WEB.05 やるべきことは少なくない 21世紀の「TUNAMI」防災最前線
津波研究者(独立行政法人港湾空港技術研究所・津波防災研究センター長)
高橋重雄さん
22万人以上の死者という、観測史上最大の津波被害となった2004年のインド洋大津波。 その記憶もさめやらぬうちに、2006年7月にはジャワ島を襲った津波で1000人近い死者が出ている。 津波研究の先進国と言われる日本が、津波から人命を守る研究のために世界に寄与できることは何か。 そもそも、日本の津波研究は今どこまで進んでいるのか。 最前線の研究者に話を聞いた。
「TSUNAMI」が世界語になったワケ
 2004年12月に発生したスマトラ島沖地震によるインド洋大津波被害。現地の様子を伝える外国語のニュースによく「TSUNAMI」という言葉が使われていたことをご記憶の方も多いでしょう。「TSUNAMI」はもちろん日本語の「津波」で、今や世界共通語になっています。
  今から百年ほど前の1896(明治29)年に明治三陸津波が発生しました。もちろん当時でも、津波について村の古老が伝えるような伝承はあったのですが、まだ科学的知識はほとんどない時代です。堤防もなければ予報ももちろんない。津波に対する防災体制もまったく整っていなかったのです。そのため三陸地方で約2万人以上におよぶ被害者が発生し、日本近代では最大規模の自然災害として記録されています。
  その甚大な被害は当時、世界中にニュースとして伝えられました。そのときに日本語の「津波」を「TSUNAMI」としてそのまま使ったため、以後、この言葉が世界共通語として定着したのだと言われています。つまり、「TSUNAMI」は、悲惨な被害体験を背景にした、先人たちの血がにじんだ言葉ということが言えるのです。

スリランカ・ハンバントタ海岸  私は先のインド洋大津波の跡を実際に現地調査しましたが、跡形もなく家々が波にさらわれた被害現場に立ちながら、「これは百年前の日本と同じだな」と思ったものです。もちろんアジア地域でも津波の知識は専門家レベルでは共有されています。しかし、一般の人にまで深く浸透しているとはいえません。被災地では防災の準備も不十分でした。
 日本の経験や科学としての津波研究、さらに防災体制の知識をもっと広く世界に伝え、広めていくことがますます必要だと、自分たちの使命をあらためて痛感したものです。
▲2004年冬のインド洋大津波の被害を受けた、スリランカ・ハンバントタ海岸。高橋氏は被災直後に現地入りし、被害の甚大さを目の当たりにすると共に、よりビジュアルに情報を伝える、研究者としてのあらたな課題を痛感したという
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シミュレーション技術が3分以内の津波警報を可能にした
高橋重雄さん  日本の津波研究が世界の先端を行っていることはよく知られています。地震大国の日本では、もともと津波の発生元である地震の研究が進んでいました。どのような地殻変動がどのような津波を生むかという研究、津波の発生予測、津波被害の調査、また沿岸防災や避難態勢までを含む総合的な津波研究の蓄積があります。
  防波堤などを構築するハードの技術も日本では確立されています。これは津波だけでなく、台風や高潮などの発生も含めた総合的な沿岸防災技術の一環として取り組まれているものです。もちろんこうしたハード技術は一朝一夕にできあがったものではなく、古くは1959(昭和34)年の伊勢湾台風や、翌年のチリ地震津波、近年では1983(昭和58)年の日本海中部地震、1993(平成5)年に奥尻島を高さ30mの津波が襲った北海道南西沖地震など、いくつもの苦い教訓を経て徐々に整備されてきたものです。

