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第1回 今なぜアロマ治療なの? 
野崎豊(日本東洋医学会評議員、元日本アロマセラピー学会副会長)
  「香り(アロマ)」で心と体を「癒す(セラピー)」のが、「アロマセラピー」。最近では医療現場で使われるケースも多くなってきたようです。アロマセラピーが医療現場に登場するまでの流れや、どんな香りがどんな症状に効果をもたらすのか、野崎豊医師にお伺いしました。
  自然療法と「アロマセラピー」
  人類がこの地球に登場した時、すでに地球には花が咲き誇り、「香り」に包まれていました。人類で最初に花の「香り」を意識したのはネアンデルタール人で、死者に菊の花の「香り」を手向けたとされます。それらの行為には人々が「香り」に託す心の響きがあります。
  病んだ時、体や心を癒す糧を自然の中に求める治療を「自然療法」と言い、古代においては西洋でも東洋でも普遍的な考えでしたが、近世に入り、私たちの周囲から自然がなくなるにしたがって忘れ去られてしまいました。
  しかし近年、アロマセラピーが注目され、医療の分野でも使われるようになったのは、ストレスの多い現代社会にあって、人々が自然の力を再認識し出したからでしょう。また、効能効果を科学的に裏づける研究が進んでいることも遠因となっていると思われます。
  ウイ−ン大学のブッフバオアー(Buchbauer)教授は、広義の生理学的、薬理学的、心理学的にフレグランスが影響を及ぼすことを「アロマセラピー」と定義しています。これはさらに狭義の「アロマセラピー」という生理学的、薬理学的なものと、「アロマコロジ−」という心理学的なものとに分けることができます。
  つまり、「アロマセラピー」は「心理効果」と「医療効果」のある医学的なものだということがわかってきたのです。
  香りの「心理効果」とは?
アロマ  たとえば私の場合、子供のころに路地の各家々から、夕暮れ頃になるとご飯を炊いている匂いや、秋刀魚を焼いている匂いが、あたり一面に漂っていたことを思い出します。それが私の心の中の人生の原風景であり、そんな風景を思い浮かべる時が、私がもっとも心が安らぐ時なのです。これが香りの「心理効果」というもので、リラックス効果やストレス軽減効果です。
  この「心の安らぎ」を失った時に現われる「病態」(※1)には、過換気症候群(※2)、自律神経失調症、空気嚥下(えんげ)症(※3)、神経性頻尿、眼精疲労、夜驚(やきょう)症(※4)、神経症、心臓神経症、欝病などがあり、面白いことにこれらの「心の安らぎを失った病態」は、近年になって初めて医学の世界に登場してきた現代病ばかりです。その代表格である鬱病は、近年著増している癌や心筋梗塞の呼び水でもあると言われています。
  これらの原因にはストレスが挙げられますが、「香り」は、「心の安らぎ」を回復させることによって健康増進を促し、これらの病気の予防効果も含んでいると考えられます。さらに、ストレスが強烈であったり、長期に続いたりすると「ちょっとおかしいな」という機能失調にとどまらず、器質変化(※5)を起こしますが、「香りの医療効果」については、そのような器質変化を伴った病態にも効果を示します。
(※1) 病気のぐあい。病状。容態。病的な状態。
(※2) 急に息が苦しくなって、動悸、頻脈、めまい、手足のしびれなどの発作を繰り返すもの。
(※3) 異常に多量の空気を頻回に嚥下してしまうことによって、げっぷや腹部の膨満(ぼうまん)などの症状を起こす。
(※4) 夜驚症とは夜間入眠2〜3時間後に突然大きな声を出し、起きあがったり何かにおびえたように泣きわめくとともに、歩き回ったり、走り回ったりする突発性の睡眠障害の一つ。3〜10歳くらいの男児で神経質な子どもに多く見られる。
(※5) 体内に起きた変化が大きく組織変化を起こすこと。
  香りの「医療効果」とは?
