリモコンを落としてしまい、その弾みでテレビが消えてしまった。ヘルパーの私はそのとき台所で調理に忙しかったので、つい「リモコンを取って」と言いそびれてしまったというのです。
  そんなときにそばに介助犬がいれば、気兼ねなく頼めるわけです。実際に介助犬を利用している方々の話を聞くと、リモコンを拾うというようなほんの小さなことでも、それまでは一人ではできなかったことが、介助犬が手助けしてくれるおかげで、自分が「できた」という感覚を持てるようになるというのです。
  ふだんなら家族やヘルパーに援助依頼をすることを、介助犬が代わりにやってくれることで、人に依頼することが少なくなった。逆に、介助犬を通してであれ、自分ができることが増えた、というのです。
  それが自信につながって、もっと外に出ようという気持ちにもなる。障害者の自尊心が高まるということがあるんです。
介助犬の仕事介助犬の仕事介助犬の仕事
受話器、新聞などを手元へ運んだり、ドアを開けるなど、ユーザーの手となり足となるのが介助犬の仕事。
矢澤知枝さん
リタイアしたグレーデル。2005年14歳の時。
ボール投げなどたくさんの遊びと経験から学ぶ犬たち
矢澤知枝さん
  介助犬を育てるには、まず1歳ぐらいから訓練を始めてその適性を見極めることが大切です。適性の基本的な部分は他の補助犬、盲導犬や聴導犬などと同じ。人なつっこさ、ある程度の落ち着き、何があっても過剰に興奮しないこと、などですね。好奇心が旺盛なことや、ある程度人への依存心が高い方が介助犬には向いていると思います。
  介助犬はユーザーから指示されたものは、部屋の鍵だろうが、携帯電話だろうが、名刺入れだろうが、なんでも口にくわえて持ってこなければなりません。「これは、オモチャじゃないから、ワタシ、くわえたくないな」というのでは困るんです。
  人への依存心がある程度あったほうがいいというのは、たとえば利用者がトイレに立つとその前で待っているとか、お風呂場の前で待っているとか、そういうことが必要だからです。少し「ストーカー気味」ぐらいのほうがいいんですね(笑)。このあたりは犬の性格のようなもので、なかなか訓練では教えきれないものです。
  トレーニングでは、ボール投げなど犬が好きな遊びを通して少しずつ指示語を覚えさせていきます。「ボールを取って来て」が「Take」、「くわえて持ってきて」が「Bring」、「そこで放して」が「Give」というように、指示語には簡単な英語を使います。大人しく座っているときに「Good Sit!」、寝そべっているときに「Good Down!」と声をかけてやると、犬は自分の行為や状態と指示語を関連づけて覚えるようになります。日常動作に言葉をつけて、介助動作に繋げていくというのがトレーニングの基本です。
  それができたら、今度はボールの代わりに、ペットボトルや携帯電話機など、実際に利用者が日常生活のなかで取ってきてほしいものを使って、経験を深めていきます。できるだけ多くの経験を積ませることが大切で、なかにはもちろん失敗もありますが、その失敗を通して犬も学んでいくのです。そのうちその犬の得意な動作が、だんだんわかってきます。一頭一頭、それぞれに得意・不得意がある。それが犬の個性です。この個性を認めてあげることが大切です。
矢澤知枝さん
ジッピー:冷蔵庫閉める
2003年、合同トレーニング中のジッピー。ユーザーの塚本さんと冷蔵庫を閉める指示を出す。ブラッシングが大好き。
ジッピー:日常生活ブラッシング
ユーザーとの相性、必要性のマッチングが大切  犬の中には人混みを嫌がるとか、雷を怖がるとか、エスカレーターにどうしても乗れないなど、不得手な部分をもつ犬がいます。これはある程度までは訓練を通して慣らすことができます。雷の代わりに花火のような音を鳴らし、その後にオヤツを与えるということを繰り返すと、それほど音を怖がらなくなります。
  なかにはどうしてもできない犬もいます。私が属する日本補助犬協会には、もともとオーストラリアで盲導犬として訓練を積んでいた犬が何頭かいます。エスカレーターにどうしても乗れなかった“フレザー”という犬は、盲導犬としては使えないけれど、モノをくわえるのは大好きだから、介助犬ならば大丈夫じゃないかということで、こちらに回ってきました。いわゆる「キャリアチェンジ」ですね。今では介助犬として立派に活躍しています。
