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WEB.03 いのちを守る 「眠れない、眠らない」子どもたちに寄り添って  児童福祉運動家・「夜回り先生」     水谷 修さん
 夜の街を徘徊し、不良行為や薬物中毒、ときには売春に手を染める少年少女たち―。孤独な夜の部屋に引きこもり、果ては自らの命を絶とうとする子どもたち。そんな若者たちに寄り添ってきた一人の教師。街頭で、電話で、メールで、彼らの話を聞き、過去をでなく、未来を一緒に見つめようとしてきた。
「子どもは花の種。花は夜咲くのではなく昼に咲くのだ」という信念の下に。
 「今日ここに来る前にきれいな花を見つけた人、手をあげて」。「最近、親や先生に叱られた人は?」、「テストの結果が悪くて叱られた人、お母さんがそのテストをやってみて自分より点数が高かったら叱ってもいいと言いなさい」。講演写真 東京・大田区立大森十中での講演会。
 思いあたるふしのある親たちの失笑や、わが意を得たりと、笑いながらどんどん顔が明るくなる生徒たち。
 「いいか。よく覚えておけ」。よく通ったハリのある低い声は、静かに、そして流れる川のように語りかける。これからの日常で何気なく襲いかかる「罠」と、そのときが来たらどうすべきなのかを忘れないようにと―。
 「いいか、どうしても先輩の誘いが断れなかったら、最後は『お母さんに叱られるから行かない』と言って大通りへ逃げろ。これでいいんだ。忘れるなよ」。
 「夜の街がきれいだと思う者は、朝行ってその正体をよく見てみるんだ。偽者の美しさと本物とを見分けられる人になれ」。「女の子の身体を狙い、薬の買い手を求める“夜の世界”にとっては、お前たちは大切なお客さま。だから夢のように居心地がいいと思うのは最初だけ。あとは地獄が待っているんだぞ」。
 そして、その“夜の世界”に迷い込み、若くして薬物中毒やエイズで亡くなった「たかし」「まさふみ」「あい」の3人の若者たちの生と死に、会場は水を打ったように静まる。
 「新聞の切り抜きを持ってきて、『オレは薬物依存症なんだから、ここに書いてある専門の病院に連れて行って。先生! 治療したいんだ』と言ってきた“まさふみ”に、“オレがこんなに愛してやってもダメなのか”という思いから『来週な』と冷たく返事をしてしまったその数時間後、最後の“お別れシンナー”とばかりに大量のシンナーを吸って、走っているトラックのライトに抱きつくように飛び込んで死んでいった“まさふみ”。火葬されたその身体は、シンナーによって破壊され、骨は一片の原形も残さずそれがかつて人間だったこともわからない、ただの灰になってしまった。“まさふみ”は2度も殺された―。
 愛で病気が治るなら医者はいらない。病気は正しい治療で治るんだということを“まさふみ”が教えてくれた」。
 「エイズに感染したとわかった“あい”は、家出して大勢の男性に復讐の思いで身体を委ね、戻ってきた時には薬物と不摂生で通常の何十倍も早く発症し、痛みと苦しみでのたうちまわりながら、死の間際に搾り出すように『私のこと、先生が講演するときには必ず話して。私が生まれてひとつでも役に立つとしたら、もうこんな不幸な“あい”が生まれないように先生に伝えてもらうことだけだから』と言ったんだ」。
 彼らと触れあいながらもその命を救うことができず「殺してしまった」と言う水谷先生の痛恨が、会場全体に響いていく―。

