「妙なにおい」
日本経済新聞社 編集委員 足立則夫
足立則夫
[あだち・のりお]
1947年東京都青梅市生まれ。71年早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社入社。 社会部、流通経済部、婦人家庭部記者、「日経ウーマン」編集長、生活家庭部長などを経て、現職。 著書に『やっと中年になったから、41人の「ミドルからの出発」』(日経ビジネス人文庫)、共著に『女のものさし男の定規』(日経ビジネス人文庫)がある。
 あのときほど自己嫌悪に陥ったことはない。10年ほど前、高校時代のクラス会をJRのK駅前の小料理屋で開いたときのことだ。
 「前から言おうと思っていたことがあるの」。だいぶ酔いがまわったころ、Nという女性がそう言いながらにじり寄ってきた。何か告白でもされるのかと少し身を引くと、予想外の発言をしたのだった。
「午後になると靴下を机の下に干していたでしょ。ホント、くさかったわ」「ン!?」。言われてみれば、思い当たる。テニス部員だった私は、昼休みになるとテニスシューズに履き替え、コート整備をしていた。教室に戻るや、汗と泥でぬれた靴下を、机の脚部を支える板にかけて乾かしていた……。
 大学時代、卒論で「公害問題」を取り上げ公害の現地を回った。「静岡県富士市の製紙工場がまき散らす悪臭の成分は硫化水素やメルカプタンだ」などと書いていた自分が、実は高校時代、悪臭の発生源だったとは。恐らく席を並べていたNさんたちは、靴下の悪臭に悩みながら口に出せずにいたのだろう。
 2004年のノーベル生理学・医学賞は、においを感じる仕組みを解明した米国の2人の学者が受賞した、というニュースを聞いたときも、くさい靴下の一件を思い出し、ひとり苦笑いをしてしまった。
 受賞したのは、コロンビア大学教授のリチャード・アクセル博士とフレッド・ハッチンソンがん研究センターのリンダ・B・バック博士。2人は1991年、ハワード・ヒューズ医学研究所で一緒に働いているときに、ラットの実験で「鼻の中ににおいを感じる受容体が1000種類ある」ことを別々に突き止め、共同の論文で発表した。
 ラットやヒトといった哺乳動物は、1万を超えるにおいをかぎわける。においの物質が鼻の中の嗅細胞に届くと、そこにある受容体が数種類のにおい物質に反応して、大脳の下部にある嗅球の糸球に情報を送る。バック博士は、この情報が大脳の別の部位に伝えられて認識され、記憶されることも発見した。

 2人を知る東京大学医学部の宮下保司教授は、大脳の記憶メカニズムの研究者だ。彼の話では、アクセル博士は興味のあることしか研究しない天才肌。免疫学からスタートしてフェロモン研究へと転じた。
 バック博士はまじめで気丈夫な女性研究者。ハワード・ヒューズ医学研究所では、すでに大学教授のポストに就いていたアクセル博士の下で研究する「ポスドク」、つまり博士号は取ったけれど何の役職もない立場だった。学者の世界では、部下が成果をあげても、上司が自分の手柄にしてしまうケースがよくあるという。彼女は自分の成果には必ず自分の名前を明記するよう主張するタイプだった。
 結果的には気の強さが幸いして、今回の共同受賞をもたらしたのかもしれない。
 それはさて置き、彼らの研究によれば、私の靴下が放ったにおい物質は、Nさんたちの鼻の嗅細胞で受容体にキャッチされて大脳下部に送られ、不快感をおこしたのだろう。さぞや迷惑だったんだろうな。
 Nさんたちが今回のノーベル生理学・医学賞のニュースを聞き、高校時代の忌まわしい悪臭の記憶を呼び覚まさないよう、願ってやまない。これも言い訳がましくなるけれど、Nさんにバック博士のような気の強さがあり、教室で早めに警告を発してもらえば、非常識だった私も行動を慎んだのではないか。

 
戻る