WEB.06 いのちを守る 一人でも多くの人が光を取り戻すために 献眼・移植のシステム構築と再生角膜・人工角膜を先導する
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角膜移植とは、外傷や感染症、遺伝的疾患などにより病気になった角膜の、表層や全体を入れ替えること。死後提供される眼球から角膜を取り出し、それを患者に移植する技術は発達しており、全国のアイバンクで移植のためのコーディネイトが行われている。角膜移植で実績のある東京歯科大学市川総合病院には、角膜移植研究やアイバンク機能をもつ角膜移植センターが付属している。センター長の篠崎尚史さんに、日本の角膜移植の現状と課題を聞いた。
一人の看護師が、「献眼」の意識を変えた  角膜移植をすれば視力が回復するという患者さんが日本にもたくさんいます。日本アイバンク協会がまとめている数字だと全国のアイバンクで待機している登録患者数は年間約5000人。しかしこれがすべてではない。年間で2万2000件から2万3000件ぐらいの潜在的な角膜移植希望者がいるのではないかと、私たちは推定しています。
  実際の角膜移植手術は、日本国内で提供された角膜を使った手術が年間1400例程度です。さらに海外から角膜を輸入して行うものが1300例ほどありますから、単純計算で年間2700例程度ということになります。つまり、年間2万人程度の患者さんが、手術の機会を失っているのです。その理由はアイバンクに角膜を登録される、つまり献眼する方が少ないためです。
  なぜ、日本では角膜を提供する人が増えないのだろうか。私もこの仕事を引き受けるとき、日本では献眼が少ないからアイバンクの運営は難しいという話を方々で聞きました。日本人は仏教や儒教の影響で、献体、献眼という発想が弱いのだという意見もありました。しかし、キリスト教国でも米国以外はそれほど献眼は多くはありません。しかも、アイバンクや角膜移植の先進国といわれる米国でも1970年代初頭は全米で5000眼程度だったというのです。
  米国もその頃までは、アイバンクの登録というと提供者からの電話を待ち続けるという受け身の方法でしたが、あるとき、シアトルのアイバンクに大病院から看護師さんが転職してきて、献眼の受付を担当することになりました。1ヶ月もすると彼女はその仕事にとても耐えきれなくなりました。なぜなら、角膜移植を希望する患者さんはどんどん増えているのに、献眼数がまったく足りないからです。
  献眼というのはどなたかが亡くなって初めて実現する行為です。彼女は病院に戻って、誰かが亡くなったときには私に知らせてくれ、そして献眼について遺族と話をさせてくれと頼み込みました。彼女の姿勢を理解する病院があって少しずつ献眼数が伸びていきました。また実際に角膜が移植されると、患者さんはもちろん、ご遺族も大変喜ぶということがわかりました。
  積極的に献眼を呼びかけ、遺族に働きかける、つまりよりアクティブなコーディネーションの手法が全米に広まり、瞬く間に献眼数が3万にまで伸びていきました。しばらくはそれが上限数だったのですが、それは眼の摘出が当時は眼科の医者しかできなかったためです。その後、米国ではアイバンクに技術者を養成し、その技術者が摘出手術を行う体制を整えることで、現在の9万を越える数まで伸びてきたという事情があります。
  今では提供されながら、実際には移植されない角膜もあり、それら余った角膜は医師や医学生のトレーニング用に、あるいは米国外への輸出用に使われています。
  日本 アメリカ
1963 180 4,000
1966 476 6,000
1971 215 10,000
1976 626 12,000
1981 1427 30,000
1986 1644 61,000
1991 1621 82,000
1996 1748 92,162
2001 1633 92,578
日本における献眼数
 米国での事例は、日本でのアイバンクの運営について、私に大きな示唆を与えてくれました。10年前に私が「アイバンク・コーディネーター」という名刺を配ると、「何をするのか。旅行でも連れて行くのか」と言われたものです。今はヒトの組織や臓器の提供について一般の方の知識も増えましたが、まだ十分とは言えません。
  あらかじめ献眼の意思がある方ならば、それは比較的スムーズに移植につながるわけですが、それだけだとなかなか献眼数は増えません。しかし、万一、ご不幸にしてどなたかが亡くなられたという情報が私に来たときに、私が「献眼を通して、ほかの患者さんのお役に立つという方法もありますよ」とお話させていただく機会をいただければ、献眼はもっと普及するはずです。
  私たちの東京歯科大学市川総合病院では、病院のルールとして、入院されている患者さんが亡くなった場合に、角膜提供の可能な症例であれば、主治医の判断ですべて角膜センターに連絡をするような仕組みになっています。その連絡を受けて、私たちがご遺族に接触して献眼の話をさせていただくと、約21%の方が献眼を希望されるというデータが得られました。5人に1人ということで、これは大変大きな数字です。
  こうした連絡の仕組みは、「ルーティン・リファーラル」と呼ばれ、米国では州法レベルでそれを義務づけているところがあります。日本でも、病院とアイバンクの協力体制ができれば、けっして献眼をしない国民性なのではないということが証明されたわけです。私たちのやるべき方向性はこうして見えてきました。
  しかし、アイバンクやそこに常駐する移植コーディネ−ターは、高い倫理観と知識を持つプロフェッショナルでなくてはなりません。これまでのアイバンクは、眼科医におんぶにだっこのところがありました。眼科の先生は忙しいですから、献眼にあたっての遺族のケアまではなかなか手が回りません。それをきちんとフォローするのは、移植コーディネーターの役目です。医学的な知識だけでなく、メンタルケアの心理学を学んで、経験を積んだ、プロフェッショナルなコーディネーターが必要不可欠なのです。
  大切な人を亡くして、悲しみのどん底にいる遺族の気持ちを完全に埋めることは誰にもできません。しかし、もし亡くなった方の眼が、目の病気で苦しんでいる患者さんに移植され、その後の人生を明るくすることができるのだとわかれば、ご遺族の悲しみは少しは和らぐのではないでしょうか。また、誰とは言えないけれども、亡くなった方の眼をいただいて、実際に元気に暮らしている方がいることを知れば、遺族のお気持ちも晴れることがあると思います。
  米国で献眼・移植が成功しているのは、角膜を提供されたドナーファミリーや、移植を受けた患者さんと、アイバンクが積極的に交流をもっていることがあげられます。私たちも、毎年「目の愛護デー」のときにドナーファミリーの集いを開いており、それが今年で9年目になります。
  一方、患者さんの会には350人が登録しています。その集いには、眼科医の先生はもちろん、私たちの活動を支援してくれているライオンズクラブや企業の方も集まっていただきます。いつも涙なしでは終われない感動のイベントです。これらの方々とのおつきあいは、これからもずっと続いていくと思います。
