特集-1 既婚女性にとっての家庭と仕事 その1
真剣に子どもと向き合うことが私の子育て
―育児と両立、仕事の幅も以前より増えて順風満帆―
キャスター 蓮 舫
ニュースキャスターとして活躍していた蓮舫さんがレギュラー番組を降板して中国に留学したのは7年前、そして双子の子どもを出産したのは5年前。2児の母親となり、育児と両立させながら再びマスメディアの仕事につき、講演に、テレビ・ラジオに、そして執筆もと、その活動の幅を広げて活躍している。

蓮 舫[れんほう]
1967年、東京都生まれ。青山学院法学部卒業。88年、第15代クラリオンガールに選ばれる。92年よりTBS系列『スーパーワイド』のキャスターとしてレギュラー出演、以降、93年よりテレビ朝日系列『ステーションEYE』の報道キャスターとしてレギュラー出演し、鋭いニュース分析と明快な語り口、明るいキャラクターで人気を博す。95年10月、テレビ番組のレギュラーを降板し、92年に結婚したフリーライターの夫とともに中国の北京大学に留学。中国の最優秀教授や学生、世界各国からの留学生とともに中国の政治・経済・文化を勉強する。97年2月までの留学期間中、夏期・冬期の長期休暇には中国各地を旅行、積極的に市民の生活をはじめ、音楽・芸術の分野にも人脈を広げる。 帰国後、97年4月、男女の双子を出産。育児と同時に再びテレビ・イベント・執筆・講演活動を再開。現在のレギュラーとして、テレビは、テレビ東京系列『ジカダンパン!責任者出てこい!』のキャスター、今年1月からはラジオにも進出し、TBSラジオ『アクセス』のナビゲーターとしても活躍中。また、「最近のニュースから」「日中関係」「子育て論(少年犯罪)」などをテーマに各地で講演も行っている。

■いつか行きたかった中国へ
【レギュラーを降りて、中国へ留学】
 台湾人の亡き父は、東京で生まれ育った私をすべて日本語で育ててきましたので、中国語はほとんどできませんでした。いつか絶対にきちんと中国語を習得したいと思っていたのと、これから先、私がマスメディアの仕事をしていくうえで何かしら自分のプラスアルファをもっていかないと、この世界で生きていくのにつらいと考え、中国に留学したいとずっと考えていました。
 ちょうど夕方のニュースのキャスターをやらせていただいていたのが一段落して、入学の時期とタイミングがあい、自分ではごく自然な決断でした。
 20代じゃないと留学はできなかったと思います。10代の留学とは意味が違うし、30代だとある程度子どもが育ってからじゃないと出られないので、ちょうどタイミングがよかったと思います。

【北京を選んだ理由】
 父の故郷である台湾へ行くのでは意味がない。なぜなら台湾の言葉は南方の訛りで方言があり、テレビで通用しない言葉ですし、台湾には父の友人知人が大勢いて絶対世話を焼いてくると思いましたし、日本語ぺらぺらで言葉の勉強なんて絶対にできません。それに台湾は毎年帰ってますから、私のなかで台湾像はある程度確立しています。大陸に興味は向いていました。きれいな中国語ということで北京、もちろん中国がどういう国なのか知りたいということもありましたし。

【留学で得たもの】
 留学の収穫は得難いものでした。多くの友人を得たことももちろんですけど、大陸での経験は一言では言えません。父から育てられた中華の思想で生きてきたということもありますが、いろいろな意味で肌にあう国でしたね。当たり前のように男女関係なくみなさん仕事をもっていらっしゃいますし、イエス・ノーがはっきりしていて、自己主張をきちんとして構築し、いろいろな意見を積み重ねていくという気風というのか、そういう部分も私にはとても心地よく、生活しやすかったといえます。
 主人も一緒に行きましたが、授業のレベルが違うので、机を並べたわけではありません。彼の専門は古代漢語、漢字が好きで、漢字の造形を勉強していました。そうしたなかで、共通の友人ができたのと、お互いが見る中国は立ち位置が違うので、見方も当然違います。宿舎に戻ってから、よく話をしました。
 共通の友人は、中国人はもちろんトルコ人がいたりアメリカ人がいたり、みなさん留学生です。中国語の魅力って日本では今はよくビジネスの部分とか観光でよく取り上げられますが、世界中のニーズからみたら、いちばんは華僑の思想です。華僑というか、華人ですよね。あるいは仏典を読むのに漢字を知るための勉強とか、あとはもちろんビジネスの留学が多かったですね。日本では今まで3回ぐらい中国熱がありましたけど、本当に相手の懐を知るために中国語を勉強したかというとそうではありません。他国のほうがよほど地に足がついた中国ブームがあるという印象で、そういう目的のある人たちは独立、自立してるので、話が合いました。
 私たちの世代が日中でどういう友好関係を築いていくか、今ほど問われている時はありません。中国の歴史教育でいうとまだまだ日本の植民地時代のことをよく憶えていらっしゃるんで、いろいろなわだかまりがあるのは事実ですけど、友情はそのわだかまりを超えて実るものですから、若い世代にその可能性が高いと思います。今ほど人的交流がいちばん必要な時はないと思いますね。
 末端部分の人的交流というのはミクロですから、形になって表に出るのは少ないんですけど、日本全国歩いてるといろいろな地域で姉妹提携しているとか、大学同士が交流をもって行かれてる方がいますが、それが大きなうねりになるには何らかのリーディングする人が出てきたり、都市や大学がもっと出てこないと表だってはきません。しっかりしたチャンネルをもつ戦中時代の経験をもつ人たちのほうがメディアでは大きく報道されますけれど、私はそれが全部ではないと思っています。メディアで報道している人たちは、かくあるべきだ論が先行していて、そこがもう現実とはずれている気がします。