 ソフト技術も非常に高いレベルにあります。地震が起こると、それに伴う津波の発生のある無し、さらにその「危険度」を伝える警報が、気象庁から3分以内に発せられるシステムができあがっています。気象庁には10万件におよぶ地震・津波がデータベース化されており、それらをもとに新しい津波の発生をシミュレーションする技術があります。地震による津波の伝播を数値計算する技術は今や完成の域に近づいているといってもよいでしょう。
「狼少年」と言われないために。GPSを駆使したリアルタイム予測の研究
 しかし津波警報に限らず、災害警報というものは一般に、セーフティサイドに立って発せられるものです。つまり可能性のうち最悪の危険性を伝えるわけです。ですから「3mの津波」という警報が出ても、実際は「50cmしかなかった」というのはよくあるのです。これが度重なるとどうなるでしょう。
  実際にこの前も和歌山県であった話ですが、「1mの津波」という警報を前にして、人びとは避難せず、海岸までそれをわざわざ見に行った人もいたということです。
  「狼少年」の話じゃないけれど、「予報はいつも大げさだ、そんな大きなものが来るわけがないよ」と、タカをくくってしまうんですね。そのときも実際は50cm程度の津波でしたが、もし本当に1mの津波が来てまともに巻き込まれれば、沿岸にいた人たちの何人かは亡くなっていたかもしれません。
  こうした事態に対してはどうすればいいのか。私たちは、津波警報の精度をもっと高め、より信頼性を高めなくてはならないと考えています。つまり、「狼少年」と言われないような、より正確な直前の予知・予測技術です。 そのための方法の一つに、津波を沿岸部ではなく、沖合で観測するという方法が研究されています。沖合10〜20kmにブイのように浮かべたGPS波浪計を使い、そこを通る津波の高さと伝播の方向を計測します。沖合で測れば、海岸に津波が到達する前に、より精度の高い予測ができるようになります。これらは津波のリアルタイム予測と呼ばれ、津波防災研究センターでもGPS波浪計を試作して実験を重ねているところです。
  もう一つは「津波ハザードマップ」です。一定規模の津波が来た場合、どの地域がどの程度浸水するかを地図にしたものです。この地点では津波が来ると、どこまで水が来ますよ、浸水度の高いところでは逃げましょう、というわけで、これはすでに実用化されています。
  しかし現在のハザードマップでは、浸水の度合いはわかるけれど、それが具体的にどういう危険をもたらすかまでは、なかなか実感できません。家ごと流されるのか、ただたんに水が入ってくるだけなのか、被害の程度が想像しにくいんですね。

GPS津波システム
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GPS津波計
▲沖合にGPSを搭載した津波計測機を浮かべ、津波が沿岸に到達する前に詳細情報を陸上に送るシステムの研究が始まっている。津波の高さを1cm精度で観測することが可能になる
津波被害を視覚的に理解する「動くハザードマップ」づくり
ハリケーン・カトリーナの高潮調査  インド洋大津波を視察して、私はあらためて強い衝撃を受けました。建物の破壊規模は大きく、家という家がすっかりなくなっている地域もあります。津波では、家も壊れるし、ときには車も流れてくる。石油タンクが流されて石油が漏れれば、あたりは一面火の海になります。
  スマトラ現地では観光客などが撮ったビデオも見せていただきました。その一部は日本のテレビでも放映されましたが、あらためて津波の浸水スピードや建物を破壊するさまがよくわかります。
▲ハリケーン・カトリーナの高潮災害の調査、ロングビーチからほど近いビロキシにある橋が高潮と高波によって大きな被害を受けた

ハザードマップ
▲津波が起こったときの浸水の状況や避難経路などを示すハザードマップが、各地で作られている。しかし、静的な地図から具体的な危機感を読み取るのはけっして易しいことではない。研究所ではより視覚的な「動くハザードマップ」づくりを構想している
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 そこではたと気づいたのが、われわれ技術者はそのビデオのようにリアルでビビッドな生々しい情報を、これまで伝えきれていただろうか、ということでした。本音で言うと、私自身、かつては津波の研究は終熄に向かっていると考えていたこともあります。予報もできるようになったし、ハザードマップも作った。先輩の研究者にもよく「おまえら、もうやることないな」と言われたものです。
  しかし、現実に起こったことを伝える、あるいはそれをベースにして、よりリアルな防災対策を作り上げるということについては、まだまだ不十分で、やるべきことがたくさん残されていると思うようになったのです。しかも、今は画像をデジタル化して編集するなど、情報をより視覚的に扱う技術が進歩しています。それを使わないで、たんなる紙のハザードマップだけで事足れりとするのは、早いのではないか、と。
  日本の沿岸部には地域防災の一環として浜辺に避難場所を設置している住民組織もあります。しかし彼らが拠り所にしている情報は、やはり1枚のハザードマップなんです。よりビジュアルな、紙だけでなくさまざまなメディアを駆使した「動くハザードマップ」をつくる必要がある。そのためには、私たちの津波シミュレーション技術をもうワンランク、ステップアップする必要があると考えています。
現地で見たことをわかりやすく伝える専門家の役割
 私自身のテーマは、もともとは「波による構造物の破壊」の研究です。運輸省の技官として港湾技術研究所の防波堤研究室というところに配属されたのが、津波の研究を始めたきっかけでした。流体力学や水理学を基本に、さらに構造物の設計、構造力学や地盤工学などの知識も必要になります。 7月のジャワ
▲7月にジャワを襲った津波もいち早く現地調査した