  人類は古くから、「ハーブ」が器質変化を起こした病態にも「医療効果」を示すことを熟知していました。中世になると、なんとなく「香り」が「心理効果」以上の「予防効果」を持っているのではないかと考えていたようです。「黒死病」と恐れられたペストの被害が香料商には少なかったため、多くの医師が病人をみる前に芳香物質を潜ませたステッキを鼻にあてて「香り」を嗅ぎ、病気から身を守ったと伝えられています。しかし、ハーブの持つ「香り」に本当に「医療効果」があるか否かについては近年まではっきりしませんでした。
  「香り」の「医療効果」がはっきりと証明されたのは、近世になってからです。20世紀に化学者ルネ=モーリス・ガットフォセが、化粧品に使われていた防腐剤よりも「香り」を集めた「精油」(※6)の方が防腐効果の高いことを見出しました。さらに偶然に実験中に受けた火傷が、ラベンダーの精油によって見事に跡形なくきれいに治ったことから、医療での芳香療法(アロマセラピー)を世に問いました。これを受け、医師ジャン・バルネが医療実験を重ね、「医療効果」を証明しました。
  私も「香り」の「医療効果」を経験しています。漢方において、煎じ薬投与で効果があった症例をエキス剤投与に変えると効果がなくなり、再び煎じ薬投与に戻すと効果を示す例にしばしば遭遇しました。煎じ薬とエキス剤と一体どこが異なるのだろうと考え、「香り」の効用に気がついたのです。 
(※6) 植物から得られる芳香のある揮発性の油。芳香油、エッセンシャルオイルともいう。
  日本の医療現場への登場
  従来、香りは単に気分的、感覚的なもので、心理効果はあるが医療効果はないとされていました。「香り」が見直されたのは、ストレス社会の進展とともに精神的疲労が医療現場で重視され、「香り」への期待が高まってきたことにあります。時期を同じくして、「香り」に精神疲労改善効果のあることが脳波で見出され、医療応用への可能性が確かめられました。
  ただ、匂いの持つ順応性という性質により、匂い感覚は1分と続きません。そのため身体効果については疑問視されていました。その後、感じるか感じない程度の低濃度の青葉アルコールや青葉アルデヒドの「香り」での生物学的効果が証明され、室内にハーブを吊したり、テラコッタに精油を入れ、「香り」を発散させるレベルで十分に医療効果を発揮することがわかり、従来の常識が一変されました。
  また、精油を経口摂取することで血中のストレスホルモンであるコルチゾールが抑制され、さらに脳内の鎮痛・鎮静・免疫亢進作用を持つβエンドルフィンが増強されることが報告され、「香り」成分に身体効果があることが確かめられました。現在では主に痛みや不安を持つ患者たちへの利用として、ホスピスや病院などで「香り」が使われ始めています。
  「香り」とストレス病
  他方、「嗅神経」は脳神経で唯一、裸で顔を外に出している神経です。また、ストレスで反応する脳内の各部位へ神経を伸ばしていることでも有名です。すなわち、「香り」のみが直接、脳のストレス反応部位に作用することができるため、「香り」はストレス病態の改善を促し、ストレス病の改善に役立つ治療といえます。
  このような「香り」が効果を示す器質病変には、アレルギー性鼻炎、 アレルギー性皮膚炎、喘息、高血圧症、動脈硬化症、過敏性大腸症候群、慢性疲労症候群、肥満症、糖尿病、易感染性疾患(※7)、愛情不足性小人症、過食症、神経性食欲不振症、円形脱毛症、皮膚瘙痒(そうよう)症、日光過敏症、不眠症、緑内障、月経異常、冷え性、習慣性流産、月経困難症、性機能不全症などがあります。ここにも現代病が多く登場していることから、このように「香り」は現代病の治療にとって必須のアイテムであることがわかります。
(※7) 免疫力が落ちて頻繁に感染を起こすことや、健康な人では問題とならない病原性の弱い細菌により、さまざまな感染症を起こすこと。
  「嗅ぐ」、「皮膚に付ける」、「飲む」のアロマ治療
  アロマ治療には主に「精油」を用います。「嗅ぐ」、「皮膚に付ける」、「飲む」の3つの方法で体内に「香り」を取り込みます。
「嗅ぐ」と「香り」が嗅神経を刺激します。たとえば、ビターオレンジ、セージ、ネロリ、ローズ、ラベンダー、クラリセージ、パイン、マージョラム、イランイラン、ジャスミン、サンダルウッドなどは、脳内のストレス反応を抑え、心の安らぎを取り戻します。
