WEB.09 私の元素 笑いについて遠回りしたからこそ、今エネルギーが溢れている コメディアン 関根勤さん
バラエティ番組を中心に、その姿をテレビで観ない日がないほど大活躍している関根勤さん。コメディアンとしてデビューしてから30年以上が経つ今も、独特の芸風と突き抜けた明るさでお茶の間から愛され続けている。2006年の6月には娘の麻里さんもデビューし、親子共々目が離せない存在となった関根さんに、お笑いに対する思いや、いつまでも変わらないパワーを保ち続ける秘訣についてお聞きした。
 
関根勤さん関根勤さん スタートが遅かったからこそ、今の僕がいるのかも
 お笑いの世界に入ったのは21歳の時。『ぎんざNOW』の素人コメディアン道場で5週勝ち抜いて、翌週からレギュラーになったんです。その後もラッキーなことに、レギュラー番組が絶えずに続いたんですが、なかなかウケなくて、怒られるし、落ち込むし、常に「どうしたらいいんだ」って悩んでいました。僕はどちからというと人気先行型だったんですよ。仕事はあるけど、実力が伴わない。ゴルファーに例えると、メジャーの日本オープンで一度、ポーンって勝っちゃったけど、その後は予選落ちの連続。でも試合には出続けている、みたいな(笑)。
 転機が訪れたのは27歳の頃。萩本欽一さんに、小堺一機君とコンビを組んだほうがいいって勧められたんですよ。それから2人で合宿して、ネタを作って、ライブハウスでコントをやり始めました。ちょうどその頃、ジャズダンスに日本舞踊、サックス、タップと、堰を切ったように習い事も始めたんですが、これも大きかったと思います。海外のコメディアンって、歌って踊れて演技もできるじゃないですか。いろんな引き出しを持っている。でも、自分は物マネしかできない。このままじゃまずいだろうと。例えばコントで歌手の物マネをするにしても、下手よりも歌がうまい方がいいですからね。それに、習い事をしているときは努力して時間に追われているから不安がなくなるんですよ。何もやってないときって、どうしても悩んじゃうんですよね。その時に思いました。笑いに限らず、何でも勉強すればいいんだって。どんなことでも、きっと何かの役に立つはずです。
  その頃からですね、滞っていたいろんなものが動き始めたのは。僕と小堺君のラジオが始まったり、『欽ちゃんのどこまでやるの』にレギュラーで入れてもらったり、あと『笑っていいとも』のレギュラーにもなりました。すでに僕より年下の人たちがレギュラー出演していましたから、その意味では、僕はいろんなことが人より遅いのかもしれません。コントブームにも、お笑いブームにも乗り遅れていましたから。でも、今の僕があるのはそのおかげという気もするんですよ。マラソンと同じですね。前半は群衆にブロックされてて全然飛ばせなかったので、エネルギーが残ってる(笑)。
関根勤さん
バカをやってもいいからポジティブでありたい 関根勤さん
 萩本さんには本当に感謝しています。笑いについて一から教わって、「あぁそうか!」って毎日、何枚も目から鱗が落ちました。中でも印象的だったのは、「お前はね、100万円持っていたとしたら『100万円持ってますよ〜』ってやっちゃう芸なの。そうじゃなくて、5万円だけ出してさ、残りの95万円はポケットにありますよって、匂わせるような芸にしなさい」 って言われたこと。なるほど! と思いました。
  基本的なことを萩本さんから徹底的に教わりました。この経験がなければ、もっと遠回りしていたでしょうね。今ごろ何をやっていたかわかりませんよ。萩本さんや小堺君に出会わなかったら、コメディアンを辞めていたかもしれません。
  といいつつ、僕は基本的に前向きな性格なので、考え込んだり、落ち込んだりすることは少ないんですけどね。去年(2005年10月)、芸能生活30周年にして初めてのエッセイ『バカポジティブ』(マガジンハウス)という本を出したんですけど、そのタイトル通り、ちょっとぐらいバカをやってもいいからポジティブに生きていきたい。もしかすると、そうやって肩の力を抜くことこそが元気の素になっているのかも。
関根勤さん 舞台はお客さんがいなくなるまで続けたい
 1989年、35歳で旗揚げした舞台『カンコンキンシアター』はスタート以来、ほぼ年1回、8月にやっていて、今年で18年目になり20回目を迎えました。去年は体力的にもつらく、しかも公演中にヒザを痛めたりもしたんですよ。体力の低下を痛感しました。それもあって今年の5月から加圧トレーニングを始めたんですよ。手足の付け根の部分をチューブでしばって、血流を少なくした状態でトレーニングをするというもの。そのおかげで、今年の公演はものすごく調子がよかった! トレーニング自体はかなりハードですけど、続けるうちに少しずつしんどさが和らいできて、平気になっていきました。
  なぜハードなトレーニングを続けられるかというと、目的意識があるからなんですよ。再来年の22回目の公演が20周年なんですが、最低でもそこまでは絶対にやりたい。あとは6月に娘の麻里がデビューしたのもありますね。関根勤っていう名前が彼女を後押ししている部分って少なからずあると思うんですよ。だから、僕に付加価値がある限りは、普通なら新人がもらえないような仕事をもらえたりもするわけです。もちろん、そこから先は本人の実力次第ですけど、少しでも娘を後押しするためにも頑張らなくちゃなって気持ちは持っています。親バカですかね。
  ちなみに『カンコンキンシアター』はかなりマニアックな舞台。テレビで見ている僕とはかなりギャップがあるらしく、驚く人も多いですね。ひとことでいうなら、ナンセンスで、ちょいエログロ。僕の中のある部分を強調しているって感じなんですけど、実はそこが自分で一番好きな部分。その意味では、この『カンコンキンシアター』も僕の元気の素だといえます。好きなことが万人に通じるとは限りませんけど、楽しみにしてくれるお客さんがひとりでもいる限りは続けていきたいですね。 関根勤さん
ゴルフとおいしい食べ物も、僕の元気の素です 関根勤さん
 プライベートでの唯一の趣味はゴルフ。映画とかお芝居を観るのも好きなんですけど、どうしても「この人の演技はうまいなぁ」とか「追いつけないな」とか考えちゃって、仕事から完全に離れることができないんです。大好きな格闘技でさえ、「この選手は2年間でものすごく成長した。それに引きかえ自分は……」みたいなことを考えちゃう。その点、ゴルフは何も考えなくていい。例えるなら、小学生のときに校庭でドッチボールをやっていたような感覚に戻れるんです。でも僕は争うのが嫌いなんで、競技ゴルフは向いてないですね。楽しくやりたいんですよ。だからスコアはどうでもいい(笑)。
  ゴルフの魅力ってフィールドが広いところ。そして、ボールを遠くに飛ばす感覚。今は道具も進化しているんで、僕でも200メートルくらい軽く飛ばせます。プロ野球のホームランでも120〜140メートルぐらいですから、そりゃあ気持ちいいですよ。それに、野球は40歳過ぎると体力的にきつい。それにひきかえ、ゴルフは頭で考えるスポーツだから60歳過ぎても続けられる。うちは夫婦でもよくやっています。いずれは娘の麻里もデビューさせて親子3人でプレーしたいですね。
  親父が51歳のときに脳溢血で倒れているので、健康には人一倍気をつかっています。酒やタバコなど、体に悪そうなことは一切やらない。あと、僕は気持ちだけは格闘家なので、オファーがあればいつでもリングに上がろうと思っているんです。だから、タバコなんて吸っていられない(笑)。そのぶんというわけではないですけれど、食べることにはこだわりがあります。体を壊しておかゆだけを食べ続ける……なんていうのは耐えられませんよ。ゴルフとおいしい食事。これが欠けるとイライラしちゃう。
  あとは犬かな。ゴールデンレトリバーを飼って4年半になるんですけど、散歩が健康にいいのかなと思ったりして。何よりも犬はかわいいから、うちに帰って会うのが楽しみで、溺愛してます。ゴールデンレトリバーって人間と同じくらいの大きさのうんちをするんですけど、平気で触れますよ(笑)。愛情がありますから。親の気持ちと一緒です。
関根勤さん
関根勤さん
 
