遅咲きのすすめ
日本経済新聞社 編集委員 足立則夫
足立則夫[あだち・のりお]
日本経済新聞社ウイークエンド編集部編集委員。土曜日付け朝刊別刷り日経プラス1で連載コラム「せいかつミステリー」を執筆。
1947年東京都青梅市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社入社。社会部、流通経済部、婦人家庭部の記者、『日経ウーマン』編集長、生活家庭部長を経て現職。
著書に『やっと中年になったから、41人の「ミドルからの出発」』(日経ビジネス人文庫)、共著に『女のものさし男の定規(仮題)』(日経ビジネス人文庫、9月発売予定)。
 のりお。これが生まれたときにつけられた私の名前である。なのに、近所に住むますみちゃんという3つ年上の女の子は、幼い私のことを「のろおちゃん」と呼んだ。4つ上の兄には口論になると「ぐずのり」と罵倒されることがよくあった。
 スポーツは得意だったが、いったん室内に入ると、トイレから計算、作文にいたるまでスローモーだった。自分のキャラクターには気がついていたものの、幼いながらも内心忸怩(じくじ)たるものがあった。
 高校時代に新聞記者になりたい、と思うようになったときも、不安が必ず頭をもたげた。こんなにゆっくりした人間がやっていけるのだろうか……。
 新聞社に入り、社会部、流通経済部、婦人家庭部などの記者を経てこれまでなんとかやってこられたことを考えると、若いころの不安は杞憂に過ぎなかったのであろう。
 ところが、記者になって32年、妙なことに気がついた。ゆったりしたキャラクターの人間や動物を、無意識のうちに何度となく自分が担当するコラムなどにとりあげていたのである。
 例えば、人間なら江戸時代の俳人、蕪村。5回以上も書いていた。
 彼は38歳のときにこんな句を詠んでいる。
 春の海終日(ひねもす)のたりのたり哉(かな)
 春の海は一日中なんとのんびりしていることよ。ゆったりした情景のこちら側には、それをとらえるだけの心のゆとりがある、たたずむ蕪村がいるのである。
 片町にさらさ染(そむ)るや春の風
 道の片側にいろいろな色に染めた布が干してあり、春風に揺れている。このとき蕪村、61歳。一人娘のくのが嫁ぎ先から離縁される直前で家の中がごたごたしている最中だった。それでも詩情豊かな句を詠む心のゆとりがあるのである。
 実は蕪村は画家でもある。俳句では食えないので、画を売って生活費を稼いでいた。句も画も60を過ぎたころから、詠み手や観る人の心を豊かにする作品を残している。画では、雅号に「謝寅(しゃいん)」を使う夜色楼台図などが秀逸だ。夜色楼台図は夜、雪がしんしんと降る京都の町を山の上から見下ろした図である。2度ほど実物を眺めたことがある。墨で描かれた暗い雪景色。楼台のところにだけ朱色の灯火がかすかに輝いている。こちらの心が決まってゆったりしてくるのだった。
 妹が垣根さみせん草の花咲(さき)ぬ
 想いを寄せる人の家の垣根に、可憐なナズナの白い花が咲いている。64歳のときには、祇園の芸妓、小糸に恋をする。結局、振られてしまう。今で言えば80歳ぐらい。それでも、みずみずしい心を持ち続けられたからこそ、こんな句が作れたのだろう。
 死を迎えても苦悩の色を見せたりしない。
 白梅に明(あく)る夜ばかりとなりにけり
 白梅に毎夜が明ける美しい世界はすぐそこに来ている。満64歳で亡くなるときに詠んだ辞世の句である。弟子の几董(きとう)は『夜半亭終焉記』に蕪村が息を引き取る様を「睡(ねむ)れるごとく臨終正念にしてめでたき往生をとげたまひけり」と書いている。
 動物ならナメクジについても4度ばかりコラムに書いていた。
 ぬめぬめした肌は気持ち悪い。でも、あのゆったりした歩き方にはなぜか共感を覚える。今年の初め、歩くスピードを測定したことがある。机の上にラップを張り、その上を歩いてもらった。
 我が家のベランダを縄張りにするチャコウラナメクジ。太平洋戦争後、米国経由で日本に侵入した彼らは、競争に勝ち残ってきた外来種だけあって1分間に8cmも進んだ。犬の散歩中に近所の路上で捕まえた国産種のフタスジナメクジは1分間にわずか3cmだった。
 いずれにしても歩くスピードはゆっくりしている。寿命が1年といわれているのに、あくせくすることなく威風堂々と進む。3億年ほど前、そそっかしい軟体動物の仲間が、陸がこんなに乾燥しているのを知らずに上陸したらしい。だから彼らは外敵が活動する昼間は避け、夜、行動する。外敵が嫌う粘液を残して歩くといった工夫も凝らしている。いん石が地球に衝突し、あの恐竜が滅んだ6500万年前も、ナメクジが生き残れたのは、エネルギー節約型のゆったりした生活リズムに負うところが大きいのであろう。
 私たちは、生産手段を農業から工業に乗り換えたころから、何かと効率やスピードを優先し、急いで走り続けてきた。快適で便利な生活を手にした半面、生命の源である地球環境そのものを相当痛めつけてしまった。蕪村を遅咲きとすれば、ナメクジは遅歩き。現代の難問を解く鍵を彼らが握っているような気がする。
 それにみんなが80歳まで生きる長寿化時代。いきなり手に入れた20年の老後をどう過ごすかが課題になっている。できれば人生の第4コーナーは、ぼけたり、寝たきりになったりせずに楽しく過ごし、にっこり笑ってゴールインしたい。やはりそんな時代には、「遅咲き」「遅歩き」を手本にすべきだろう。
 蕪村もナメクジもこれから、時代のヒーローになるような予感がする。
 
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