  さらに、ティートリー、ユーカリ、ニアウリ、ローズマリー、タイム・リナロールなどの場合、「香り」により清浄化された空気が鼻腔や口腔や気管内をきれいにし、アレルギー性鼻炎などの症状を改善します。同時に、「香り」は肺より体内に取り込まれて肺の血行を改善するので、喘息なども改善します。また、肺より体内に取り込まれた「嗅ぐ」アロマの一部は、脳に行き精神の安定も促します。
  「皮膚に付ける」アロマのローズ、サイプレス、ローリエ、ローマン・カモミール、パチュリー、ウィンターグリーンなどは、「皮膚に付ける」と皮膚を殺菌して、血行を良くし、日光過敏症、円形性脱毛症などを改善したり、むくみを取り肌を乾燥やかぶれやアレルギーから守ります。さらに、皮膚から吸収されるとウィンターグリーンなどは、近傍の筋肉や腱の血行・新陳代謝を改善して炎症を治し、痛みを取り去ります。また、背中のつぼにアロママッサージを施すと内臓関連反射により内臓の血行を高めることができます。
  「飲む」アロマは、「飲む」と胃腸粘膜の血行を高めて潰瘍などを修復し、胃腸の動きを良くし、腸痙攣や便秘を改善します。たとえば、ペパーミント、レモン、フェンネル、クルクマ、マヌカ、キャラウェイなどです。これらは胃腸から吸収されると肝臓に行き、胆汁分泌を高めて解毒効果を示します。
  このように精油にはそれぞれの得意の分野があります。それらを上手に活用すると、「アロマセラピーのオーダーメイド治療」(※8)が可能となるでしょう。
(※8) 各人の病状に合わせ、その人に合った治療を行うこと。
■嗅ぐ
イランイラン クラリセージ サンダルウッド タイム リナロール ティトリー ネロリ
▲イランイラン   ▲クラリセージ   ▲サンダルウッド   ▲タイム・リナロール   ▲ティートリー   ▲ネロリ
ビターオレンジ   マージョラム   ユーカリ ラジアタ   ローズ   ローズマリー シネオール   真正ラベンダー
▲ビターオレンジ   ▲マージョラム   ▲ユーカリ・ラジアタ   ▲ローズ   ▲ローズマリー・
  シネオール
  ▲真正ラベンダー
■皮膚に付ける(ローズも入る)   ■飲む
ウインターグリーン   サイプレス   ローマン・カモミール   ローリエ   ペパーミント   ペパーミント
▲ウインターグリーン   ▲サイプレス   ▲ローマン・カモミール   ▲ローリエ   ▲ペパーミント   ▲レモン
資料協力:日本エステル社
  医療分野での今後
  現在、感覚脳(心)に働く安全な薬は、医療現場では知られていません。近年、人の発生段階初期に嗅覚細胞が鼻の部分から軸索を視床等、感覚脳にまで伸ばし、神経連絡を形成することがわかりました。また、嗅覚受容体遺伝子が発見され、本当に嗅覚刺激が人の「心」を構成している感情脳(※9)へと伝わり、心身のストレス回復に効果があることがわかってきました。そこで今後、ますます「香り」の医療分野への応用が急速に広がると思われます。
  「香り」は感情脳に強く働くことからわかるように、感情脳が大きなウエイトを占めている子供や、感情にもろくなる高齢者に効果があります。一例として、アルツハイマー性認知障害では昔の記憶は残存するものの、新しい記憶がなくなります。他方、「香り」には母のミルクの香りなど色々な思い出が凝縮されています。幼少期の初期記憶は、特に感情脳に多く残されています。初期記憶への刺激は、残存認知機能を高めるばかりでなく認知障害の回復にも治療効果を上げるのです。
(※9) 扁桃核、海馬、梨状体、大脳眼窩皮質等、動物に共通している動物脳といわれる部分
野崎豊 <プロフィール>
野崎豊(のざきゆたか)
ノザキクリニック院長
日本東洋医学会評議員、日本東洋医学会指導医、認定産業医、国際メディカルアロマテラピー学会会員、小児科学会専門医。
昭和46年慶応大学医学部卒。
昭和48年米国医師国家試験合格、49年米国フィラデルフィア・ペンシルバニア医科大学のネルソン教授のもとでレジデント終了、昭和57年より自治医科大学、山梨学院大学、山梨医科大学等の講師を歴任。
現在、山梨大学講師、日本体育協会公認スポーツドクター、播州東洋医学研究会主宰のほか、アロマに関する講演など多方面で活躍中。
  発行/(財)生命保険文化センター