SPECIAL 01
特集1
学校における金融教育の現状と課題
城西国際大学 経営情報学部 専任講師 阿部信太郎

阿部信太郎
[あべ・しんたろう]
千葉県生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。早稲田大学大学院教育学研究科博士課程満期単位取得退学。大学卒業後、千葉県立高等学校教諭を経て、1995年 財団法人消費者教育支援センター 主任研究員。2002年 城西国際大学経営情報学部 専任講師、現在に至る。東洋英和女学院大学・早稲田大学 兼任講師。2004年 日本消費者教育学会研究奨励賞及び(財)生命保険文化センター賞 受賞。日本消費者教育学会 理事、内閣府 消費者教育専門家派遣制度講師。
主な著書・論文に「日本の高校生・大学生の経済リテラシーの現状と課題」『消費者教育 第23冊』日本消費者教育学会,2003年、「各種調査・統計から見えてくる子どもと『お金と仕事』」魚住忠久編『社会を生き抜く力を育てる“お金と仕事”の学習』教育開発研究所(2004年)。共著に 山岡道男・淺野忠克、阿部信太郎 監修『消費者経済教育の新潮流 自立のためのパーソナルファイナンス教育』早稲田大学経済教育研究所(2003年)、山岡道男・阿部信太郎 他『経済リテラシー入門』早稲田大学経済教育研究所(2002年)他。

E-mail:abes@jiu.ac.jp


1.日本における金融教育の現状
 個人にも自己決定・自己責任が求められる時代になり、「自立した消費者」を育成するための消費者教育が重要性を増している。他方、消費者金融やクレジットカードを安易に利用して、多重債務に陥り自己破産する人の数が増加するなど、「自立する消費者」以前の問題も多く抱えている。金融の自由化に伴い、貯蓄の形態も多様化し、新しい保険商品のテレビコマーシャルが多く見られるが、消費者は金融に関する知識や理解を十分に持っているとは限らない。こうした状況の下、金融庁は平成14年11月に文部科学省に対して「学校における金融教育の一層の推進について」という要請を出した。この中で、金融・証券・保険に関する教育を金融教育として、学習指導要領の中で、金融教育の位置付けをより一層具体的かつ明確に盛り込むよう要請している。
 しかし、金融は、高校生・大学生にとっては理解しづらく、教員にとっては教えづらい分野のようである。筆者の属する経済教育研究会では、高校生・大学生の経済リテラシー(経済についての知識・理解・応用能力)を調査する目的で今までに5回の「生活経済テスト」を実施してきた。[注]1)その結果から判明したことの一つは、高校生・大学生の金融に関する経済リテラシーの相対的な低さである。この分野の経済教育の改善が課題であった。
 例えば、高等学校公民科「現代社会」「政治・経済」において行われる金融教育には、一部に先進的で優秀な実践事例があるものの、いまだいくつかの問題が見られる。
 第1に、現在の学習内容が日本銀行の金融政策などマクロ経済の「天下国家」的な内容が中心になりがちであるため、生徒にとっては抽象的な内容の学習になってしまうことである。
 第2に、大学で経済学を専門的に勉強した教員や経済教育に関心を持つ教員が今のところ比較的少数であることである。ただでさえ急激に変化する経済・金融情勢に対して、それを教員がフォローするのは困難である。近年、教員の授業や授業準備以外の仕事が増えていて、肝心の教材研究や研修にあてる時間が圧迫されているのも問題である。
 第3に、金融教育にあてる授業時間の不足があげられる。金融や消費者問題にあてられる時間はそれぞれ1時間程度である。これだけで金融や消費者に関わる問題を取り上げ理解させるのは至難の技である。学校には、金融教育、消費者教育の他にも○○教育をしてほしいという要望が多数寄せられている現状では、金融についてさらに新しい内容を盛り込むためには相当の工夫が必要となる。
 こうして、金融教育の重要性は増していながら、学校教育の中にそれが浸透するにはハードルがいくつもあるのが現状である。

