SPECIAL 04 【環境】 「豊かさ」に忍び寄る危機に備えよう
環境文明研究所所長 加藤 三郎

加藤 三郎
[かとう・さぶろう]
1939年東京生まれ。東京大学工学系大学院修士課程を修了。厚生省、環境庁にて公害・環境行政担当。90年環境庁地球環境部の初代部長。地球温暖化防止行動計画の策定、地球サミットへの参画などを経て、93年退官。直ちに環境・文明研究所を設立するとともに「21世紀の環境と文明を考える会」(99年10月にNPO法人化し「環境文明21」と改称)主宰。国際環境自治体協議会(ICLEI)日本事務所長、川崎市国際環境施策参与など国際的にも活動。


 私たち日本人の生活は押しなべて豊かである。おいしい豊かな食べ物があふれ、飲み水にも清潔以上に美味を求め、冷暖房が完備し、快適な移動もあり、間違いなく、日本ではほとんどの人が豊かな生活をエンジョイしている。こう言うと、次のような反発もあろう。曰く、犯罪が増えてきた、将来の年金が不安だ、老後の生活や健康が心配だ、失業の危機もあるし、ホームレスにもなり兼ねない、といったたぐいである。しかし、63億人を超す世界の中に置けば日本人の生活は飛びぬけて豊かであると言って間違いないとわたしは思っている。
 実際、世界では、例えば昨2003年にはヨーロッパ全体ですら熱波で2万から2万5千人が死亡し、山火事が起こり、また逆に大洪水も報道されている。さらにアフリカや中南米、アジアの国々を見れば、水問題は極めて深刻である。私たちが競って美味のミネラルウォーターを求めているときに、世界では少なくとも12億人程度が安全な飲料水を確保できないでいるし、途上国における病気の原因の8割は汚れた水だと言われている。水がかかわる病気で子どもたちが8秒に一人ずつ死亡し、さらに世界の人口の約5割はきちんとしたトイレもない不衛生な生活に苦しんでいる。こんなことだけ見ても、様々な問題があったとしても日本は豊かなのである。
 問題はこの豊かさがいつまで続くか、持続可能かどうかである。私は環境問題に40年近く携わってきているが、その経験から言えることは、生活と経済活動の基盤である環境が急速に悪化している以上、この豊かさはそういつまでも続けられない。私たちの意識や行動、制度、技術を抜本的に変えない限り、持続可能ではないということである。
 地球の温暖化一つ取ってみても深刻な異常気象が頻発し、特に近年では毎年のように記録破りの異常現象が起こっている。フランスでの熱波などもその一つだし、スイスではなんと昨年41.5℃を記録している。ポルトガルでは47.3℃、通常涼やかな夏をエンジョイしているロンドンでも昨年の8月に37.9℃を記録している。環境の悪化は食料の生産に悪影響を与え、世界的な食料不足も発生しうる。さらに水は長いこと世界各地で紛争の種になっており、識者は21世紀は水戦争の世紀になるのではという心配をしている。

 

 私たちの豊かな生活は、日本だけで完結しているわけでなく、世界とつながっている。食料の6割は海外から来ており、海外で食の生産が滞ればとたんに私たちの食生活に大きな影響を与える。世界各地で発生しているテロ、紛争といったものが海外における日本企業のビジネス、観光、旅行業などに直接影響を与える。3年前の9月11日以降、日本の航空や観光産業が大打撃を受けたのは記憶に新しいだろう。そういうことを考えると環境の悪化を食い止める努力をしなければ、この生活を守ることは出来ない。

 そのために何をすべきか。まず環境の変化やその将来における見通しを科学に基づき知る努力、また行政やメディアは正しい情報を市民に伝える努力をすべきである。それに省エネ、省資源に努めるだけでなく、賢い消費者にならなければならない。環境にいい製品を選択的に買い、そういう製品を積極的に扱っている店やメーカーの品を求めるようにすべきだ。しかしこのような心がけだけではもはや不十分だ。なぜならば私たちが環境に優しい生活をするためには、これを可能にする制度が準備されていなければならないからだ。ゴミの分別をしている町に住むか住まないかによって、私たちのゴミに対する対応が自然と違ってくるように、市民が自然な生活をしながら環境に優しい暮らしが出来るような制度づくりを行政に要求するだけでなく、政治家や政党に対し、環境に優しい政策を立案し実行するよう要求しなければならない。さらに、私たち自らも、例えばNGO、NPOに参加して自らできる範囲で積極的に行動を起すことも必要である。

 私たちが今エンジョイしている生活を子どもや孫の代にも続けられることを望むならば、私たち自身が変わらねばならないし、社会的、政治的、行政的環境も変えねばならないことを今一度強調しておきたい。


 
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