スリランカのカハラで  これまでたくさんの台風や高潮や津波被害を見てきましたが、印象に残っているのは1991年に周防灘を襲った18号台風。現地に行って漁師の方々の話を聞きました。その港には5mの高さの護岸防波堤があるのですが、そのとき漁師さんの一人が「いつもは邪魔だなと思っていた防波堤もたまには役立つことがあるんだな」と、ぼそっとおっしゃったのが忘れられません。われわれの沿岸防災研究も、こうやって着実に役立っているんだと、私自身が実感した瞬間でしたね。災害はいつくるかわからないし来ないかもしれない。でも、来てからでは遅いからこそ、最悪の状態を予想した防災対策をする、それに終わりはないということです。
▲スリランカのカハラで列車が津波で転覆して多くの人がなくなった場所。
政府調査団で行ったときには、線路は復旧していたが被災した列車がおいてあった

 防災意識を高めるためには、市民と行政が被害のイメージを共有することが必要です。災害現場の悲惨さを見て、初めて対策の重要性を認識することができます。とはいえ、誰もがそう簡単に現地に行けるわけではありません。だからこそ、われわれのような専門の研究者・技術者が、まず現場に足を運ぶことが大切で、そこで見たものを人びとにわかりやすく伝えることが重要になります。 スリランカのゴールで
▲インド洋津波で多くの死者を出したスリランカのゴールで子どもたちと

 当研究所では、地震や津波が発生したら24時間以内に誰かが現地に飛べるようにしています。たんに現地を見るだけでなく、できれば復旧のお手伝いもしたいと思いますが、救助の専門家ではないですから、少なくとも救助活動の邪魔にならないように、みなさんのお役に立つようにと心がけています。
 こうやって蓄積した津波防災の知識を、国際会議などを通して情報交換し、また世界の津波防災の専門家を養成するために教育研修の場を提供することなども、私たちの研究所の役割です。この分野で日本が世界に貢献できることはまだまだ多いと思います。
高橋重雄さん 【プロフィール】
高橋重雄(たかはし しげお)

1951年生まれ。工学博士(東京大学)。1973年に運輸省に入省、港湾技術研究所の防波堤研究室(後に耐波研究室)に勤務。専門は、波と構造物・地盤、海のエネルギー・安全・親水性など。現在、神奈川県横須賀市にある独立行政法人港湾空港技術研究所・研究主監。同研究所内に2005年2月に発足した津波防災研究センター初代センター長を兼任。同センターは以前から研究所にあった高潮・津波研究室を改組したものだが、2004年12月26日に発生したインド洋大津波を契機にした、津波研究の高度化を求める国際的なニーズの高まりを受け、その役割が期待されている。地震発生から津波襲来までにどれだけ犠牲者を最小限にとどめられるかを目標にさまざまな研究が進められている。国内外の津波、台風、高潮のほか、2005年には米国のハリケーン「カトリーナ」被害の現地調査も行った。また、最近発生したインドネシアのジャワ島沖津波の緊急調査も行っている。なお、現在土木学会の海洋開発委員会委員長、長岡技術科学大学客員教授。
発行/(財)生命保険文化センター
Interview & Writing/広重隆樹
Photo/吉村隆
Editor/宮澤省三(M-CRUISE)
Web Design/Ideal Design Inc.
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