■双子が誕生して
【生活スタイルは変わらず】
 中国留学の2年目に妊娠し、97年の4月に日本で出産しました。双子です。
 実質的に家にべったりいたのは、生まれてから1年近くで、子どもが生まれて1年以降はポスト李登輝をめぐる2000年3月の台湾の総統選挙とか、子どもたちのキレる問題とか、要所要所で特別番組の取材をさせていただきました。
 子どもが生まれる前も、彼は会社勤めではなくフリーのライターで、比較的私と似たような仕事、時間の使い方なので、出張で外に出ても理解がありましたし、主人も同じような生活スタイルですから、結婚して特に変わったということはありません。仕事に支障がでるというのもありませんし、私の気持ちも「妻」という意識は全然なく、彼もそういう目でみてなかったと思います。「パートナー」という意識のほうが強いですね。

【父から教えられたこと】
 基本的に育児というのは自分が両親から受け継いできたものを踏襲する形でしかないと思うのです。どんなにいろいろな本を読んでも、多くの人の話を聞いても、結局付け焼き刃だと思います。
 私は父から教えてもらった確たるものとして、自分の意見をもつように育てることしかない。たとえば、イエス・ノーをはっきり言う、自分は何をしたいか、何を思うのか、どうしてそう思ったのか、そのうえで、どう結論をだすのか、それさえ教えてしまえば、子どもたちが困ることは絶対にないですから。
 中華系の人たちは独立させるように育てます。日本の家庭はどちらかというと独立させないように育てていくので、いつまでも過保護で、その子の将来も決めてしまい、いい学校、いい就職、その口ききをしてあげてと。子どもをとても可愛がるあまり、独立させる機会を失うという育児がとても多いような気がします。うちは逆に自分で自分のことを決めるように育ててもらったので、自分たちの将来に関して、親が口を出したことは一切ありません。そのかわり責任は自分たちでとるということも教えられてきました。

【子どもとイラクのことも】
 いま子どもは5歳で幼稚園の年中組。いろんなことがわかり、1対1で会話ができます。すごくおもしろい。スペースシャトルが落ちた話でもちゃんと話してあげるととてもよくわかるし、大相撲の貴乃花が引退した話もわかるし、イラクの問題でもわかるし、何でもわかります。だから、嘘はつけないんですよ。私もそうやって育ってきてるので、わからないことは親に聞いて、親から当たり前のように1対1で教わって育ってきました。
 これだなと思ったのは、3年前の台湾の総統選挙で、陳水扁氏が選挙で選ばれた時のこと。スタッフと一緒におそばを食べようかという時に、よく両親が行ってた店に行きました。以前はおじいちゃんがやっていたのに、いまは息子の代に移っていましたが。ふと、おじいちゃんが新聞を読みながら、「これ誰だ」と3歳か4歳の孫に聞くと「陳水扁総統」とちゃんと答えられるんですよ。すごく当たり前で、うちもそうでした。「総理は、大平、三木」と言えたし、言えることが全然自慢じゃないんですけど、それが会話なんですよ。政治とか経済、風俗、芸能、情報、生活など、両親が話すいろいろな会話に子どもも入るし、子どもが当たり前に思う疑問に親は応える。それが家庭の空気となり、国になっていくみたいな……。
 日本ってどこか不思議だなあと思うのは、そういう空気を排除する傾向があるじゃないですか。子どもには難しいからとか、あるいは説明できないからとか、それはおかしいなと思うんですよ。芸能界の話でも、テレビでワイドショーがたまたまついていて、わからないことがあったらきちんと話すし、会話することが家族のコアだと思うんです。何でも知りたがるというのがおもしろいじゃないですか。大人ってどうしても知ってるふりをしてしまったり、わからないのに、ウンウンとうなずいちゃいますけど。