  そういう心の交流があるのだということを知っていただくだけでも、献眼に対する意識は変わると思います。私自身、ご遺族、患者さんの心の面に触れられることができたのが、この仕事して一番よかったことですね。いま、世の中の仕事でいわば顧客と一緒のつきあいができるという仕事はなかなかないと思います。
ドナーや患者の心に寄り添うこと
年度 献眼数
1996(H.8) 1,748
1997(H.9) 1,990
1998(H.10) 2,005
1999(H.11) 1,805
2000(H.12)
1,638
2001(H.13) 1,633
2002(H.14)
1,759
2003(H.15) 1,650
2004(H.16) 1,655
2005(H.17)
1,681
日本における献眼数
  献眼数
1996(H.8) 30
1997(H.9) 48
1998(H.10) 50
1999(H.11) 63
2000(H.12)
77
2001(H.13) 69
2002(H.14)
65
2003(H.15) 66
2004(H.16) 80
2005(H.17)
106
角膜センター・アイバンク年度別献眼数
角膜の一部を人工的に移植・再生することが可能に  私たちの角膜センターの活動には、角膜移植についての啓発活動もあります。献眼では、亡くなった方の生前の意思がまず重要です。突然亡くなって、知らない人がやってきて、献眼の話をされても遺族はびっくりするばかりです。生前に一度でもいいから、家族の間で献眼や臓器移植の話をされていれば、状況はずいぶん違います。もちろん「献眼したい」というだけでなく「献眼なんていやだ」ということでもいいのです。そういう話を一度、家族の間でしてみてください。それが献眼への意識を高める第一歩になります。
  献眼などの生体組織や臓器移植についての社会的な啓発活動も重要だと私は考えています。たとえば、いま日本の法律では、小さな子供の心臓移植は認められていません。海外で移植手術をする例もありますが、ごく一部です。大変な費用がかかり、多くの支援で実現していますが、それが美談のように語られる。それで果たしていいのだろうかと思うことがあります。国内では子供への臓器提供を禁止していながら、海外での移植を受けるのはかまわない。これでは国際的なフェアネスの観点からは批判を受けても仕方がないと思います。
  いま腎臓透析費用が直接医療費だけでも1兆3千億円以上かかっています。腎臓移植がもっと進めば、そうした状況も改善されるのです。
  角膜センターには研究部門もあり、文部科学省のバイオベンチャー研究事業の指定を受けて、主に再生角膜の作成と移植に関する研究に取り組んでいます。当センターでは、世界で初めて角膜上皮の種にあたる幹細胞を発見しました。その移植と再生にも成功しています。従来の角膜移植では治せなかった病気が、この新しい技術で治せるようになりました。
  角膜全体を人工角膜で置き換えるのは難しく、あと20年はかかると思いますが、角膜の一部を置き換えることはすでに始まっており、臨床研究段階を終えて、きちんとした医療行為として日常的に行われるのも間近です。この分野では私たちの研究は、世界のトップレベルに達していると思います。
国内角膜移植件数累計
(1963年度〜2002年度まで)
42325件
日本における国内ドナー角膜による移植数
日本 アメリカ
年度 献眼数 移植数 国外角膜 米国内での献眼数 米国内での移植数 国外角膜
1990(H.2) - - -   40,631 2,725
1991(H.3) - - -   41,393 3,684
1992(H.4) - - -   42,377 4,448
1993(H.5) - - -   42,469
5,042
1994(H.6) - - -   43,743
6,517
1995(H.7) - - - 48,332
44,652
7,440
1996(H.8) 1,748 1,676 - 46,045
46,300
9,043
1997(H.9) 1,990 1,748 - 45,696
45,493
8,283
1998(H.10) 2,005 1,716 759 47,889
47,425
9,718
1999(H.11) 1,805 1,590 896 48,122
48,623
12,745
2000(H.12) 1,638 1,520 1,127 47,796
50,197
13,689
2001(H.13) 1,633 1,428 1,149 46,729
51,305
13,497
2002(H.14) 1,759 1,477 1,160 46,860
51,111
13,881
2003(H.15) 1,650 1,416 1,199 44,560
50,063
14,196
2004(H.16) 1,655 1,375 960 45,709
51,784
14,735
2005(H.17) 1,681 1,380 - 42,649
48,474
12,377
 私はもともと眼科医ではなく、生物学を専攻していました。父が日光の両生類研究所というところで、サンショウウオなどの研究をしており、小さいときから私もそれを見ていました。イモリはどこを切っても生え変わるということはご存知だと思いますが、すべての組織が再生するのはなぜか両生類だけなんですね。私はそのことに関心を持ち、米国で発生学、日本で遺伝子学を勉強しました。
 角膜センターへの異動は、親友の坪田一男先生(角膜センター研究部長、慶応大医学部教授)より請われたからですが、もともと専門が生物学なので、ここの研究施設を借りて臓器再生の研究も同時に進めています。最終的には網膜を再生するのが夢。これは私のライフワークのつもりです。
 日本のアイバンクは昭和30年代に始まっていますが、大学付属、財団法人、地方自治体が医師会と協力して運営している任意団体と、大きく3つに分かれています。いま大きな制度改革が求められている時期です。
 とりわけその運営面では大きな改革が必要だと考えています。アイバンク運営の費用は、角膜自体は無償でもさまざまな実費がかかりますから、現状では1眼あたり移植を行うと27万円の赤字。やればやるほど赤字という状態です。私たちは研究活動をしたり、眼科医のボランティアやさまざまな寄付をいただきながら、かろうじて運営しているというのが現状です。大学の付帯施設ということで、その支援も受けられるためなんとかやっていけますが、それを全国のアイバンクでやろうというのは無理があります。やはり社会的仕組み、医療制度の見直しを通したバックアップ体制の確立が急務だと思います。
網膜再生を最終ゴールと定めて突き進む
【アイバンク】
  アイバンクとは、角膜移植によってしか視力を回復できない患者のために、死後、眼球を提供することに本人または遺族の同意を得て、移植を待つ患者に斡旋する公的機関のこと。日本でのアイバンクは、厚生労働大臣の許可を受けて運営される。

