WEB.10 心から関心、感動、感謝するから新しい夢が生まれる!

ブリキのおもちゃコレクターの第一人者として世界的に知られる北原照久さん。その貴重なコレクションの数々は多くの人々に共感を与え、古き良き時代を受け継いでいくことの大切さを教えてくれる。コレクターとしてはもちろん、『開運!なんでも鑑定団』の鑑定士として、自分の好きなことをビジネスとして実現させた起業家として、そして人生を楽しむ達人としてエネルギッシュな活動を続ける北原さんに、尽きることのない情熱の素と夢を叶える秘訣についてお聞きした。

ブリキのおもちゃコレクター北原照久さん
母親や恩師のひと言が「やればできる」という気持ちにさせてくれた
 僕の家庭は兄も姉もみな勉強家だったんですが、自分だけがいわゆる落ちこぼれで、体育だけが5、あとはオール1という成績でした。中学校でも悪友をつくっては盛り場をウロウロしたりして、ついには退学処分になってしまったんです。両親の配慮で別の中学に編入して卒業だけはしたものの、そこでも相変わらずすさんだ生活を送っていました。そんな僕を変えたのは、「お前はたばこを吸わないんだね。いいところあるよ」という母のひと言でした。ほかに褒めるところがなかっただけかもしれませんが、この言葉にどれだけ励まされたことか。こんな僕でも見ていてくれる人がいる。母の言葉が、退学で打ちひしがれていた僕を救ってくれたんです。
  なんとか高校に進学した僕は、そこでもまた、ある先生のひと言に救われます。入学して間もないころ、社会科のペーパーテストでたまたま60点をとったときのこと。「すごいな、北原。お前はスポーツもできるし、ちょっとやれば勉強もできるじゃないか」。選択肢の中から答えを選ぶようなテストだったので、本当にまぐれだったのですが、それまで試験の成績で褒められたことなどありませんでしたからうれしくて。先生の何気ないひと言が僕をやる気にさせてくれたんです。
  それからは、中学までとは打って変わってがむしゃらに勉強しました。そうすると、努力したものがきちんと結果に現れる。先生がまた褒めてくれる。どんどん勉強が楽しくなって、成績もアップして、卒業時には総代を務めるまでになっていました。この経験は、大きな自信になりました。きっかけを与えてくれたのは、先生との出会い、そして何気ないひと言だったんです。思えばこれが、出会いのありがたみを知った最初のできごとだったような気がします。何しろ我が身を持って、出会いが人を変えることを実感したわけですからね。
  あれから40年以上経った今でも、「やればできる」の精神は僕を支えるエネルギーになっています。
ゴミ置き場で拾った柱時計がキッカケでコレクターの道へ
 僕がコレクターへの道を突き進むことになったのも人との出会いがきっかけでした。19歳のころ、オーストリアに留学をしたときのこと。ホームステイ先の家庭での日常が思わぬカルチャーショックをもたらしたのです。
  オーストリアでは普段の生活で古いものをとても大切にするんです。家具は百年以上前のものを手入れして使っているし、使い込まれた鍋がピカピカに磨き込まれてリビングの壁に並んでいる。時計やラジオ、食器に至るまで古いものだらけという感じ。それをみんなが誇りに思っていて、「これはひいおばあちゃんの代から・・・」と自慢げに説明してくれる。日本の消費文化の中で育ってきた僕にとっては目からウロコが落ちる思いでした。
  帰国後、さっそく粗大ゴミ置き場をのぞいてみると、やはりまだ使えそうなものがたくさん捨てられていました。その中で、ふと目にとまったのがゼンマイで動く柱時計。軽い気持ちで持ち帰って油を差してみると、ちゃんと動くんですよ。時計に命を吹き込んだような気持ちがして、そのまま飾っておくことにしました。それがコレクター人生の始まりですね。
  子どものころに遊んだブリキのおもちゃ(ティントイ)と再会し、その魅力に取り憑かれたのは25歳のとき。『私の部屋』というインテリア雑誌に、趣味でティントイを集めているデザイナーの部屋が紹介されていて、それを見たときになんとなく感じるものがあったんです。さっそく編集部に紹介してもらい、すぐに彼を訪ねました。彼の部屋にずらりと並んだティントイを見たときの衝撃は今でも忘れられません。その色彩の美しさや形のおもしろさ、そしてポップな感覚にすっかり興奮してしまったんです。それ以来、仕事の合間をぬってティントイを探し回るようになりました。そのときはまだ、これが「ネバーエンディングストーリー」の始まりになるとは思いもしませんでしたけどね(笑)。
何事にも関心を持って一歩を踏み出せば充実した毎日が過ごせる