  訓練では実際の緊急時の対応をすべて想定することは不可能です。だから、どんなシチュエーションでも自ら考えて行動を起こせることが、介助犬にとっては重要になります。くわえるべきものをわざとゴミ箱の中に入れ、犬に取ってこさせる訓練もします。犬は、中のモノを取りだすために、ゴミ箱を鼻で押したり、倒したり、転がしたり、あれやこれやと考えながら行動します。この「どうしようか」と考えることが大切なんですね。
  ある程度の訓練が終了したら、介助犬を必要としているユーザーのところへ連れて行って、利用者のニーズとのマッチングを図ります。これを私たちは「カップリング」と呼んでいます。犬の得意な作業と利用者の必要としているニーズを合わせる。犬と利用者の性格や相性が合う、合わないということもあります。カップリングがうまく行ったら、今度は個々のニーズに合わせたトレーニングを積み重ねます。利用者の不自由の度合いは人それぞれ違うので、使用者の方に合わせた、いわばオーダーメイドの訓練が必要になります。このオーダーメイドという部分が、盲導犬や聴導犬とは違うところです。
 カップリングから2カ月間の訓練を経て、介助犬はユーザーと一緒に住むようになります。そこまでで、訓練開始から最低でも8カ月から1年かかります。犬は身体障害者補助犬法に基づいて、無料貸与される形を取ります。犬の年齢などを考えるとだいたい12歳ぐらいまで、現役として活躍できるのは約10年ぐらいですね。それ以降は、ユーザーのニーズが変わらなければ、介助を次の代に引き継ぐことになります。
矢澤知枝さん
矢澤知枝さん
介護の現場を知らないと、介助犬を育てることはできない  私はもともと在宅介護のヘルパーをしていました。たまたま私が介護をしていた方が、アメリカの介助犬の話をテレビで知り、「私も介助犬が欲しい」と、募金を働きかけてアメリカに渡り、介助犬を貸与されて帰国するということがありました。私は彼女のヘルパーですから、その募金活動についていったりして、介助犬の存在を知りました。
  その後、アメリカのADA法(障害をもつアメリカ人法)の成立に尽力された方の家にホームステイしながら、アメリカで福祉の勉強をする機会に恵まれました。これもたまたまなんですが、その近所に介助犬の訓練施設があり、ボランティアでトレーナーをしてみることがありました。帰国後、本格的に介助犬のトレーニングをするようになるんですが、ふつうのペットとして犬を飼った経験はあったものの、犬の訓練の専門家ではないので、自分のような素人が介助犬を育てていいものだろうかとずっと思っていました。
 ただ、介助犬というのは、警察犬などと違って、在宅障害者がふだんどういう生活をしていて、どういうことに困っているのかを知らないと、なかなかその訓練はできないんですね。私は犬の専門家ではないけれど、在宅障害者の生活については多少は知っている。そのことが励みになりました。
  国産第一号になる“グレーデル”を育て上げたときは、もう犬の世界から足を洗おうと思っていたんですが、すぐに“シンシア”がやってきて……。いつも、この犬で最後と思いながら続けているうちに、育てた犬が7頭にもなり、うち5頭が正式認定介助犬として今でも活躍しています。シンシアは2005年に亡くなりましたが、グレーデルは現役こそ引退したもののまだ元気です。
犬がいれば人が集まる。介助犬と利用者を支えるネットワーク
矢澤知枝さん
  介助犬が欲しい、彼らに支えられながら、障害者としての自立した生活を営みたいと考えている方はたくさんいらっしゃいます。ただ、なかには「自分自身が障害者なので、犬のトイレとか給餌とか面倒をみることができない」と思って諦めていらっしゃる方も多いと思います。
  でも諦める必要はないんです。たとえばドッグフードを器に盛るまでは、たしかに家族やヘルパーの手を借ります。けれども、「食べてもいいよ」という指示を犬に出すのはあくまでもユーザーです。こうした介助犬とユーザーの関係を基本としながら、それをサポートする周囲のネットワークを作ればいいんです。