関根勤さん
プロフィール【せきね・つとむ】

1953年生まれ。コメディアン。日本大学在学中に『ぎんざNOW』(TBS系)の素人コメディアン道場で5週勝ち抜き、初代チャンピオンに。当初、ラビット関根という芸名で、ジャイアント馬場や千葉真一などの物マネが注目され、『カックラキン大放送』(日本テレビ系)などのレギュラーを務める。その後、小堺一機とコンビ「コサキン」を組み、『欽ちゃんのどこまでやるの』(テレビ朝日系)などに出演。その当時にスタートしたコサキンがパーソナリティを務めるラジオが、現在も『コサキンDEワァオ!』(TBSラジオ系)として、25年を超す長寿番組となっている。1989年に自ら構成、演出、キャスティングをする舞台『カンコンキンシアター』を旗揚げした。現在、『王様のブランチ』『さんまのスーパーからくりTV』(TBS系)、『笑っていいとも』(フジテレビ系)などにレギュラー出演中。2007年1月には子育ての様子を、娘の目線で収録されたDVD『お父さん』(デジソニック)が発売される予定。

関根勤さん所属事務所「浅井企画」ホームページ

発行:(財)生命保険文化センター
原稿:福田智生(Fukuda Tomoo)
撮影:吉村隆(Yoshimura Takashi)
編集:宮澤省三(Miyazawa Seizo)
Web Design:Ideal Design Inc.


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