 生あるものに死は必ず訪れる。そのときがいつなのか。なぜ生まれてきたのか、なぜ生きるのか。
 人は考える葦―。その答えは生きている間にこそ見つけなければならない。
 聴く者たちの心をゆさぶる言霊は、まるで生きている者たちすべてに対する鎮魂歌(レクイエム)のように、心に響いた―。
講演後のインタビューより
子どもたちの生きる力が失われつつある
 日本の自殺者の総数は年間約3万人、19歳未満の青少年の自殺者も、年間500〜600人で推移しています。警察庁の統計によれば、年間1000人弱もあった70年代後半ほどではないにしても、この10年はアップダウンを繰り返しながらも、漸増傾向にあります(*1)。しかも、日本で自殺として扱われるのは、遺書があったり、飛び降り、首つりなど明らかな自殺の場合だけ。処方薬をたくさん飲んで死んだケースや、リストカット(手首自傷行為)などの場合は、ふつうお医者さんは遺族に配慮して事故死扱いにしているでしょう。そうした数を入れたらこの数はもっと増えるはずです。
  いままわりを見回して、子どもたちの目をみてごらんなさい。輝いている目の子どもたちが、どれだけいます? ちゃんと手を振って歩いている子なんていない。背中は疲れていて、表情はうつろです。子どもたちの生きる力が急速に失われていると僕は思います。
  でも、その原因を見つけるのは簡単なことなんですよ。生きる力というのは小さなときに野山を走り回ったり、公園で他の子どもたちとぶつかったり、ケンカしたり、助け合ったり、人と人とのほんとの触れあいのなかでしか生まれてこない。今の子どもたちは部屋でゲーム、テレビ、メールですか。人と直に触れあわず、仮想空間の人間関係のなかだけで、たんに言葉を弄びながらつき合うのでは、生きる力なんてつくはずもありません。
 
夜の世界にうずくまる子どもたち
 世のなか自体が攻撃的、抑圧的な社会になっているとも思います。「これもできないのか」「それじゃ偉くなれないぞ」「おまえはダメなヤツだ」──と、学校ばかりか家庭でさえ、人間関係が否定で始まる。支配と服従の関係のなかでは、誉められることより、怒られることのほうが圧倒的に多い。そうして子どもたちは次第に自信を失い、自分を卑下し、やがて日常の鬱憤晴らしに他の子どもを虐めたり、あるいは、逆に引き籠もりや不登校になったりする。“夜の世界”、不良の世界に足を踏み入れる子どもも出てきます。
  僕はそういう子どもたちと出会うために、夜の世界で生きてきた人間です。定時制高校で教え、授業が終わると、夜の繁華街に入り込み、路地裏でうずくまる子どもたちに話しかけ、電話やメールで相談に乗ってきました。メールだけでもこの2年で19万通、延べ10万人、電話はいつも鳴りっぱなしという状態です。
  それでも、夜の世界に来る子はまだ元気なほうです。心優しい子に限って、いじめもできない、親に悪いからなんとか学校には行く、でもそこで無理するから、いらいらして夜眠れなくなる。暗い夜の部屋のなかで、インターネットで見えない相手に救いを求める。でも、そんなの全部ウソですよ。言葉に救いなんかあるわけない。