2.パーソナル・ファイナンス教育の体系化
 日本で金融教育を進める上で、参考になると思われるのがアメリカのパーソナル・ファイナンス教育である。パーソナル・ファイナンス教育は、金融について特にその個人的な側面に焦点をあてて教育しようとするものである。
 近年のアメリカの消費者教育や経済教育においては、パーソナル・ファイナンス教育の比重が高まってきている。その背景には、クレジット破産など自己破産が急増している社会問題がある。また金融自由化の進むアメリカでは、多様な金融商品を自己責任で選択できる能力を身に付けるための教育が必要ということである。こうした切実な社会的ニーズから、アメリカではパーソナル・ファイナンス教育のカリキュラム研究や教材開発が一歩先に進んでいて、日本にとっても大いに参考になるところである。
 アメリカでパーソナル・ファイナンス教育を推進する団体であるJump$tart(Jump$tart Coalition for Personal Financial Literacy)では、パーソナル・ファイナンス教育のスタンダードを2002年に作成した。[注]2)これは、学校で教育課程の編成を行う際の参考基準となることをねらいとして、パーソナル・ファイナンス教育の内容を体系化したものである。学校におけるパーソナル・ファイナンス教育の目的は、高校卒業までに自分の経済状態について自己責任の負えるかたちで意思決定ができる知識と能力を生徒に身に付けさせることである。[注]3)このスタンダードは、「所得の稼得」「金銭管理」「支出と信用(クレジット)」「貯蓄と投資」の4つの内容分野に分類されている。まず所得を得る、その所得の使い道(支出、貯蓄、投資、保険等)について意思決定する、何に支出をするか決定しクレジットを含む支払い方法について学ぶ、貯蓄と投資のいろいろな選択肢(金融商品)について学ぶ、という展開になっている。パーソナル・ファイナンス教育で取り上げる概念とその展開が体系化されたことは、日本でのカリキュラム作成の際に役立つものと思われる。

3.パーソナル・ファイナンス教育の評価用教材
 アメリカ経済教育協議会(NCEE:National Council on Economic Education)は、高校生のパーソナル・ファイナンスに関する知識・理解・応用能力を調査するために4択50問のテストを作成し、2004年に全米で調査を実施している。[注]4)そのテストの内容が興味深いことと金融を扱う教材としても優れていることから、許諾を得て翻訳し、「パーソナル・ファイナンス基礎テスト」として日本でも高校生・大学生に実施した。[注]5)テストは前述のスタンダードに則して作成されており、50の設問は10問ずつ以下の5つの問題分野に分類されている。それらは、(1)経済についての考え方、(2)所得の稼得、(3)貯蓄と金融商品、(4)支出とクレジット、(5)家計の金銭管理と保険である。
 日本の高校生・大学生の結果を簡潔にまとめると、正答率が低かったのは、意思決定、金利計算、金融商品、保険に関する問題であった。これらは、今のところ日本の学校ではあまり取り上げられない内容なので、大学生でさえできないのは当然とも言える。しかし、こうした内容の教育が欠落ないし不足していることは、消費者にとって問題と言わざるをえないであろう。

4.金融教育の課題
 家庭内の子どもに対する虐待の最大の要因の一つは、家庭の経済的な問題であると言われている。健全な家計を築くことは物心両面において必要なことである。また、消費者が自分に適したより良い金融商品を選択する能力を持つことは、より健全な金融機関の健全な金融商品を選択することにつながり、ひいてはより良い経済社会の実現に役立つことになる。
 金融教育は、個人的な側面から見れば消費者として、金融に関して自立し責任のとれる意思決定のできる能力を育成するための教育であり、社会的な側面から見れば消費者市民としての役割を果たすために必要な知識と能力を身に付けるための教育である。金融教育のように「お金」に関わる教育はともすると、金儲けの教育かと誤解を受けやすいので、こうした理念を明確にしたうえで、その理念に基づいて実践を進めることが重要である。
 現行の学習指導要領の下で新たな教育内容を付け加えるのは現実的に不可能に近い。そこでいかに、現行の教科・科目のカリキュラムの範囲内で金融教育を取り込むかが課題である。その際、社会科・公民科・家庭科の連携がどうしても必要であるし、「総合的な学習の時間」への展開も考えなければならない。アメリカでもパーソナル・ファイナンス教育をいろいろな科目に融合することで、その浸透を図っているのである。
 金融情勢は日々刻々と変化している。教員も生徒と一緒になって学習してみようとする発想が必要である。また、教員・生徒の知的好奇心をかき立てるようなわかりやすい金融教育の教材開発が今後の大きな課題であると言えよう。

[注]
1)山岡道男・淺野忠克・阿部信太郎・他『経済リテラシー入門 ―経済のどこがむずかしいのか―』早稲田大学経済教育総合研究所、平成13年3月。
2)Jump$tart Coalition for Personal Financial Literacy.(2002).National Standards in Personal Finance With Benchmarks, Applications and Glossary for K-12 Classrooms. Washington D.C.
その概要は、山岡道男、淺野忠克、栗原久、阿部信太郎編『消費者経済教育の新潮流』2003年、早稲田大学経済教育総合研究所を参照。
3)Jump$tart Coalition for Personal Financial Literacy、同上書、p.3。
4)Walstad,W.B.,Rebeck,K.(2004).Financial Fitness for Life Theme Tests:High School Level(T1).National Council on Economic Education.
5)山岡道男・淺野忠克、阿部信太郎訳「パーソナル・ファイナンス基礎テスト」(第6回生活経済テスト)、早稲田大学経済教育総合研究所、2004年。なお、本テストはアメリカの金融制度に基づいて設問が作成されているため、一部の問題は日本の金融制度に合うように修正を加えた。本テストの日本での結果分析は2005年度に報告書としてまとめられる予定。

 
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