注目! ローカル版教育改革
川村学園女子大学教授・日本消費者協会会長 早川克巳

早川克巳[はやかわ・かつみ]
川村学園女子大学人間文化学部生活環境学科教授、(財)日本消費者協会会長、日本余暇文化振興会・日本チャリティ協会・日本消費者教育学会・日本感性教育学会理事、社会情報学会・日本記者クラブ会員。
1936年岩手県生まれ。横浜国立大学卒業後、日本経済新聞編集局に入社。婦人家庭部長、日経ホーム出版社出向を経て、論説委員を務め、定年退職。その後、川村学園女子大学教授に。
著書に『消費者教育の理念と実際』、共著に『日本人論の検証』『流通現代史』『環境の世紀 日本の挑戦』『消費者教育の実践と展開』などがある。

 ハッピーマンデー制のおかげで、3連休となった10月上旬、山形へ行くこととなった。蔵王温泉『こまくさ荘』で感性教育セミナーを開くから来ませんか、と日本感性教育学会山形支部からのお誘い。学会理事長の相馬一郎先生が「感性は評価できるか」の講演をするという。それならばと腰を上げたのが学会理事で東京農大教授(元文部省主任視学官)の渡部邦雄先生と小生、学会事務局長の木本希氏だ。
 去年、まなびピアで感性教育をテーマにシンポジウムを開いた時は300人近い人を集めて盛会だった。温泉がいい、食べ物がいい、景色がいい、何より人情がいい。行かずばなるまいと、打てば響く感度よく、腰を上げたのはいいが、どっこい甘くはなかった。木本氏によれば切符がとれないという。自由席の列車の前に並んでいるから発車15分前にホームに来てほしいというのだが、30分前に行って驚いた。鈴なりという感じでホームに人があふれている。木本氏は3時間前から一番先頭に立ったのだとか。
 紅葉の季節には少し早いのだが、世はやはりレジャー、旅行の時代なのだと思わせる。不況、デフレといわれるが消費者は結構、おカネを持っているだの、個人金融資産1,400兆円を消費に回せば経済は十分立ち直るのだと、したり顔に言うつもりはないが、久しぶりに終戦直後並みの列車の混雑を味わったのだった。
 そんなこともあってやや遅れて蔵王中腹のそば屋で昼食。さらに遅れてセミナー会場へ入る。「飯豊山信仰とマタギ文化の継承」「子どもの感性で初夏の香りをつくる」の実践発表に続き、「絵本と折り紙の楽しみ」という講話と実技講習が始まっていた。これが楽しかった。高畠町立糠野目児童館の二宮多佳子さんが折り紙を三つに切った一片をほんの少し折るだけで、ヒラヒラ、クルクル舞う遊び道具に仕上げてくれる。校長先生も指導主事サンも、私たちも皆、目を輝かせて折り、立ち上がって空に投げて笑い転げる。すっかり子どもの心に帰っていた。これを書きながら机の上の“土産”を見ると、ほおがゆるんで来る。
 山形県教育庁教育次長・長南博昭氏によると、1995年から同庁は教育振興計画の目標に「感性豊かな教育と文化の創造」を掲げた。世界の名画の精巧な複製を20点1セットにした学校美術館を巡回させたり、県下に多い伝統芸能を子どもたちと大人が楽しんだり。さまざまな試みが始まった。高齢者、父母ら地域社会と学校との交流も深まった。神楽、能、太鼓などはもちろんだが、商店のおカミさんが教室でラッピングの仕方を教えたり、校庭の樹木1本ごとに担当の生徒がついて「私の樹」の世話をしたり。たくさんのアイデアが生まれ、実践された。
 「学力が落ちる」などの懸念もないではなかったが、荒れた学校が命の大切さに気付いた。不登校もなくなった。感性豊かな学校づくりから学校文化の創造へと推進事業の内容は“進化”し、今は潤いのある学校づくりへと移った。具体的には食農・環境教育に取り組むのだという。おコメ、野菜や果物、そして日本海の海の幸、蔵王や出羽三山。この地の持つ自然と大地の恵みがまたとない教材となるはずだ。
 こうした事業に対して県は小中学校は市町村の仕事などといわず、思い切った予算を組んだ。行政と学校現場、そして地域住民の三者がうまくかみ合ったのが、この県の感性教育が成功した原因のように思える。教育県といえば長野県。信州の特徴は「こたつ哲学」という言葉が示すように思索や文学的創作に向かうことが多いように思うが、山形は現場、行動、実践に特色があるのかもしれない。新しい教育県の登場ともいえよう。これからの学校教育に示唆するものもありそうだ。
 快適便利な社会は感性が育ちにくいと長南氏はいう。嬉しい・悲しい、楽しい・つらいなど二極対立体験。朝と夜、聖と俗、大人と子どもなど境目体験が今の子どもたちには少ない。それらを幼い時の原体験とし、追体験しながら成長していくところに人間としての成熟があるはずだ。
 感性といっても何か感じるだけではダメ、一歩踏み出して何かをやってみようという心のエネルギーが大切なのだとも。だから下り坂ではなく、苦労の多い上り坂にこそ豊かな感性をみがくチャンスがあるのだと長南氏。蔵王の湯にふやけ、土地の酒やワインにしびれかかった脳みそにハッパをかけられた思いがしたが、感性教育では感じる力の方向づけをすることが大切という相馬氏の意見にも通じる。人と人とをつなぎ新しい世の中をつくってゆく社会力が、倫理感を育てることも感性教育の重要な役割というわけだ。こうしてたぶん感性そのものは評価できないが、感性教育の成果や結果はチェックできるはずとも述べておられた。
 県下の教育関係者ばかりでなく首都圏からの参加者もいた。鳥取県から来た増田忠雄氏は米子生活文化コミュニティ・プロデューサーという名刺を披露しながら、「学会の支部を米子市につくり、来年は感性教育のシンポジウムを開きます、お約束します」と懇親会の席で大音声で語っていた。東京でだけ語られる教育改革では意味がない。地方発、しかししっかりと根をはやし枝葉を増していく教育の姿にこそ学ぶものがありそうだ。
 
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