「辛かったね」と手を握りしめることから
 親御さんたちには言いたい。自分の子どもの夜の状態をどれだけ把握していますかと。夜なかの2時に毎晩子どもたちが寝ているようだったら何の問題もありません。子どもたちが眠らなくなったら、学校や家庭に、そして子どもの心に何か問題がある証拠です。非行や犯罪に走る多くの子が、その発端は夜眠れなくなり、深夜彷徨を始めたことにあるといいます。
  もしそうなっていたら、言葉ではなんの救いにもならんのですよ。大切なのは触れあいです。最悪、リストカットを試みるような状態になっていたとしても、そのことをきつく叱ったりはしないでいただきたい。リストカットは結果に過ぎず、なぜしたのかが問題なのです。けれども、それを言葉で追求したからといって解決にはなりません。
  今日から、隣に布団を敷いて、「辛かったね」と手を握りしめて一緒に寝ることです。今から自分の愛する赤ちゃんだと思って、もう一度、親と子のスキンシップの作り直しをするしかないんです。
  植えた人間が愛おしく丁寧に育てれば、花の咲かない種はない。もし咲かないなら、それは踏みにじられたか、水や栄養が与えられなかったかなんです。
  そう、その子たちは大人たちがつくった社会の“被害者”なんですよ。
  よく「子どもを甘やかすから少年非行や少年犯罪が増えるんだ」と憤慨する大人がいます。「子どもに人格なぞを認めて持ち上げるからこうなったんだ」と、「戦後教育が子どもを甘やかしたのだ」と。短絡的に「戦争を始めてそこに駆り出せばいい」なんて言う人もいる。けれども、それが本当の意味での解決になるのでしょうか。
  もし、17歳の子が非行や犯罪に走って困っているのだったら、その子の17年後を考えることです。17年の子育ての結果がそうなったんだから、それを1日や2日で変えるなんてことは無理なんです。17年かかって心がひねくれてしまったのを、1日で直せるのなら苦労はしません。17年後の34歳のときに社会復帰させるぐらいの長い目で見守ることが大切です。これは、薬物中毒の治療と似ています。4年間覚醒剤中毒だった人を治すのには、その3倍の12年かかるんですから。
蒔いた種がいつか芽吹くときが来る
 夕べは、朝方まで子どもたちからの電話相談にのり、4時半に留守電に切り替えて7時半に起きましたから、3時間は寝ています。全国各地への講演など、移動の飛行機や新幹線のなかで睡眠を稼ぐ生活です。
  7年前からリンパ腫をわずらい、身体もいつまでもつかわかりません。でも、子どもがそこで倒れていたら助けるというのは“教育者”としての基本ですからね。当たり前のことをしているだけです。
  僕にとってほんとうに辛いことだったら、もちろん続けることはできません。絶望なんかないですよ。2年前に「死ぬ、死ぬ」と騒いで手首を切った子が、「看護師の学校に入った。私のような子を助けるんだ」って…。この間までどうしようもない不良だったヤツが、「定時制入って頑張るね」とメールをくれる。そんな嬉しいメールのほうが、はるかに多いんです。
  7割の子は、何らかの手を差し伸べればきっと助かるんです。僕はこの8年間で1700を超える講演で、107万の人に話をしてきました。
  僕が蒔いた種は必ず芽吹きます。
  僕と一緒に夜回りをやったり、自分なりの方法で不良少年や病んでいる子たちと接してくれるボランティアが専門家も含めて、いまでは全国に1万人を超えます。そのうちの何人かは、少し前までリストカット衝動で苦しんでいた子どもたちですよ。そして、いまは問題を抱えているけれども、いずれは立ち直ってくれる子どもたちが全国に10万人。そのネットワークがあります。
  私が地方に講演に行くと「水谷が来るぞ」と、その子どもたちが連絡を取り合って一緒に夜回りを手伝ってくれたりするんです。ときには70人ぐらいの大勢の見回りになったこともあります。
  いま、子どもたちだけでなく、多くの大人にとっても「優しくない」「生きにくい」世のなかだと思います。けれども、体制や法を変えたり、子どもをいじくり回しても、世のなかは変わりません。力で変えるのではなく、心で変えるしかない。そういう形でしか、世のなかを変えてはいけないんです。
  だからまずは、まわりにいる大人たちの心が変わることです。親でなくたっていいんです。子どもたちの見本となる大人が、愛をもって子どもを見守ってやってください。一人の人間として、子どもにできることをしてあげてください。子どもたちに優しさと愛をあげてください。
プロフィール
みずたに おさむ
1956年横浜生まれ。上智大学文学部哲学科卒業。元高校教諭。教師生活のほとんどを少年の非行・薬物問題に捧げ「夜回り」と呼ばれる深夜パトロールを行いながら、若者の更生に尽力。また、各種メディアへの出演や講演を通して、少年非行の実態を広く社会に訴え続けている。第17回東京弁護士会人権賞受賞、第7回内藤寿七郎国際育児賞生命の尊厳賞受賞。主な著書に『夜回り先生』(サンクチュアリ出版)『夜回り先生 こころの授業』(日本評論社)などがある。

(*1)参考文献
平成17年6月 警察庁生活安全局地域課「平成16年中における自殺の概要資料 補表5 年齢別自殺者数の推移」
平成16年中における自殺の概要資料
 
発行/(財)生命保険文化センター
Interview & Writing/広重隆樹
Photo/吉村隆
Editor/宮澤省三(M-CRUISE)
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