 あのとき『私の部屋』を見て、僕と同じように「すごいな」とか、「見てみたいな」と感じた人は多かったと思います。でも、実際に行動したのは僕だけだった。この第一歩を踏み出せるかどうかで、人生は大きく変わります。何事にも関心を持ち、第一歩を踏み出せば、必ず充実した毎日が過ごせる。僕はそう信じています。
  熱しやすく冷めにくい性格もプラスに働きましたね。結果として、今では数え切れないくらいのティントイが集まりましたし、そのコレクションをみなさんにお見せするための博物館もオープンさせることができた。もちろん今でも、ティントイに限らず、さまざまなジャンルの物を集め続けているので、コレクションは増え続けています。ただ、誤解しないでほしいのは、僕はお金儲けのために物を集めているわけではないということ。あくまでも自分が好きだから、楽しいから集めているんです。
  よく「北原さんはお金持ちだから集められる」と言われますが、これもまったくの誤解。博物館を始めたときには保険会社から1500万円もの借金をしましたし、オープンから10年間は大好きだったスキーも、麻雀も、映画鑑賞もやめて、一日も休むことなく働き続けました。今でも、年間百数十本の講演をこなしたり、テレビやラジオにレギュラー出演したりと、相変わらず忙しい毎日を送っています。そうやって自分の力で稼いだお金をコレクションにつぎ込んでいるのですから、誰にも文句は言わせませんよ。あっ、妻だけは別です。とにかく稼いだお金をコレクションにつぎ込んでしまうので、物は増えるけどお金は貯まらない。そんな生活を妻はよく支えてくれたと思います。本当に感謝しています。
今でも青春真っ只中!夢の実現に年齢は関係ありません
 僕のモットーは「関心、感動、感謝」を忘れないこと。僕の周りに物が集まるのも、良い人との出会いがあるのも、ちょっとオーバーなくらいに関心を持ち、感動し、感謝するからだと思うんです。例えば、なにかを人に見せようと思ったら「おお、すごい!」と素直に感動してくれる人や、「ありがとう!」と心から感謝してくれる人に見せたくなるじゃないですか。だから「まずは北原さんに見せよう」となる。物との出会いも、人との出会いも、お金じゃない。情熱がすべてなんですよ。
  それは人生にも通じることだと思います。様々なことに関心を持ち、心の底から感動、感謝すると新しい夢や目標がどんどん生まれてくる。それを実現するために、さらにがんばろうとする。これが元気の素になるんです。その意味では、好きなものや夢中になれるものを見つけることが人生を楽しむ秘訣といえるかもしれませんね。僕自身、今でも次々とやりたいことが出てくるんですよ。サーフィン、ゴルフ、スキューバダイビング、そしてギター。すべて、50歳を過ぎてから始めたものばかりで、どれも楽しくて仕方ない。還暦を目前に控えて、青春真っ只中という感じかな。
  夢の実現に年齢は関係ありません。みなさんも何かに興味・関心を持っているのであれば、それを思いだけで終わらせずに、自分を信じて行動してみてください。勇気を持って一歩を踏み出す。本当に「夢を見る」とはそういうことであり、そのエネルギーが人を元気にするんだと思います。
オフィシャル・ウェブサイト
「北原照久のおもちゃ博物館」
レギュラー出演
「開運!なんでも鑑定団」
(テレビ東京系 毎週火曜日 20:54〜)
キタハラ・テルヒサ
1948年、東京生まれ。株式会社トーイズ代表取締役。横浜ブリキのおもちゃ博物館館長。大学時代にスキー留学したヨーロッパで、ものを大切にする人たちの文化に触れ、古い時計や生活骨董、ポスター等の収集を始める。その後、ブリキのおもちゃに出会い、興味を持ち収集を始める。地方の玩具店などに眠っていたブリキのおもちゃを精力的に収集し、マスコミにも知られるようになる。「多くの人にコレクションを見て楽しんでもらいたい」という思いで、1986年4月、横浜山手に「ブリキのおもちゃ博物館」を開館。現在、全国6ケ所でコレクションを常設展示中。また、現在、『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京系)に鑑定士として出演しているほか、各地での講演会、トークショー等でも活躍中。著書多数。
発行/(財)生命保険文化センター Interview & Writing/福田智生 Photo/福里幸夫 Editor/宮澤省三(M-CRUISE) Web Design/Ideal Design Inc.
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