  他にも、犬の散歩やシャンプー、獣医さんのところに連れて行く人など、さまざまなボランティアが必要になります。ですから、私たちは、1頭の介助犬が貸与されたら、その地域でボランティアを募って、犬を支えるネットワークを作るようにしています。1頭の犬にボランティアが12人もついているというケースもあるんですよ。犬を支えるつもりで行った人が、障害者の生活の実態も知ることができるというように、犬を介したボランティアの広がりが私は重要だし、面白いと思います。
  日本人って、街角やスーパーで障害者に出会っても、気軽に声をかけることが少ないですが、そこに犬が1頭いると、不思議と声をかけてしまうということがあると思います。犬に「可愛いね」と声をかけるなかから、障害者の暮らしぶりがわかる。犬がいれば人が集まる、というのかな、そういうのも補助犬の効果の一つじゃないでしょうか。
  さらに、犬の世話をすることで、障害者の身体機能のリハビリ効果や残存機能を維持できるという医療的な有用性も注目されています。脳に障害が残っている方が、これまでは車いすに乗ってテレビを見るだけの生活だったのが、介助犬が家にやってきて、彼らの動きをよく見るようになり、それが脳のリハビリになっているという方も実際にいらっしゃいます。犬とボール投げで遊ぶだけでも肩こりがなくなったという方もいますね。
  介助犬だけでなく、家庭で飼うペットもそうですけれど、人と動物の共存ということはとても大切なことだと思います。介助犬は人と共存しながら、人を助けて働く犬です。彼らを街で見かけたら、ぜひ温かい愛で見守ってほしい。サポートできることがあったらちょっと手助けしてあげて欲しいと思いますね。
日本補助犬協会ホームページより
日本で唯一、3種類の補助犬(盲導犬、聴導犬、介助犬)を育成している団体です。
そして、事業の運営資金は、賛助会員費、ご寄付、募金、チャリティーグッズの売上などに支えられています。
補助犬同伴可ステッカー 募金箱には多くの皆様のあたたかな気持ちがいっぱいつまっています。
そんな募金箱を設置していただけるお店を探しています。
募金箱 日本補助犬協会の運営費はサポーター(賛助会員)による寄付・募金などによって賄われている。ステッカーは、一般会員、特別会員、法人会員へ会員証などと共に渡されている。

 
 
矢澤知枝さん
Profile
Name : Tomoe Yazawa
37歳。日本における介助犬育成の草分け的存在であるドッグ・トレーナー。90年に自立生活センターに入社し、介護福祉士としてのキャリアを積む。2002年日本補助犬協会に参加し、育成事業に携わるようになる。その後、国産初の介助犬“グレーデル”を始めとし、“シンシア”、“ワカ”、“ボンゾ”を育成するなど、歴史の浅い日本の介助犬育成事業で中心的役割を果たす一人。2000年には、米国における介助犬の調査研究のため渡米。2003年12月には、東京都初の介助犬となる“ジッピー”を誕生させた。現在では、介助犬訓練の合間をぬって、他のメンバーとともに実際の盲導犬や訓練犬等を用いた補助犬受け入れセミナーや講演を各地で展開。著書に『犬にはわかる──介助犬トレーニング』(誠文堂新光社)がある。
Column/Keyword
●補助犬
2002年10月に施行された身体障害者補助犬法では、目の不自由な人の歩行の手助けをする「盲導犬」、身体の不自由な人の生活に必要な動作を介助する「介助犬」、耳の不自由な人に音を知らせる「聴導犬」の3種を補助犬として定義している。補助犬法では「公共施設・交通機関、不特定多数の人が利用する施設などは、補助犬の同伴を拒んではならない」としており、法制定を機会にこれまで以上に補助犬を受け入れる体制作りに取り組む公共機関や施設が増えている。
ちなみに、アメリカでは「障害をもつアメリカ人法(Americans with Disabilities Act;ADA法)」、イギリスでは「障害者差別禁止法」などの法律の中で、公共施設、公共交通機関の補助犬を伴っての利用が保障されている。

●補助犬の訓練士
盲導犬、聴導犬、介助犬は各育成団体が資格を与えている。各育成団体では、訓練士統一養成基準を作り、共通の資格試験を始めている。
発行/(財)生命保険文化センター
Interview & Writing/広重隆樹
Photo/福里幸夫
Editor/宮澤省三(M-CRUISE)
Web Design/Ideal Design Inc.