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WEB.03  私の元素 東儀秀樹さん ポケットにカメラを忍ばせて、街の表情を切り取るとき
東儀秀樹さん撮影写真
日本古来の伝統楽器を用いて独自の音楽世界を切り開いてきた東儀秀樹さん。芸術家の感性はマルチに広がり、その趣味は、イラスト、車、バイク、乗馬、スキューバダイビング、さらに時計や民族楽器の収集と幅広い。なかでもカメラには少年期から偏愛ぶりを示してきた。昔ながらのレンジファインダー(※1)のライカを愛でるとき、至福の瞬間が彼に訪れる。
※1 レンジファインダーとは、三角測量の原理で被写体までの距離を測る装置。実際の撮影範囲より広い領域がファインダー内に表示され、肉眼に近い明るさでファインダーが表示されるため暗所でもピントを合わせやすいと言われている
印画プロセスにときめいた暗室の中の青春
 カメラをオモチャのようにいじっていたのは小学生の頃からですが、自分で撮影するようになったのは中学生時代。父親にレンジファインダーのカメラを譲ってもらい、旅行するたびにやたらパシャパシャやっていました。シャッタースピードと絞りの関係とか、カメラ操作の基本的なことはこのころ身体で覚えましたね。
 高校時代は写真部。でも別に写真をやりたくてというより、暗室があるのをいいことに、写真に関係なくただの不良やラグビー部員やミュージシャン派が一緒になって煙草を吸いに集まってくる、そんなコミュニケーションの場としての魅力が溢れていたから。でも実際は、現像液に沈む印画紙からじわっと像が浮かび上がるプロセスの、ゾクゾクっとする感覚。これも魅力でした。
  今でも白黒写真は自分で現像します。今やデジタルカメラ全盛の時代だけれども、銀塩写真(※2)の現像プロセスというのか、その空気感というのか、これはなくならないと思うし、なくしちゃいけないんじゃないかと思いますね。これはほんとに楽しい時間です。
 社会人になってからは、道具としてのカメラに魅せられるようになりました。スパイカメラのような小さなのから、中判、大判のカメラまで、今ざっと20台ぐらいあるけれども、道具として秀逸なのは、やはりライカ。なかでも「ライカM6」という名品を手に入れてからは、ますます写真の奥深さに入れ込むようになりました。
※2 銀塩写真とは、感光剤を塗布したフィルムや印画紙を用いる一般的な現像写真のこと
「東儀さんお気に入りのカメラたち」
LEICA M6
  ▲LEICA M6
1999年1月に国内発売されたレンジファインダー式カメラ。ライカMシリーズは1954年に当時の西ドイツ・エルンスト ライツ社(現・ライカカメラ社)から、名機の呼び声高いM3が発売されたのがスタート。現行機種はM7。
スパイカメラ
  ▲スパイカメラ
アメリカから通販で買ったジッポーライター型のスパイカメラ。タテ60mm程度のサイズでも30万画素の高画質デジタル撮影ができる。
LUMIX DMC-LX1
  ▲LUMIX DMC-LX1
パナソニックのコンパクトデジタルカメラ。840万画素の高画質撮影を楽しめる人気機種。これもレンズはライカブランドだ。
ライカの表情に男ごころをくすぐられて
 ライカのカメラは、写りがしっかりしているというテクニカル的なすごさはもちろんですが、それ以上に、鉄のかたまりが見せるメカニカルな表情に、男ごころをくすぐられます。今でこそライカ・シリーズには自動露出、オートフォーカスのものもありますが、以前は露出も距離も全部自分で測らなければならなかった。プリントしてみて失敗に気づくことも多々あります。でも、光を自分で操作できるところが、アナログ的で人間的で、僕は好きですね。
  僕はほかにも車、バイク、時計、楽器といろんな趣味があるんだけれど、いずれも、自分で触って質感が楽しめるもの、同時に離れて見たときも美しいものばかり。人間がつくった道具が、人間に喜びを与えてくれる。そこにロマンを感じます。
  こうした道具たちに触れて、手入れして、愛でているときが、僕にとってものすごく幸せな時間ですね。ああ、これが自分の道具なんだ、自分の一部なんだってね。でも、僕の場合、あくまでも道具として集めているので、けっしてガラスケースの奥にしまいこむつもりはありません。多少キズついたり汚れても、それは精一杯使ってあげた結果だから、道具たちもけっして怒りはしないはずです。
建物の光と影の幾何学模様に魅せられる
 いい道具に触れていると、もっといい写真を撮りたいと自然に思うようになるから不思議です。往年のフランスの作家たちの写真集を眺めては、その芸術性に刺激される。偶然にも自分がいい写真が撮れたときは、嬉しくなって人に見せたくなります。
  コンサートでよく旅行しますが、いつもカメラは持ち歩いています。時間が空くとふらっと街に出て、気に入ったものをスナップ。以前は街の中に人が溶け込んでいる風景をよく撮っていました。人物のクローズアップは苦手。プロの写真家だったらきっときれいな女性に近づいて、「あなたの瞳が……」なんて囁くんでしょうけれど、そんなこと、僕にできっこないですからね(笑)。基本的にシャイな人間なんです。
  最近はむしろ街の中の造形というか、たとえば、高速道路のカーブ、ビルのガラスの反射、建物が織りなす幾何学模様……そういうものに惹かれるようになりました。太陽の傾きかげんで、同じ建物も別の表情を見せてくれます。そこに、僕なりの発見を「込めて」いるつもり。
写真も音楽も、ともに「時間」の芸術
 2月に東京・池袋で開いた「華麗なる音楽会〜遥かなるエルミタージュによせて〜」というコンサートでは、エルミタージュ弦楽四重奏団と共演しましたが、そのとき僕がロシアで撮影した写真をバックの大スクリーンに映しました。音楽と写真のコラボレーションです。
 僕は写真のプロではないけれども、やはり僕の撮るものは、僕が面白いと思って僕なりに切り取ったものだし、僕の感じ方や性格が伝わるはずのもの。「ああ、こういう人がこんな音楽をつくるんだね」と、面白がってもらえればそれでいいんです。あまり頭で結びつけることはないけれど、写真はある特定の時間を記憶するもの、音楽もある特定の時間の流れのなかで体感するもの、つまり「時間」の芸術という意味では、共通したところがあるかもしれません。
 2年前から中国・上海の若手ミュージシャンと「TOGI+BAO」というユニットを結成し、僕のオリジナル曲を演奏しています。この夏にはその全国ツアーがある予定。ポケットに気に入ったカメラを放り込んで、それぞれの街の空気を切り取ってこようと思います。
 
発行/(財)生命保険文化センター
Writing / 広重隆樹
Photo / 吉村隆
Editor / 宮澤省三 (M-CRUISE)
Web Design / Ideal Design Inc.
東儀秀樹さん [プロフィール]
1959年東京生まれ。東儀家は、奈良時代から今日まで続く樂家。幼少期を海外で過ごし、ロック、クラッシック、ジャズ等あらゆるジャンルの音楽を吸収しながら成長。高校卒業後宮内庁樂部に入り、宮中雅楽演奏会に出演するほか、海外公演にも参加、日本の伝統文化の紹介と国際親善の役割の一翼を担ってきた。その一方で、創作にも情熱を傾け、1996年デビューアルバム「東儀秀樹」で脚光を浴びる。以後、ゴールドディスク大賞、日本レコード大賞など多数の受賞歴。日本古来の伝統楽器を用いて独自の世界を切り開き、アジアとの交流に高く寄与していることが評価され、文化庁より平成16年度芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。