【献眼】
  アイバンクに眼球を提供することを献眼と言い、誰でも行うことができる。献眼するには、死後、遺族から最寄りのアイバンクに連絡すればよい。自宅でも病院でも構わない。献眼の処置に約1時間かかる。摘出後、義眼をはめてくれるので外見上の変化はない。
  献眼に事前の登録は必要ないが、アイバンクに献眼登録を行うと登録証が発行され、これを携帯することで自らが献眼の意思があることを示すことができる。

角膜
角膜とは眼球の一番前に位置している直径11.5mmから12.0mmの透明な膜のことです。これが病気やケガなどで混濁すると光を通すことができなくなり、視力が低下します。(角膜センターによる解説から)
篠崎尚史(しのざき・なおし)
プロフィール
篠崎尚史(しのざき・なおし)

東京歯科大学市川総合病院角膜センター・センター長。株式会社バイオリンク代表取締役。1983年州立ケンタッキー大学理学部卒業後帰国し、日本両生類研究主任研究員となる。2000年東京歯科大学眼科講師を経て、東京歯科大学市川総合病院角膜センター長(現職)に就任。その他現在、杏林大学医学部眼科学非常勤講師、厚生労働省厚生科学審議会委員、 米国アイバンク協会(EBAA)医学基準委員及び国際部委員に従事。

●東京歯科大学市川総合病院角膜センター

●角膜センター・アイバンク
   ドナーホットライン(24時間対応):047-324-1010

●財団法人日本アイバンク協会
   ※全国のアイバンクを探すことができます。

発行/(財)生命保険文化センター
Interview & Writing/広重隆樹
Photo/吉村隆
Editor/宮澤省三(M-CRUISE)
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