【大人と接することで】
 子どもといる時間のほうが密で、楽しい。子どもといる時は仕事のことは考えない。子どもと向き合うだけで精一杯ですから。逆に仕事の時は仕事だけと切り替えて、自分の時間が足りないと思ったら睡眠時間をけずればいいだけの話です。
 子どもが風邪ひいてたり病気の時は気になりますけど、健康優良児の時は全然気になりません。子どもたちにとっても大人と接するのは絶対大切。私がコアなのは大前提で、主人や私の母、いろんな大人と接することで自然に処世術を学んでいくんです。そのためにも子どもが大人との接し方を覚える機会を絶対に与えておかないといけない。だから、大家族に私はこだわりたいのです。
 子どもだけで遊ばせてもいいですが、怖いのはケガがあったり、事件に巻き込まれたり、後悔しても後悔しきれない仮説がいくつもある。最低でも後悔の度合いを低くしたいんです。こういう時代だから、子どもたちをどこまで守ってあげればよいのか、限界がみえない。ひとりでも大人がそばにいるだけで安心する。また兄弟同士なら、歳上が歳下を守ってあげることもできる。でも、うちは同じ歳なので、もし間違った判断をしたら、ダブルで間違っちゃう。それを考えると怖いですね。

■働く女性として
【伸びる会社は】
 働く女性の環境はどんどん悪くなってきてるでしょうね。業績が悪くなってまず斬られるのはアルバイトと女性です。特に出産・育児なんていったら、本当に斬られますよ。戻ったら席はないとか。働く女性にとって、相対的にみたら最悪の状態にあるのが今の日本だと思います。
 ただ、先をみてる会社というのはよくわかっていて、非常に女性を重んじてますね。産休が1年8か月とか、戻った時に確かに地位は下がっても本当に能力がある人は1、2年あれば元に戻っています。それがわかっている経営者はちゃんと雇用してます。そういう会社が一方でどんどんでてきてるんですよ。
 消費社会の国において製造業、サービス業で女性の顧客を馬鹿にしたらもう仕事なんかないわけで、だったら内から大切にしていかなくてはいけないというのは、火を見るより明らかです。

【日本にもあった成熟した家庭像】
 ヨーロッパは、男の人も女の人も働く人が多いので、働くスタイルは男性女性関係なく、人間なんでしょうね。人間同士でどっちがゆずりあえるか、お互いが完成された人間としてどっちが、という成熟した話し合いができるスタンスがととのっていると思います。だから、子どもが生まれてもちゃんと育児をどうやっていけるかになってくるんだと思います。日本とはちょっと比較できないぐらい、成熟してると思います。
 もちろん日本は日本で、ある意味成熟していたんですよ。明治大正の女性があれだけ強くて、家庭を支え、それでも男がいちばんというふうにみせていたのは女性の力だし、あのスタイルというのはあったんですよ。いちばんわかりやすいのは向田邦子作品。そこに最終的な日本の成熟した家族像があったと思います。
 戦後間違って自由とか人権とかプライバシーとかを取り入れ、同時に豊かになって、基本的なものを間違ってしまった。30年かけて間違っちゃったから、そこに戻るんだったらこれから30年40年かけて正していかないといけない。そうじゃなく、新しい社会像をつくるんだったらまた違う時間のかけ方、紆余曲折があるんでしょうけど、いまこの国はどこへ行こうとしているかが、ちょっと私には見えない。女性ということではなくて、男性の生き様もそうだし、いろんなものがぺちゃっとつぶれてしまったので、逆に言うと、ここからでてくるものって力強いんですよ。マイナスの発想ですからね。
 そのひとつは豊かさの指針を下げるしかない。いつまでも不況だ、不景気だって言ってますが、何を機軸に不況だと言ってる人が誰もいなくて、みんなが漠然ともってる不況感というのは、バブルだと思うんですよ。バブルなんてもう絶対にあり得なくて、世界中みてもどの国でもあり得ないような土地神話、株神話、ないお金がどんどん増えていくって絶対にあり得ない。豊かさをどこに戻すのかが、実は一人ひとりに問われていて、リストラとか倒産とか、今ある現実の危機はあるんですけど、食べるに困ることはないと思うんですよね。ものとか外聞とかにこだわらなければ、そこそこ幸せな生き方ってでてくる気がします。その時に、前向きなら、新しい社会像、家族像ってできる気がするんですよね。
 今はいい時期ですよ。いろいろな面でマイナスから始めることが多いんで、「今いいなあ」と思うものを見つけていかなくてはいけない。マインドって総集されると力になるんです。今の時代を表す言葉はそういうことじゃないでしょうか。

【今、そしてこれから】
 今年からラジオ、パーソナリティを始めました。生番組ですし、ラジオはおもしろいですよ。きょうあったニュースをテーマにリスナーとつないで探っていくという、結構硬派な番組なんですけど、話し方をもう一度ラジオで見つめていこうと思っています。ラジオは聞いてらっしゃる方と距離も近いし、テレビみたいに漠然と語りかけるんじゃなくて、ピンポイントで語りかけてる印象がすごく強くて、本当におもしろいですよね。
 子どもができて、以前より関心が強くなったのは食の安全です。命の重みを実感し、そんな人間の命を守りたいのは当然のこと。その思いが出発点になり、食の安全に関する取材にも力を入れています。
 そして中国語。言葉はくさることはないし、2008年には北京オリンピックがあります。上海の万博もあります。日本での中国ブームはまだまだ続くでしょう。現地で得た中国語はこれから十二分に活用できると思います。 (談)
 
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